第3話

「人を殺すってことの意味を教えてあげる


   人を一人この手で消すってだけのことよ」







 はるかの話は終わった。


 平田はゲームをしながら、トシは腕を組みながら聞いていたが、話を終えたはるかに、二人は同時に尋ねた。


 「いくらまでなら出せるの?」


 「で、予算は?」


 はるかほっとした顔をした。


 どうやら最初の難関、仕事を引き受けるか受けないか、というところまでは来ることができたようだ。


 ここを紹介してくれた人が言った。


 「トシはともかく、平田はなぁ。気に入らない仕事は絶対しない。ガキみたいなおっさんだからな」


 だけど、とその人は続けた。


 「気に入った仕事なら、どんな仕事でも引き受ける。つまり、君の依頼を引き受ける酔狂な事務所はあそこくらいだな」


 礼を言うはるかにその人は笑った。


 「仕事を請けない俺に、礼を言う必要はない。まぁ、トシや平田にはオレの名前は出さない方がいいぞ」


 引き受けてもらえる率が下がるからな。


真面目な顔でその人は言った。


 はるかはその人に言われたように、正直にトシや平田に答えた。


 はるかの全財産の金額。


 ママが貯めていたお金、はるかの大学の進学費にと貯めていたお金、少しばかりの保険金。


 「一桁たりねぇな。確かにウチは安い。それでも、だ」


 平田が言った。




 助太刀(ヘルパー)は、人の命を奪い、相手によっては命を失うかもしれない仕事である。


 高額な報酬は当然た。


 「しかも、相手が金持ちだろ?……向こうもヘルパー雇うよな」


 そう、助太刀制度のもう一つの面。


 仇討ちの遂行者は助太刀を頼むことができる。


しかし助太刀を頼むこと、それは仇にも助太刀を認める、と言うことでもあるのだ。


 助太刀には助太刀を、である。


 相手も助太刀を頼むとなると、ヘルパーは相手側のヘルパーと、仇の両方を相手にしなければならない。


 もちろん、ヘルパー同士で相手の息の根を止めるところまではしない。


 お互いプロだ、適わないと思ったら、「参った」をする。


そうすれば降参したヘルパーをたのんだ依頼主の登場だ。


 もちろん、そこは真剣勝負だし、互いの仕事の今後の評判もあるから、ギリギリまではヘルパー達はやりあう。


 危険は危険だ。


 普通、死亡保険金など(数千万)で、ヘルパーへの報酬を払う遺族に対して、仇となる人間はそれほどの金額を払えない。


 だから、ヘルパーは遂行者に代わり、仇を相手するだけでいい。


 だが、金持ちなら話は別だ。


 彼らもヘルパーを雇えるのた。


    


 相手にヘルパーを雇えるほどの財力があるならば、仇と、仇側のヘルパーの両方を相手にする分、さらにヘルパーへの報酬ははねあがる。


 「全然、足りねぇよ。お嬢ちゃん」


 平田は首を振る。


 「所長……」


 トシが何かを言いかける。


 「ダメだ。トシ」


 平田が遮る。


 「仕事だからな。誉められた仕事じゃないが、それでも仕事だ。人の命の値段だぜ? そこは曲げられない」


 残念だな。


 平田は再びゲーム機に向かう。


 「……ママは、もっと安い金額のために殺された」


 はるかはぽつりと言った。


 「気の毒だな。だけどね、オジサン達は命に値段をつけている以上、そいつを守らないといけないわけよ。じゃないと、オジサン、ただの人殺しになっちゃうでしょ」


 平田は、全然気の毒そうじゃない様子で言った。


 「違う!」


 はるかは怒鳴った。


 「あなた達に殺してくれって、頼んでいるんじゃない。助太刀して欲しいって頼んでいるんじゃない。私に殺し方を教えてくれればいいの」


 平田は、ゲームをする手を止めた。


 平田の目が、初めてはるかの目をまともに捉えた。


 ガラスのように乱反射する平田の目に、はるかは怯えた。


 「……コイツは面白い。一人でやる気かい。お嬢ちゃん」


 平田はゲーム機を置いた。


 ゲームよりも面白いものを見つけたのだ。


    



 「殺すって言葉の意味、わかっているのか?」


 平田は問う。


 はるかは悟る。


 この質問の答で、助けが得られるのか得られないのかが、決まるのだと。


 「……憎しみの意味は知っています」


 ママ、ママ。


 嬲り殺されなければならなかった、ママ。


 なのに、あの男は僅かな刑期、許される?


 あり得ない!


 この身を焼く感情、痛みすらともなう炎のような感情を、憎しみと言うのだ。


 「気に入ったよ。お嬢ちゃん。教えてやるよ。人の殺し方をな!」


 平田は笑って言った。


 そして付け加えた。


 「このトシがね、教えてくれるよ、じゃあよろしく頼んだぞ、トシ」


 再び、平田はゲーム機に向かい、完全に仕事はトシに放り投げた。


 「はいはい」


 トシは不満すら口にしない。


 なれたものである。


 あっさり、認められたのではるかは拍子抜けした。


 


 「お金は予算の金額で結構。分割でもいいわ。ただし、仇討ち前には全額払うこと。意味わかるわね?」


 トシの言葉にはるかは頷く。


 はるかが死んだら料金を取り損ねるから、それまでに支払えと言うことだ。


    


 「……三日以内に住んでいるところを引き払って、学校もバイトもやめて、身の回りのものだけ持ってここにきなさい。食事代や部屋代は、料金の中に入れてあげるわ」


 トシは言った。


 「おい、勝手に決めるな!」


 平田が不満な声をあげたが、トシは無視する。


 「申請期限はいつ?」


 トシは尋ねる。


 裁判で刑が確定してから、二ケ月以内に仇討ちの申請をしなければならない。


 「来週」


 はるかは答える


 「それだけ? じゃあ、執行猶予をぎりぎりまで使っても、四ヶ月か……それで、どれだけのことが出来るのか……」


 トシは頭の中で、色々な可能性をはじきだしているようだった。


 目を閉じ、黙ってしばらく考えていた。


 「……ムリでも、やるしかないか……」


 ブツブツ、つぶやいた。


 良い考えは何一つ浮かばなかったようだ。


 ところで、と、トシははるかに柔らかに笑いかけ、尋ねた。


 「ここに来たのはどうして? あなたがそのチラシを持っているはずないわ、どこで調べたの、ウチのこと?」


 はるかはその問いに答えるかどうかを、少し迷ってから、正直に答えた。


 「人からここを薦められました」


 「あら、誰かしら」


 トシは首をかしげた。


 「ウチは業界じゃ、評判悪いのだけども」


 「お前がむちゃくちゃするからだろう」


 平田の言葉をトシは無視した。


 迷って、迷って、はるかはその名を告げた。


    




このニカ月、色々な事務所を断られ続けていたはるかの前に、その男は現れた。


 大きな男だった。


 しなやかに、音もなく動く男だった。


 「いや、さっきの事務所で、話が聞こえてしまってね」

 男ははるかにそう話しかけてきた。


 そして、古いチラシを渡し、平田事務所を教えてくれた。


 トシの名前も。


 「……あのクソ野郎。私の名前を口にするだけでも、いまいましい」


 トシが、毒づいた。


 ケラケラ平田が笑った。


 「……その人の名前言ったらいけないって、断られるから……」


 はるかが、おずおずとトシを見上げた。


 トシは苦く笑った。


 「確かに、最初にその名前を出されたら断っていたかもね。でも、大丈夫。引き受けたからには、断らないわ」


 トシははるかの髪にそっと優しく触れた。


 ママみたい。


 優しい指に、はるかはちょっと思った。


 「一つだけ教えてあげる」


 トシは優しく言った。


 ママとは違うと、はるかは知る。


 だって、トシは決して、ママから教えてもらうことはないだろうことを、教えてくれたからだ。






「人を殺すってことの意味を教えてあげる


   人を一人この手で消すってだけのことよ」


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