第8話

「あなたの命が終わるその時まで


 私の復讐は終わらない」





   仇討ちの場となった川原は、ちょっとしたグラウンドのように整備されていた。


 実際、休日になれば、少年野球やサッカーに使われていた。


 今日は仇討ちという血生臭いものに使われるわけだが。


  通例に従い、果し合いの場の、端と端に、はるかと春岡は向き合うように立つ。


 警官の合図の銃声を待つ。(もちろんホンモノの銃ではない)


  グラウンドがわりに使われるくらいだから、広い。


 「はるか君の武器はなんだ? 持っていないじゃないか」


 いつのまにかトシの隣に男はいた。


 「敵に教えると思うの?」


 トシは冷たい。


 「おいおい、ここから先はオレ達も、あそこの警官も、誰も声すらかけちゃいけないんだぞ。もう教えてくれたっていいじゃないか」


 男は哀願するように言った。


 「……それほど、たいしたものじゃないし、もう身につけているわ」


 トシは、それだけ言った。


 男に構っているヒマはなかった。


 ――さて、この仕掛けがうまくいくか―― 


 トシは冷静に見つめる。


 


  練りに練った。


 あの子を生かすため。


 


「上手く作用するかは……あの子しだい」


 トシは呟く。


 「結構やるんじゃないの? はるちゃんは中々やるよ~~」

平田は川原に置かれたベンチに腰掛け、くつろいでいた。


 サッカーなどに使われるものだろう。


 「修羅に落ちた女は怖いよ? 例え、あんな子供でもさ」


 もっとも堕ちていなければ、やられるだけさ。


 平田は思う。


 春岡はとっくに堕ちているのだから。6


 「春岡と、同じとこまで堕ちなきゃね、はるちゃん」


 君は堕ちるのかい?


 それとも殺されるのかい?


 君の選択にオレは、興味があるよ。


 平田の目がおもしろそうに輝く。


 男はそんな平田を、トシを、黙って見ていた。


 男は男で賭けていた。


 


 さて、オレの描いた絵にはまるかな?


 今度の絵は、もう人間がわかってないとは言わせない。


 


 男は結末を待つことにした。


 高いピストルの音がして、仇討ちの開始を知らせた。


 開始の合図と共に、はるかは走った。


 それは春岡とは反対の方向だった。


 春岡も一瞬ぽかんと、はるかを見つめる。


 春岡からできるだけ遠い場所へ、はるかは向かった。


  そして、はるかは地面に屈みこみ、それを拾いあげた。


 しゅる、首にまかれたタオルを、はるかが外す。


 男と春岡は、そのタオルがやけに幅が狭いことに気付く。


 本能で、何かを察した春岡は、はるかに向かって突進した。


 だがそれよりも速くそれは起こった。



  はるかの手でふりまわされたタオルは、真っ直ぐなラインを描き、そこから何かが放たれた。


 それは、弾丸のように春岡の肩を撃ち抜き、春岡は衝撃で弾きとばされた。


 


 弾きとばされた春岡も、地面にころがり、自分に当たったものが何なのかを見るまでは、それが何なのか分からなかっただろう。


  それは、手の平サイズの石だった。


 はるかは、幅の細いタオルに石をのせ、振り回して投げたのだ。


  「投石紐かよ!」


 男は唸った。


 遊牧民などが群れを制御するために使い、また、家畜や自分自身を猛獣などから守るためにも使われるものである。


 狩猟などにも使われる。


 遠心力を利用するため威力は絶大。


 使い方によっては、女子供でも、相手の骨を砕くことができる。


 聖書の伝説にある少年ダビデが、無敵の巨人ゴリアテを倒したのもこの武器だった。


  そう、今、はるかが春岡の左肩を砕いたように。


  しかし、非常に難易度の高い武器である。


  「石投げ、石投げって言っていたのは、これか!」


  男は歯噛みする。 


  筋力強化のために、石でも投げさせているのかと思っていた。


  最初から、トシはこうするつもりだったのだ。


  しかし……。


 「飛び道具は、禁止のはずだ!」


  トシに男はささやく。


  大声は禁じられているからだ。


 

  「何言っているの。あれはタオル。その場にあるものを利用してはいけないという決まりはないでしょ、あの子はたまたま持っていたタオルをつかって、たまたま落ちていた石を投げただけ」


 涼しい顔でトシは言った。


「それに始まる前なら、取り上げることも出来たでしょうけれど、もう始まってしまったなら、もう誰にも止められない」


 「良く言うぜ」


  男は空を見上げた。


  あの石だって、昨日の内に現場に転がしておいたのだろう。


  石が地面の上にあったって、誰も不審に思わない。


  そうじゃなければ、なぜはるかが迷いなく二発目を装填できる?


たまたま、良い大きさの石が落ちている場所が分かったというのか。


ありえない。


  見守る男の、視線の先ではるかは、片手でタオルを回していた。


 遠心力をつけ、狙いを定め、タオルの片方を離す。


  吸い込まれるように、石は春岡のヒジを砕く。


  歴史に、石が身体を貫いたという記述もある。


  凶悪で、最も古い飛び道具だ。


  「印地っていうのよ。日本では。日本手ぬぐいを使って、石を投げる技」


  涼しい顔で、トシは言った。


  恐ろしいことを考える女だ。


  男は首を振った。


 おそらく、仇討ちに関する法律を全て読み、合法的に飛び道具を持ち込む方法を考え続けたのだ。


  だが、それならばはるかは、これとは別に、もう一つ別に武器を持っていることになる。 


  警察に検査され、公認された武器だ。


    

  武器さえちゃんと認められれば、どう持とうと、どう使おうと違法ではない。


 でもその武器は何だ?


 はるかは何ももっていない。


  はるかの石がまた、放たれる。


  春岡の左手首がひしゃげる。


  「……マズイ」


  トシは呟く。


  ああ、男も気がつく。


 「あのクズ、クズだが、戦う本能はホンモノってことだな」


 はるかはまた石を放つ。


  石は春岡の左脇腹に当たった。


  肋骨が折れたのだろう、男はうめいた。 


 「ダメだ、足りない」


  トシは、頭を抱える。


  はるかが、もう一度石を放とうとした時だった。


  春岡が跳びかかってきた。


  ……間合いが足りない。


  石とタオルをはるかが放棄して、バックステップしたのは、正解だった。


  春岡は、左肩、左手首、左肘、左脇腹を犠牲にしながら、じりじりと、はるかに近付いていたのだ。


 


  そう、春岡は避けられないと思った瞬間、左腕のみを犠牲にすることを選んだのだ。


  四回骨を折るチャンスがあったのに、春岡が奪われたのは、左腕一本と左の肋骨のみ、だった。


  「せめて、足を奪えたなら……勝機はあったのに」


  トシは悔しそうに言う。


「ボクサーの腕を一本奪ったんだ、良いんじゃないのか?」


男は不思議そうに言った。


「そうね、せめてオーソドックスならね。春岡は」


サウスポーよ。


トシは最悪だと呟いた。


    

  春岡は優雅にはるかの前に立った。


  折れた左手こそ、だらりとたれてはいるけれど、アマチュアのボクサースタイルで、折れていない右手を顔の横に構え、軽くステップを踏む。


  グローブのかわりにメリケンサックを装着してはいたが、そこにはアマチュアトップクラスボクサーの風格があった。


  さすがに、左腕一本やられ、肋骨も折られているからか、動きはどこかぎこちなかったけれども。


 「でも、利き手の左手が折られてしまっているんだ、右しかつかえない。かなりはるか君は有利になったんじゃないのか?」


 軽く、春岡はステップをふみはじめる。


  はるかも手を顔の前まで上げ、春岡に対峙する。


  春岡とは違い、どっしりと腰を落として構える。


  もう、石は投げることができない。


  あくまでも、投石紐は、遠距離用の飛び道具だからだ。


 だが、春岡も軽くステップを踏みながらも、入り込んではこない。


  はるかの武器が何なのか、分からないことが春岡を慎重にさせているのだ。


  「最悪よ。格闘に持ち込むまでに勝負をつけたかった。あなたには、格闘術なんて意味ないから知らないでしょうけど」


 トシは、ため息をつきながら言った。


   

 

「ああ、オレはそんなもんなくても強いからな。ありゃ弱いもんがするやつだ可哀想に」


 男は、しゃあしゃあと言ってのけた。


 「……好きに言ってなさい。ジャブが撃てるっていうことと、身体の柔らかさを生かしたディフェンス、スピードとステップワーク。これらがあれば十分はるか程度を殺すのは可能だわ。春岡にはそれらがあり、春岡の拳にはメリケンサックがある。ジャブでも十分なダメージを与えられるし、右フックは撃てるのよ」


 そう言いながらトシは思う、それに、春岡は臆病だ、と。


 臆病だからこそ、それなりに上に行き、だからこそ、NO1にはなれなかったのだ。


 臆病さとは、慎重であることだ。


 臆病な人間は、格下には負けない。


 決して油断はしない。


 過ちやミスもしない。


 練習も鈍らない、負けないための予防線を何重にもはる。


 はるか相手に、なめてかかるような真似はしてはくれないだろう。


 今、はるかに襲いかからない理由は一つ、はるかの武器が分からないからだ。


 臆病な人間は、用心をする。


 自分が最低限度のリスクですむ方法を、考える。


 仇討ちに、時間制限はない。


 体力、持久力も、春岡に劣るはるかには、ただこうしてプレシャーを与えられるだけでも、体力がけずられていく。


   

 十分弱らせてから、春岡は、はるかを殺しに来るだろう。


 「絶対絶命だね。はるちゃん」


 平田は呟く。


 目がガラスのように光る。


 口元が笑う。


 「さぁ、どうする?」


 


 考えろ、考えろ。


 


 はるかはちゃんと状況を見極めていた。


 


 心を平静にたもて、出来るだけ、出来るだけ。


 


 心のあり方で、体力が減ることをはるかは教えられていた。


 


 ダメだ。


 呼吸が乱れる、呼吸を整えろ。


 


 春岡を見つめる。


 その目は冷静に、はるかの様子を探っていた。


 もう少し、はるかが弱ったところで来るだろう。


 


 「ママを殺して、良く平気だったわね」


 はるかは言う。


 口も聞きたくない、声も聞きたくない人間に話しかける。


 生き残るために。


 「いいぞ。はるちゃん正解だ。話せ、ゆさぶれ」


 平田はおもしろそうに眺める。


 ホントにこの子は、スジがいい。


 春岡の目に、動揺が見える。


 元々、小心な男なのだ。


 誰にも悪くは思われたくない程に。


 自分が殴った恋人にさえ、そう思われるのが耐えられない程に。


 そして、もちろん、いま殺そうとしている、殺した恋人の娘にもできることならば悪くは思われたくない程に。


 「愛していたんだ」


 春岡が叫ぶ。


 「それは、愛じゃないわ。ただのエゴでしょ」


 [newpage]

   

 「正解。はるちゃんいいねぇ、もっと怒らせろ」


 平田は微笑み、見てはいられないけれど、見ずにもいられないトシは男の腕にしがみついて、それを眺めていた。


 二撃目を振り落とそうとしていた、春岡の手が止まる。


 「オマエに何がわかる!」


 春岡は、はるかの左手を掴んだ。


 「オマエも、オマエの母親と同じだ!」


 ぱきん


 はるかのひとさし指が、乾いた音をたてた。


 春岡が曲がらぬ方向に曲げたのだ。


 はるかは激痛に、悲鳴をあげた。


 「なんで分かってくれない。愛していたんだ。本当に!!」


 ぱきん


 二つ目の指が、折られた。


 ぐあっ!!


 はるかは、また叫ぶ。


 「オレはなんとかしたかったんだ。ただ、何とかして、君達と幸せになりたかったんだ!」


 ぱきん


 ぱきん


 三本。


 四本目。


 「本当に幸せになりたかっただけなんだ」


 最後の一本、小指に手をかけたとき、春岡はありえないものを見た。


 ひどく冷静なはるかの顔と、その右手に握られた長い針のような、ワイヤーのようなもの。


 そして、その鋭利な切っ先は、自分の目に向けられていた。


 春岡が、はるかの指を折ることに気をとられている間に、はるかはタンクトップの裾に縫い込まれていたそれを、抜き出していたのだ。


    

 指を折られながら、チャンスを窺っていたのだ。


 怒りゆえに春岡が忘れていた、はるかの隠された武器の存在。


 それは、長くよくしなう、針だった。


 慌てて、はるかの身体から離れようとする春岡よりも速く、はるかの右手が動いた。


 吸い込まれるように、春岡の瞳に、それは伸びていった。


 叫んだのは、春岡だった。


 眼球に深く突き刺さったままの、それに手をやり、はるかの側に膝をついた。


 今度ははるかの番だった。


 膝をついた春岡の側頭部に、渾身の廻し蹴りを放つ。


 目を裏返し、地面に意識を失い、春岡はがくんと、ころがった。


ちゃんとマウントポジションをとり、はるかは、人形のように転がる春岡に馬乗りになった。


 そして、春岡の手からメリケンサックを奪い、無事な右手に装着した。


 奪った相手の武器を使うことは禁止されていない。


 はるかは、冷静に春岡の顔にそれを的確に撃ち下ろしていった。


 春岡の鼻が潰れた。


 頬の色が変わる。


 そして、鼻の下。人中と言われる急所。


 側頭部、耳の後ろ。


 はるかの力でも、このまま殴りつづけていけば、死ぬだろう。


 時間はかかるが。


 だが、はるかは嫌になったようだ。


 動かなくなった春岡の目に刺さったままだった、ワイヤーのような針を引き抜いた。


 首の頚動脈にふれる。


 確かに、そこにそれを突き刺せば、それで終わる。




 そこで、はるかは初めてためらった。


 「はるかちゃん。刺せよ」


 静かな声で言ったのは、春岡だった。


 意識を取り戻したらしい。


 春岡の、殴られ崩れた顔の目が、細く開く。


 腫れた唇からこぼれ出す言葉。


 それは、命乞いではなかった。


 はるかの目が見開かれる。


 「誰かに止めて欲しいとずっと思っていた。なんで、こんな自分で生きていかなければならないのかと。死ぬことも、変わることも、止めることもできなかった」


 まるで、ほっとしたかのように、春岡は言った。


 「どんどん自分がダメになって行くのはわかっていた。止められなかった。でも何とかしたいと思っていた。優しい人間になりたかった。君達と一緒にいる時のような。なれるかもしれないと思った。自分が止められるかもしれないと思った。でも、あの人を殺した。君を殺そうとした。もう、いい。楽にしてくれ」


 自分じゃ死ねないんだ。


 弱すぎて。


  怖くて。


  どうやってでも生き延びたいと思ってしまうんだ。


  誰を殺してでも。


 殺して。


 


  春岡は、片方から血を、片方から涙を流しながらはるかを見て言った。


 


  もう、殺して。


 ボクには、もう何もない。


 君達だけしかいなかったのに。


 この先何がある?


    



 ボクにこの先なんかあるものか。


 ボクが一番知っている。


 ゴミだめのような、また、人を傷つけ、ゴミにする毎日が続くだけだ。


 ならば、終わらせて。


 


  勝手な戯言だと、切り捨てても良かっただろう。


 でも、はるかは知っていた。


 母がいた。


 春岡がいた。


 はるかがいた。


 笑っていた。


 優しく、暖かな風景を。


 母が、春岡から逃げなかったもう一つの理由。


 春岡がしたことは許されることなどなく、許すつもりもないのだけれども。


 春岡は、本当に優しかったのだ。


 孤独に生きてきた、母と娘に本当に優しかったのだ。 


 母の美貌のみに興味があった男達や、シングルマザーであることから、軽く見ていた男達とは違って、少なくとも春岡は本気ではあったのだ。


 はるかの中に、平然と人を傷つけることのできる残酷さがあることと同じくらい、春岡の優しさもまた真実だったのだ。


 「あなたは、誰かを、母を傷つける前に、自分で自分をどうにかするべきだった!」


 はるかは叫んだ。


 「それすらも、出来ないほどに、ダメな人間なんだよ。だから、殺して、はるか」


 


  自分に目をつぶってきた。


 耐えられないからこそ、自分を見なかった。



「ユミさんが助けに来てくれたのに、ボクを信じようとしてくれたのに、殺した。そして、君が殺しにきてくれた」


 


 ボクの汚い罠や、生き延びたい醜さをなぎ払って。


 君はボクのヒーローだ。


 


「殺して。はるか」


 春岡は笑った。


 はるかはそこに、初めて春岡に会った日の笑顔を見た。


 腫れあがった顔の向こうに見えたのは、はるかと母を魅了した、柔らかな微笑み。


 ああ。


 


 はるかの他に、本当に母を愛した、ただ一人の人。


 はるかはため息をつく。


 


 あなたはそこまで弱い人なのか。


 せめて、最期まで憎ませてくれる強ささえないのか。


 でも


 でも


 はるかは針を握りなおした


 そして、決してその言葉が忘れられないように、刻みつけるようにささやいた。


 「あなたの命が終わるその時まで


 私の復讐は終わらない」


 


 はるかの手の針が振り下ろされた。


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