第47話 娘として

「それでこれからどうするんですか?」


 クロウの隣にぽてっと座り込み、スキアは尋ねた。


「あぁ、スキアはとりあえずアンネさんの、母親のもとに帰るんだ」


「それじゃあ、トゥーリお嬢様やアリス様達のことはどうするんですか?」


 戸惑ったような顔を浮かべるスキアにクロウはニッと笑いかけた。


「大丈夫、俺が全部解決して見せるさ」


 その言葉を聞いてスキアはばっと立ち上がった。


「駄目です! それなら私も行きます!」


 クロウは静かに首を横に振った。


「駄目だ。トゥーリは多分俺たちを殺しに来るはずだ、そんな危険なことに巻き込めるはずないだろう。それにアンネさんの体調も悪くなっていく一方だ、早く帰った方がいい」


 母親の名前を出されてスキアは言葉に詰まった。彼女は両手を握り締めたままうつむき、桜色の唇は何か言葉を紡ごうとしたがそれが言葉になることはなかった。


 その時、向かいの茂みからガサガサッという音が聞こえてきた。朝日が昇ってきたこともあり、それが何かはクロウにははっきりと見えた。それは、見るからに高級そうな衣服を着た初老の男だった。男はクロウ達の方を向くと、1歩2歩と近づいてきた。


 クロウはすぐさま立ち上がると、スキアをかばうように男の前へと立ちふさがった。男はそんな様子など気にも留めずにぐんぐん近づいてきた。そしてクロウ達の2メートルほどのところでピタッと止まった。


「スキア戻ってきなさい。でなければあなたの村を——、その先は言わなくても分かるわね」


男の口から出てきた声は、およそ男性のしゃべり方ではなかった。


「トゥーリお嬢様……」


 スキアは目を見開いてその男を見ていた。確かに男の口調はスキアのそれと似ていた。その時、男は急に力を失ったようにこちらへ倒れてきた。クロウはとっさにスキアをかばおうとしたが、男はクロウ達に触れる前に崩れさってしまった。


「な、なんだったんだ一体……」


「トゥーリお嬢様の魔法です」


 クロウはスキアの方を振り返った。彼女はどこか怯えた表情をしていた。


「先ほどの方は昔、トゥーリお嬢様のお父様——ウェル様のご友人であり、共に穏健派として強硬派と戦っていた方です」


 ウェルという名前を聞いて、クロウの脳裏に優し気に微笑む男の顔が浮かんだ。先ほど眠っていた時に見た夢はきっと実際に起こったことなのだとクロウは直感した。


「でもなんで穏健派の人が強硬派に属していたトゥーリの味方しているんだ?」


「味方しているわけではありません。お嬢様の魔法で閉じ込められた人はお嬢様の支配下に置かれます。そして作られた……ニセモノはお嬢様の命令通りに動きます」


 スキアはニセモノと口にするとき、ほんのわずかに顔をゆがませた。クロウはあえてそのことには触れずに疑問に思ったことを口にした。


「ちなみにその作られた奴らは自由に魔法を使えるのか?」


「はい、お嬢様が命じれば使えます」


 予想していたとはいえ、彼女の答えにクロウは苦い顔をした。


「厄介だな、複数種類の魔法を同時に使えるなんて。ちなみに魔力量はトゥーリ一人分なのか?」


「詳しくは分かりません。ですが閉じ込められた時の感覚はお嬢様とつながっている感覚がありました。そしてお嬢様が魔法を使うたびに私の中の魔力が吸い出されるようなそんな感覚があったのを覚えています」


「って―ことはつまり、トゥーリは閉じ込めた全員分の魔力を自由に行使できるってことかよ。チートかよ」


 クロウは引きつった笑いを浮かべた。つまりこれから下手をすると何十人もの魔人と戦わなければならないという現実に体が強張るのが分かった。そんなクロウの表情を察したのかスキアは慌てたように言った。


「でもお嬢様が絵画にできる枚数には制限があります。それに絵の半分以上は防衛のために首都にあるはずなので、屋敷にいるのはアリスさんも入れて3、4人だと思います」


 それを聞いてクロウはほっと胸をなでおろした。その数ならどうにかさばける自身が彼にはあった。しかしクロウはスキアをちらりと見て考え込む。仮にクロウがトゥーリのもと攻め込んだとしても、スキアがいなければトゥーリは村へ戦力の一部を割くかもしれない。そうなるとクロウには村の人たちを守ることが出来なくなる。


「……お母さんは何か私に言っていましたか?」


 唐突にスキアはぽつりとつぶやいた。考え込んでいたクロウは虚をつかれ「え?」と言った。

「クロウ様達が村を出るとき何か母は言っていましたか?」


 スキアは改めてクロウに聞いた。


「娘のことを信じて待っている、そう言ってたよ」


 その言葉を聞いて、どこか張りつめていたスキアの周りの空気が少し緩んだ。そして彼女は決意のこもった瞳でクロウを見た。


「クロウ様、私もお嬢様のもとへ行きます。そしてお嬢様を止めます!」


「危険だ、相手が複数人となると守り切れる自信がない。せめて一瞬姿を見せて逃げるとか——」


 クロウの提案にスキアは首を振った。


「母は私を信じて待つといったんですよね。私も母はきっと私を待っていてくれると信じます。私はもうティアじゃないのかもしれないけど、それでもお母さんが、村のみんながいるあの場所を守りたいんです!」


 それに、とスキアは続けていった。


「私はトゥーリお嬢様のこともお救いしたいんです。ウェル様のことを、お父様のことを憎んだままだなんてそんなの悲しすぎます」


 クロウはそんな決意のこもったスキアの瞳をじっと見て、それから、はぁぁと大きなため息を吐いた。


「ったくしょうがないなぁ。よしっ、じゃあいっちょアリスもアンネさんも頑固なお嬢さんも全部まとめて救いに行くか!」


 そんな二人を朝日が照らした。それはまるで、スキアの覚悟を祝福しているようであった。

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