第49話 最悪の敵

「私を……救うですって?」


 トゥーリは眉間にしわを寄せ、その端正な顔をゆがませた。


「あなたに何が分かるっていうの!?私を救ってくださるのは、心配してくれるのはもうあのお方しかいないの!」


 金切り声をあげて叫ぶトゥーリをクロウはひどく悲し気な顔をして見た。


「居るだろうがよ、あんたのことを心配してくれる人が! あんたの父親だってそうだし、ネブラさんも、スキアだっている!」


「うるさい! お父様は愚かにも魔王様に逆らって死んだのよ。ネブラは私を裏切った!」


「ネブラさんが俺を殺さなかったのはきっとあんたを助けてほしいと思ったからだ! でなきゃあんな夢を見せるわけがねぇ!」


 そうだ、あんな夢を偶然見るなんてことはありえない。ならばクロウを土に埋めたであろうネブラが見せた可能性が高い。クロウが本当に生きて戻ってくるかは賭けだったかもしれないが、トゥーリへの忠誠とのはざまで揺れるネブラにはきっとそれがぎりぎりだったのだ。ふと思いついた考えだったが、クロウにはそれが正解だと確信できた。


「夢? 何わけが分からないことを言ってるの!? それになんですって、スキアが私の心配をしているですって? ははっ、あのニセモノに心配されたところで何の足しにもならないわよ」


 あざけるような口調でトゥーリは吐き捨てた。


「……お前に捕まって10年近く操られて、それでもなお、お前を救いたいといったやつのことをお前は嗤ったのか?」


 こめかみに青筋を浮かべながらクロウは静かに尋ねた。


「ははっ、それがどうしたっていうの?」


 トゥーリは挑発するような口調で言った。しかし、クロウは不思議と冷静だった。怒りの感情はもちろんあったが、それよりも憐憫が大きかった。どこまで大切な物を失って、絶望し続けたらここまで歪んでしまうのだろうか。


 ふとクロウは思った、自分も1つでも何かが違ったら彼女のようになっていたのではないかと。あの銀髪の女に出会い立ち上がれなかったら、マリーに会って進むべき道を見つけられなかったら、きっとクロウもトゥーリのようにゆがんでしまっていただろう。


「きっと、俺の言葉じゃお前に届かない。それに、自分が優位な状況でおとなしく話を聞いてももらえないか。悪いけど、あなたのことを無力化させてもらう」


 クロウはそう言うと、刀にまとわせている影を鞭のように大きく、地面をえぐるように振るった。あたり一帯に砂ぼこりが舞う。


 砂ぼこりをうけたトゥーリは一瞬怯んだ。その隙をクロウは見逃さなかった。クロウはバネの様に足に力をためると、全力で地面を蹴り、飛んだ。そして、一直線にトゥーリが作り出した偽物のうちの1人の懐へ潜り込んだ。そして、手に持った揺らめく影の刀を振り上げた。切られた分身は、真っ二つになると溶けるように消えた。


 そしてクロウは残る1体の分身のもとへ駆けた。トゥーリはハッとしたように、分身の女を操作した。女は土系統の魔法を使うようで、彼女の地面が盛り上がりクロウへとせまってきた。


 クロウは冷静に刀でその土塊を斬った。すると、その土はまるで霧散するように消えていった。また、それと同時に刀を覆っていた影も霧散し、銀色に輝く刀身が姿を現した。


「なっ!? 今魔法が消えて——!?」


 目を見開き驚くトゥーリをしり目に、クロウは目の前の偽物を断ち切った。これで、トゥーリの護衛の偽物は全員いなくなった。クロウは、トゥーリめがけて再び駆けた。


 近づいてくるクロウをトゥーリは驚いた表情で見ていたが、クロウがあと3メートルというところまで差し迫ったところで、ニヤァと笑った。その表情を見てクロウは嫌な予感を覚えたが、スピードをつけすぎたためか止まることが出来なかった。


 そしてクロウのいやな予感は当たった。トゥーリの背後からすぅーと陶器のように白い、そして小さな手のひらが伸びてきた。


「アリス——!?」


 クロウがその手の主の名前をつぶやくのと、森に轟音と爆炎が響き渡ったのはほぼ同時だった。


 10メートル以上吹き飛ばされ、頭を強打したクロウは薄れゆく意識の中でとっさに刀で自分の足を刺した。鋭い痛みが体を駆け巡ったが、なんとか意識を保つことが出来た。


「あらあら、ほんとにあなた丈夫ねぇ。不死身なんじゃないかって思うくらいね」


 地面に這いつくばるクロウを余裕の表情でトゥーリは見下ろしていた。


「ん? そう言えばスキアがいないわね。……あぁそう言うこと、あなたが気をひいている間に屋敷から絵を盗み出そうって魂胆ね」


 クロウは歯を食いしばり立とうとした、今ここでできる限り時間を稼げばそれだけスキアに時間が生まれる。それに、アリスまでこの戦場に投入したのだ。屋敷にいるのはネブラくらいだろう、スキアの強力な魔法なら逃げるくらいならできるだろう。まるでそんなクロウの考えを読んだようにトゥーリは続けて愉快そうに言った。


「でも残念でした♪ 屋敷にはネブラがいるもの。それに私はアリスちゃんの莫大な魔力をネブラに使わせることもできるのよ、それこそネブラの本来の魔力よりも何十、何百倍もの魔力をね」


「まさか、ネブラさんまで絵に閉じ込めたのか。だけど、逃げるだけなら——」


 わずかな希望を口にしたクロウを嘲るように、トゥーリは楽しそうに笑いながら言った。


「確かにスキアの魔法は優秀よ。だけどね、スキアの魔法では絶対にネブラにかなわないの。影はどうやったって闇には勝てないのよ」

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