第46話 贋作は真作足りえるか?:問
「私を助ける……?」
ポツリとスキアはつぶやいた。その声音に怒気が含まれていることをクロウは感じ取った。
「あなたに何ができるっていうの!?お前はニセモノじゃないって慰めの言葉でもかけてくれるっていうの?」
「昨日今日あったような奴にそんなことを言われて救われるなら苦労はしねぇよなぁ。まぁ、偶に例外もいるだろうけど」
クロウは過去の自分を思い出し苦笑いした。
「だったら———、もう放っておいてよ!あなたには何もできやしない!」
漆黒の球体の中から悲痛な叫びが聞こえてくる。
「いいや、俺にだって、―——いや俺にしかできないことがあるさ」
クロウは優しく微笑むと、刀を抜いた。漆黒の球体の中からでも外の様子が見えているのだろう、クロウの行動にスキアはハッと息をのんだ。
「……私を斬るつもり?」
「いいや違うさ。スキア、お前の中の怒りとか悲しみとか、それを全部俺にぶつけろ。なぁに、大丈夫さ、こちとら不死身の体を持ってるんだ、お前程度じゃ俺にかすり傷一つ付けられないさ」
クロウはそう言うとゆっくりと、スキアのもとへと歩き始めた。
「来ないで!魔法を制御できないの、このままじゃ―——」
彼女が言い終わる前に、黒い球体から鋭利な影が伸びてきた。だが、その影がクロウを傷つけることはなかった。ガキンっという音と共に影はクロウの後方の木々を切り倒した。
「なっ!?」
スキアは驚いたような声を漏らした。自分の魔法がクロウの刀にはじかれると同時に、魔力の向きが変化したためである。魔力の向きを変えられるなんて魔法、スキアは聞いたことがなかった。クロウはそんなスキアの様子を感じ取ると、にやりと笑い言った。
「な、大丈夫だろ?安心してかかってこい。お前の憎しみも苦しみも、怒りも悲しみも全部受け止めて見せるさ」
「……どうなっても知らないから」
その言葉と同時に、黒い球体から無数の影が伸び、クロウへと襲い掛かった。それから、どれほど時間がたっただろうか、月明かりの下に立つクロウの周りには夥しい量の血液が散っていた。だが、クロウはしっかりと地面を踏みしめ立っていた。そして、彼の見据える先には、肩で息をするスキアの姿があった。魔力もほとんど使い切ったのだろう、彼女を包んでいた黒球もいつの間にか消えていた。
「はぁはぁ、どうして私の、私なんかのためにそんなになるまで立ち向かってくれるんですか?あんなに切り刻まれて、いくら再生できるからっていたくないわけじゃないんですよね?」
「約束———、いや違うな。ただ、知ってほしかったんだよ。どんなに絶望的だろうと、目の前が真っ暗で何の光も見えなかったとしても、それでもきっと前を向いて生きていけば笑える日がいつかきっと来るってことをな」
スキアはクロウの言葉にキョトンとした顔をすると、くすくすと笑い始めた。
「意味が分かりません。でも不思議と、あなたの世迷言を信じてみたいと思ってしまいました」
先ほどまでの荒々しい口調とはうって変わり、優し気な口調でそう言った。
「あーあ、なんだかすごくばかばかしい気分になってしまいました———。……一つだけ聞いてもいいですか?」
クロウはそんな彼女の様子に安心すると、ドカッと地面に座り込んだ。数時間にわたって体を切り刻まれたのだ、全身を疲労感が包んでいた。
「あぁ、良いよ」
「じゃあ、聞きますね。私はニセモノだと思いますか?私のすべてを受け止めてくれた、あなただから聞きたいんです」
その顔は真剣そのものだった。
「いや、知らんよ」
そんな彼女の真摯な質問に対してクロウはあっけらかんとそう答えた。
「えぇ、結構勇気がいる質問をしたと思うんですけど、そんなさらっといいます、普通?」
「いや、俺も真剣に答えてるよ。たださ、それはきっとスキア、お前が回答を出すべきことなんだと思うよ。そりゃあ、俺がここで、『お前はニセモノなんかじゃない』っていうのは簡単さ。でもきっとお前は心からその答えに納得はしないだろ?きっとこの手の悩みはさ、自分自身で考えて、導き出した答えだから意味があるんだよ」
スキアはぷくっと頬を膨らませ、不満げな顔をした。そして、クロウの服の袖をつかむと、うつむきがちに言った。
「……だったら、私が答えを出すまで私のそばにいてください。あんなに威勢のいい啖呵を切ったんだから、それぐらいの責任を取ってください」
クロウは困ったように、だけど優しく微笑むと
「それでお前が前に進めるんなら、喜んで」
そう言った。
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