第2話

彼女とはそうして知り合った。次も、その次も出会った時は席を同じくした。

ここの女子大に通っている。出身は岡山の田舎、家は農家。子供が好きで、難しいことはよう教えんから、夢は幼稚園の先生。大学の志望の一つに神戸があった。下の市街地でワンルームマンションに住んでいたが、通学が大変なので大学に近いこの街に越して来た。田舎の家に住んでいたので、ワンルームのマンションは息が詰まる。とそんなことを語った。


その彼女がひょっこり家を訪ねて来た。

「よくわかったね」駅から近いとは教えていたが、どっちらの方とも言っていなかった。

「おじさん、これ」と、差し出したのは私の財布であった。

「昨日、これ居酒屋で落としたでしょう。おじさんが帰ったあと、テーブルの下を見たら落ちていたの。悪いけど中見たよ。免許で住所がわかったから」と、届けに来てくれたのである。中身はたいして入っていないのであるが、なくすと、カードや免許の手続きが大変なのである。

親切にわざわざ持って来てくれたのである。礼を言って、「上がって、お茶でも飲んでいって」と座敷に上がって貰った。


「おじさんとこ前栽があるのね。梅が綺麗」。小さいけど母が丹念に手入れをしていた前栽である。座敷に上がった。

「わー、掘り炬燵。なつかしい!家では冬はずーっとおこただった」

夏でも座椅子で机代はりに使っている。3月はまだ布団をかけて火を入れている。

「わー、温い」と言って手をつっこんで、目は座敷の四方を見ている。

私は台所でコーヒーを作って出した。

「あれがお母さんね。お父さんは凛々しい人ね。お父さんの方が若い。年下だったの」

「違うよ。父は60で亡くなった。母は88」

この娘は何にでも興味があるのだ。そしてそれをすぐに口にする。

「あれはおじさんが描いたの」私の絵を指さした。

「あー、神戸の市民展に出したけど、落選したやつ」

「上手やけどなぁー。私好き。審査員目がないのよ」。天真爛漫に言われると実際そう思えて来るから不思議。

お父さんは何をしてた人、三味線が置いてあるけどお母さんは師匠さん?矢継ぎ早の連発である。


うるさいから、一冊の本を手渡した。私が小冊子で作った一冊である。憲法9条を小説にしようと変なことを考えて書いたものである。戦争と平和、戦後の歴史の物語である。だからと言って決してお固くない。息子の娘たちが中学生にでもなれば読んだらいいと書いたものである。家のご近所で護憲活動をしている婦人にプリントアウトしたものを見せた。「楽しく読めて為にもなる。是非、仲間にも配りたいから本にして欲しい。買いますから」と言われたものである。


今は幾らかの数になるとPDF原稿ですぐに安く印刷してくれる。注文数より少しオンして50冊作ったのだ。

「これあげるから、読んで。父のことも、母のことも、私のことも書いてあるから。昭和の戦後を知るのにも参考になるから」と手渡した。

「へー、本も書いてはるんや」彼女はいたく感激したようであった。

「奥さんは?」聞いてきた。

「僕一人だよ」と理由を話した。

「お母さん押し付けられて、逃げられたんや」。〈何を言う、この小娘は〉と思ったが、その通りだから言葉が出ない。

「なん部屋あるの?」

「下が台所入れて3つ。上が4つ。まー家族で住むなら標準やろなぁ」

「でも、一人やったら広すぎるわ」

「2階は絵を書くときのアトリエで使っている部屋以外は使っていないよ」

「専用のアトリエがあるんや、贅沢。どんなとこ、見せて貰っていい」

彼女は屈託がなく、遠慮したところがない。きょうみの若い子は皆こうなのかも知れない。

2階に案内した。アトリエといっても、4畳半の小さな部屋なのだが、日当たりがよく、陽さえあれば、冬でも暖房がいらないぐらいだから、冬場はほとんどをここで過ごす。絵だけでなく本を読んだり、ノートパソコンを持ち込んで原稿を書いたりしている。一つは母のものが置いてある部屋があるが、残り二つは全然使っていない。

「もったいなわぁー」としきりに彼女は言って、帰って行った。

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