第42話 夢と未来
瞼にさす日の光でクロウは覚醒した。彼は空を見上げようとしたが、体が思ったように動いてはくれない。彼の視線はずっと一つの方向を向いていた。その視線の先には、屋敷の前でボールを投げて遊ぶ少女がいた。その少女は青みがかった紫色の長髪を揺らしながら、向かいの男にボールを投げていた。ボールを受け取った男性はその少女と同じ澄んだ青色の瞳をし、眼鏡をかけた青髪という容貌をしていた。男は、にこやかにほほ笑みながらそのボールゆっくりと、優しく少女へボールを投げ返した。
そんな二人の様子を、木陰で微笑みながら見つめている女性がいた。その女性は少女ととても似た顔立ちのした、紫髪の女性であった。そして、クロウはその女性にとても見覚えがあった。トゥーリの部屋の机に置いてあった写真に写っていた女性であった。そして、よくよく見ると少女と遊ぶ男性の服装は、顔が破られていた写真部分に映っていた人物が着ていた服装と同じ服装をしていた。そんなクロウの視線には気が付かないのか、男はボールを投げようとしている少女を愛おし気に眺めていた。
その時、少女が勢いをつけてボールを投げようとしたが、足元の石ころに躓いて転んでしまった。その瞬間、クロウの体が勝手に動き出し少女へと駆け、彼女を助け起こした。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
クロウの口からそんな言葉がこぼれ出た。勝手に体が動き言葉を発する、クロウはそんな状況についていくことが出来なかった。そんなクロウの困惑とは裏腹に会話は進んでいく。
「……大丈夫。これくらいへっちゃらだもん」
少女は瞳に涙をためながらも懸命に痛みをこらえた。
「よく我慢できたね、トゥーリ。さすが僕の娘だ」
「ほらトゥーリお屋敷の中で傷の手当てをしましょう。女の子なんですから、傷が残ったら大変よ」
転んだ少女にすぐさま駆け寄ってきた青髪の男と紫髪の女は少女の無事を確認すると、彼女の手を引き屋敷の中へと入っていった。屋敷に入る直前、その女性がクロウの方を見て言った。
「ネブラ、消毒液を持って来てちょうだい」
クロウの体は再び勝手に動き、仰々しい礼をした。
「かしこまりました」
あぁ、そうかとクロウはこの状況を直感的に理解した。これは、ネブラという男の記憶なのだと。クロウが屋敷の玄関をくぐると視界が暗転し、場面が移った。
次に見えてきたのは、見たことのないメイドが尻もちをつき、恐怖に慄きながら後ずさる光景だった。そのメイドの視線の先には先ほどよりも成長したトゥーリが驚いた表情をしている。メイドは両手で顔を覆い、ガタガタと震えた。
「ひぃぃ、やめてください。もう絵の中に閉じ込めないでください」
「わっ、私はそんなつもりじゃ。みんなに私の魔法を見せようと——」
トゥーリは蒼い瞳を震わせながらメイドたちを見たが、みな何も言えず、ひたすらにトゥーリに恐怖していた。トゥーリは縋るように
「お父様、私はみんなをびっくりさせようと思ってやっただけなの。怖がらせようとしたわけじゃないの!」
彼女の父親へ必死に訴えた。彼は先ほどクロウが見たよりも固い笑顔でトゥーリの頭をなでた。
「もちろんわかっているとも、君が優しい子だってことは。……だがトゥーリ、君の魔法はみだりに使ってはいけないよ。君の魔法は素晴らしいけど、同時に君の魔法は人を恐怖させてしまう」
トゥーリはうつむき、ドレスの端を握り占め
「……わかったわ、もう使わない」
そんな様子をクロウは、いやネブラはただただ見ていた。そして、再びクロウの視界は暗転した。
次の場面ではクロウはトゥーリの自室にいた。より正確に言うならば、将来トゥーリの自室になる部屋に彼はいた。そして、彼の前には厳しい顔をして椅子に腰かけているトゥーリの父親の姿があった。
「旦那様、本当によろしいのですか?人間との戦争に反対してしまって……。戦争を反対したものには厳しい罰が下されるとのうわさもあります」
「ネブラ、私は以前人間に助けてもらったことがあるんだ。そして、その人間と交流してみて思ったんだよ、人間と魔族との間に違いなんかないんじゃないかとね」
「ですが、オーディム帝国において人間とは魔力を持たない劣等種族であり、卑怯な手段を多く使う者たちだといわれています」
そんなネブラの反論に、旦那様と呼ばれる男は優しい声で語りかけた。
「確かに人間にもそういう輩はいるのだろうね。でもそれは魔族にだって言えることなんだよ。それに、人間は魔力がない代わりに魔族に比べて身体能力は高い。結局ね、全てを兼ね揃えたものなどこの世に一人もいないんだ。誰もかれもがみな、何かしらの欠点を持っている。大事なのはその欠点を蔑視しあうのではなく、支えあうことだと僕は思う」
だからね、と続けて男は言った。
「僕は人と戦争するのではなく、和平を結び仲良くできたらいいと思っているんだよ」
「……ですが、人類と魔族の溝ははるか昔より存在しています。その溝が埋まるとは——」
「あぁ、分かっているよ。そんな世界になるにはきっと途方もない年月がかかるのだろうね。でもきっと僕はそんな幸せな未来が訪れると信じているんだ。だから僕は戦争に賛成することは出来ない、自分の信じる未来を自分で裏切るわけにはいかないんだ。最近ではそんな未来を共に信じてくれる仲間も増えてきた。でも、さっき君が言ったように僕は処罰されるかもしれない。その時はネブラ、君にはトゥーリを支えてほしい。こんなこと頼めるのは君しかいないんだよ」
ネブラは背筋を一層伸ばし、手を胸に当て深々と礼をした。
「命に代えても」
男は微笑みながら、ありがとうと礼を述べた。その笑顔はどこか悲し気で、これから起こることを悟っているようでもあった。そして、ちょうどそれから一週間後、トゥーリの父親であるウェル=バティストの死刑が決定した。
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