第7話

「ありがとう 感謝しているの


 ありがとう」





仇討ちには武器の使用が許される。


 飛び道具や特殊な武器は禁止であり、当局によって改められ審査を受けた武器のみ、使用を許される。


  当日まで警察によって保管され、当日現場でそれぞれに手渡される。


 春岡が選んだ武器はメリケンサックだったようだ。


 両拳に黒く光る、鉄製の。


 ボクサーが選ぶには最適な武器だろう。


 そんなものなどなくても人間一人位、その拳は葬りされただろうが。


 実際そうしたのだし。


 ゆったりとした、動きやすそうなズボンにしっかりしたシューズ。


 タンクトップだけの上体は彼が油断なく身体を作り上げてきたことを、証明していた。


 春岡は美しかった。


 綺麗な肉体。


 優しげで、端正な顔立ち。


 誰が彼を仇だと思うだろうか。


 今から少女を殺そうとしていると、思うだろうか。


 現場は無作為に選ばれた、市内の川原だった。


 前日発表になる。


 

 そう、仇討ちの場は、グラウンド、川原等、公共の土地であることが多い。


 掃除などの点から屋外なのだ。


 血で汚れることも多いからだ。


  現場には見届け人である警察官、そして届け出たお互い2名までの立会い人、そして仇と遂行人だけがいることを許される。


  当日警察官によってあらためられ、改めて落とし穴などの不正がないかどうかを確かめられる。 


 果し合いの終了は、どちらかの命が終わるまで、もしくは、遂行人が仇をうつことを放棄するまでである。


 ただ、今までの歴史の中、遂行人が生きている仇を目前にして放棄した例はない。


 返り討ちにあい、死亡した例はあっても。


 この制度が現在まで生き残った理由が、ここにある。


 悲しみや憎しみは、憎む相手の命によってのみ消える。


 もしくは、その憎しみをもつものの存在が消えることによって。


 


 そういうことだ。


 はるかは、バリカンで男の子のように刈り上げられた頭で、立っていた。


 長髪は掴まれる可能性があるから、戦闘に不向きだからだ。


 ぴったりしたタンクトップ、膝丈のスパッツ。これも、つかまれにくいものを着ていた。


 どうみても、少年だった。


 薄い胸のふくらみさえなければ。


しなやかについた筋肉が、余計にその印象を与える。


 その手に武器は握られていない。


 その細い体の華奢さは、これから行われることを非現実に感じさせた。


 春岡とはるかは、まだ互いに目を合わせない。


 その川原に降り立った、互いの立会人の側に二人はいる。


 対角線上に立つ二人。


 はるかは平田とトシの側に。


 そして春岡は彼の弁護士と……。


    



  「なんで、あなたがそっちにいるの!」


 怒鳴ったのは、トシだった。


 大きな男が春岡の隣にいるのを見たからだ。


 「いや、だってオレのクライアントだし。一度でもオレが依頼を断ったって、言ったか?言ってないよな」


 男は平然と答えた。


 はるかににっこりと男は、手を振ってみせた。


 トシは逆上し、はるかは苦笑する。


 「いや、別にオレ達も、あちらさんも、こっから先何にも出来ないんだから、構わないんじゃないの?」


 と、平田。


 そう、ここから先、誰も、言葉さえかけることも、禁じられている。


 見ることだけしか許されていないのだ。


 ふふ。


 はるかが笑った。


 「トシさん、怒らないで。あの人と戦うわけじゃないわ」


 はるかはまるでスポーツでもするかのように、首にタオルを巻いていた。


 「私が戦うのはアイツ」


 はるかは、初めて春岡の方に目をやった。 


 静かな目だった。


 透明な眼差しがゆるぐことなく、春岡をとらえた。


 春岡が、はるかの視線に気付いたように顔を上げた。


 そして困ったような顔をし、何度も下を向いては、はるかの方を見た。


 はるかは吐き気を覚えた。


 この男は、この期に及んで自分が悪者にはなりたくないのだ。


  自分が腐り果てた何かだと言うことに、まだ気が付きたくないのだ。


 はるかは震えた。


 「お? 怖いのかい?」 


 平田が面白そうに言った。


 「いいえ」


 はるかは自分の身体を抱きしめながら言った。


 自分の中から溢れ出そうとする、暗い感情を抑えきれなかったのだ。


 「はるちゃん、分かってる? ……自分が笑ってるんだってこと」


 平田はタバコに火をつけながら、言った。


 「……そんな顔もできるんだな」


 むしろ感心したように、平田呟く。


 そう、はるかは笑っていた。


 今日のために。


 全ての日々は今日のためにあった。


焼け付くような喜びがそこにあった。


 ママ。


 もうすぐ終わるわ。


 はるかは呟いた。


 ママのところに行くかもしれない。


 でもね、ママ、私一人じゃ、死なないわ。


 警察官が、手をあげた。


 セレモニーがはじまるのだ。


 警官の前で、はるかと春岡は向かい合う。


 はるかは春岡を見つめる。


 この顔が、優しく見えた時もあったのだ。


 この人に会えるのが、楽しみだと思った時もあったのだ。


 はるかは春岡が好きだった。


 お兄さんみたいに思っていたのだ。


 兄妹のようにふざけあう二人を、笑いながらみつめる母。


 母と三人ですごした時間は、間違いなく楽しいものだった。


    



   

 でもこの男は、はるかの大切なものを奪ったのだ。


 はるかは母親を愛していた。


 全ての子供がそうなのかはしらないが、はるかに母親は、大切な宝物だった。


 この世で何よりも自分を愛してくれた、美しく、優しく、愚かで、強い母。


 はるかが読む物語をうれしげに聞く母。


 『アタシの子とは思えないよ。賢くて優しい……』


 崩れきった顔。


 殴られ、変色した肌。


 歯のない口が、血とともに呟いた言葉を、はるかは覚えている。


 はるかへと伸ばされた指が、全てありえない方向に、向いていたことも。


 あの日、あの瞬間、身体の中に灯った炎。


 今、身を焼くこの想い。


 今、この瞬間、溢れ出す想い。 


 警官が述べる宣誓文など、はるかは聞いていなかった。


 「いまから仇討ちを開始する。合図の音がなったら開始だ。最期に、二人ともいう事はないか。発言は公式に記録される」


 警官がその言葉を言い終わった時、やっとはるかは我にかえった。


 「ない」


 春岡は短く答えた。


 「あるわ」


 はるかは答えた。


 「あなたに」


 春岡を指差し、はるかは言った。


 それは言わなければならなかったこと。


 これからはじまる物語の結末のために大切な言葉。


    

 「感謝しているのよ。あなたが犯人なことに。もし、ママが誰だかわからない人間に殺されたのだったら、犯人が捕まらなかったなら、私はママを追いかけて、死んでいたから。喜んでいるの。私は、殺せる誰かがいることに」


 だから耐えられた。


 だから生きられた。


 ママがいない世界でも。


 春岡がいてくれたことが、憎しみがはるかをこの世に結びつけたのだ。皮肉にも。


 だから。


 だから。


 はるかは言った。


 許さないし、憎い。


 だが生きているのはこの憎しみのおかげだ。


 殺した後でまたはるかはこの言葉を口にするかもしれない。










 「ありがとう。感謝しているの。


  ありがとう」





  


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