ガラス片
@yodaka_246
第1話「幽霊Ⅰ」
「ゆうええみあい」
鏡に映る、女。それが口を開いて話した。しな垂れた前髪に顔の影をいっそう暗くし、痩せた白い手足をぶら下げて、部屋の中に薄ぼんやりと立っている。それはまるで、
「幽霊みたい? 」
そんな風だ。と、幽霊のような女は背後で微笑む母親の言葉に項垂れたまま頷いた。
「そうかしら? 」
母親は女の肩に顔を近づけると耳元でそうとぼけて、それから淀みなくこう続ける。
「私にはただ、硝子の綺麗な姿しか見えないけど」
すると鏡に映る女___
「聞こえた? 」
そう確かめる母親に、硝子は今度こそ顔を上げて頷いた。
「うん」
彼女、西住硝子は耳がよく聞こえない。
「かみ、なぐぁい」
そのため硝子の発音は『正確』ではない。ささくれた長髪を指でくしけずりながら、鬱陶しそうにそうぼやいた。
「ええ。結構伸びたわね。もう随分切ってないから」
それでも母は当然のように娘の言葉が分かった。同じ時間を積み重ねれば、互いの違いも普通になるものだ。
そんな当たり前の日常があったからだろう。母親が取り止めない硝子の様子にも、どこか引っかかりを感じ取られたのは。
「それで『幽霊みたい』? 」
娘の髪を指で梳かしながらそう尋ねた。その指が髪の隙間を流れては、絡まった所で引っかかる。そんな風に鏡に映る硝子の笑顔も、どこか不器用につっかえていた。
昔から悪びれもなく悲しい顔を見せる子共ではなかった。母が心配したのは、そんな娘の辛そうな笑みを見たからで、それならば、ただ笑って寄り添えば良かったのかもしれないが、それでもそうしなかったのは、硝子が鏡に映る自分自身を、まるで怨霊のように
「髪、切りたいの? 」
母親は少し神妙になって、手振りを加えながらそう話しかける。聞くべき事があるとき、二人はいつも手話を使って話すのだった。クルクルと手を動かして手探りのような質問を投げかけると、硝子も手話を使って、ハッキリと言葉を返した。長い前髪に、面映ゆそうな顔を隠しながら。
『夏祭りに行きたいから』と。
ガラス片 @yodaka_246
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