第48話 影刀

 それから半刻ほどたった後、クロウとスキアはトゥーリの屋敷の前に二人並んで立っていた。


「それじゃあ、作戦どおりスキアはアリス達の絵を見つけてきてくれ。こればっかりは屋敷に詳しくない俺には厳しいからな」


 クロウの言葉にスキアは力強く頷く。クロウは「よし!」と言いながらスキアに微笑みかけた。そして、再び正面の屋敷を見据えると一歩前へと歩み出た。そしてクロウは大きく息を吸い込んだ。そして肺に溜まった空気を一気に吐き出した。


「たのもぉぉぉぉ!」


 すると、まるでその声を待っていたかのように屋敷の正面の大きな扉がぎぃぃと音をさせながらゆっくりと開いた。そして、扉の奥の暗闇からコツコツという靴音ととともにトゥーリ=バティストが姿を現した。


 トゥーリは暗く光る青い瞳をクロウへと向けた。


「あら、生きていたんですね。っということはネブラが裏切ったのかしら、まぁなんでもいいわ、もう関係ないのもの。スキア、良く帰ってきたわね。さあこっちにらっしゃい、また私に仕えてちょうだい」


 そう静かにほほ笑みながらトゥーリは言った。スキアは一瞬びくっと体を震わせたが、両手のこぶしを握り締めトゥーリをまっすぐに見た。


「お嬢様、私はもうお仕えすることは出来ません。私には、私の帰りを信じて待ってくれる人がいるんです!」


 そう言うと、スキアは一度息を深く吸いこむと、続けて言った。


「お嬢様もうやめましょう、こんなことを続けても誰も幸せになりません。魔王様は……魔王様はもういないんです!」


「そんなことはないわ! あの方が、あのお方が死ぬはずがない! あの方はいつかきっと帰ってきてくださいます! ニセモノのくせにふざけたこと言うんじゃない!」


 魔王の話が出るとトゥーリは急に声を荒げた。その瞳は大きく見開き狂気に包まれていた。クロウにはその様子がとても痛々しく見えた。まるで、ケガをしているのに気づいていながら、ケガに気づかないふりをして痛みをこらえて懸命にふるまっているように。


 トゥーリはふぅと息を静かに吐きだし呼吸を整えた。


「まぁいいでしょう。さぁスキアを捕まえなさい、あそこの男は殺してもいいわ。魔力の少ない者なんかに何の価値もないもの」


 トゥーリがそう言葉を発すると、彼女の後ろからいくつかの人影が飛び出してきた。


「アリスはいないか」


 クロウはその飛び出した人影を注視していった。出てきたのは先ほどクロウ達に警告を発しに来た初老の男と、それに加えて身分の高そうな衣服に身を包んだ男女の計3人だった。クロウにとって最も厄介なのはアリスの超火力の爆炎だった、それがないだけ幾分か戦況は楽になる。


 彼らはクロウ達から20メートルほど離れたところで立ち止まると、両の掌をクロウへと向けてきた。


「スキアの攻撃射程は把握しているわ。さぁ、なぶり殺しにしてあげなさい!」


 トゥーリは狂気に染まった笑みでそう命令を出した。その表情からは万に一つも負けるわけがないという自信が浮かんでいた。


 クロウは手に握っていた刀を構えると、横目でスキアを見た。スキアはクロウの意図を察したのか、こくりと頷いた。


 クロウは握り締めた刀に集中した。クロウは刀の切っ先をトゥーリ達へと向けた。その刀身はいつも通りの銀色に輝く刀身ではなく、漆黒に塗りつぶされていた。


「借りるぜ、スキアの力あぁぁ」


 クロウはそう叫ぶと、刀を振り下ろした。すると、不思議なことにクロウの刀から漆黒の影が伸びあがり、トゥーリの創り出した分身へと差し迫っていった。そしてその影は回避行動をとろうとした分身の一人の首を見事に刈り取った。


「なぜっ!? あなたには魔力なんてないはず、なのにどうしてスキアと同じ魔法を使えるの!?」


 トゥーリが驚いた声をあげる。


「なぜも何もトゥーリさん、これは紛れもなくあんたがずっと見てきたスキアの魔法だよ。俺は借りているだけだ。そしてこの力で、俺たちであんたを救ってやるよ」


 クロウはそう言って揺らめく影を纏わせた刀をトゥーリへと向けた。

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