第10話 決別

こうして呉を出港した大和は燃料の補給のために山口県の徳山港に立ち寄りました。


よく大和は「片道の燃料だけで沖縄に行った」と言われますが、海軍の偉い人が「死にに行くやつに腹いっぱい飯を食わせないとは何事だ!命令違反でもなんでもいい、目一杯燃料を入れてやれ!」と言ってくださったおかげで実際は沖縄までの1往復半の重油を入れてもらうことができたのです。


この日の夜は「無礼講」と言って上下の階級関係なしでお酒を飲んで、みんなが歌ったり踊ったりしてこの世とのお別れの儀式をしました。


17歳でお酒の飲めない僕に先輩の兵隊さんはこう言いました「おい八杉、しっかり酒を飲んでおけ。気持ちよく飲んでおかないと機嫌よく死ねないぞ!」と。


皆さんどう思いますか?


とにかくみんな思い思いの芸をして本当に楽しく騒いだのでした。


時間が経つごとにそれぞれが「死の覚悟」を決めていったと思います。


そのわずか1週間前に「海軍兵学校」と言う将来指揮官になる学校を卒業した候補生46人を大和から下ろしました。


「お願いです、ぜひ連れて行ってください。一緒に戦わせてください!」と泣きながらお願いする彼らを「若い命を無駄にすることは無い。お前たちがいれば返って足手まといになるから」と突っぱねて無理矢理徳山港に下ろしたのです。


さぁ、これで全て準備は整いました。


後はアメリカ軍の待つ沖縄に行って大暴れするだけです。


4月6日4時。

徳山港を離れた大和は3009名の乗組員とともに一路沖縄を目指しました。


夕方、「総員、最上甲板へ集合」と言う命令が出ました。


大和が九州と四国の間にある豊後水道にまさに入ろうとしていた時です。


広い甲板に勢ぞろいした多くの乗組員の前に艦長が出てきてお話しをしました。


ちょうど皆さんが朝礼で校長先生のお話を聞くような風景を想像してみてください。


「諸君、アメリカ軍がすぐそこまでやってきた。日本国の将来はこの一戦にかかっている。総員いっそう努力して頑張るように」


その言葉を聞いて全員が武者震いをしました。


「俺たちがアメリカから日本を守るんだ!」と言う気持ちがさらに高まったのです。


そして「宮城遥拝」と言って天皇陛下の住んでいる皇居のある東京の方角に向かって全員が整列して「君が代」を歌いました。


「君が代は

千代に八千代に

さざれ石の

巌となりて

苔のむすまで」


その後、「総員それぞれの故郷に向かってお別れをしろ」と言う命令が出ました。


大阪生まれの人は大阪の方角へ、広島生まれの人は広島の方角へ、僕も福山の方角へ向き故郷や友人家族のことを思いました。


続いて「遠慮せず思いきり泣け」と言う命令が出たので全員思い思いに手を振ったり泣いたりして故郷に最後の別れをつげました。


さぁ、もうこれで思い残す事はありません。


さっぱりした気持ちで全員が戦いに臨んだのでした。

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