第41話 ニセモノ
クロウはハッと我に返り、腕に抱える少女の亡骸を床に横たえると、スキアへ駆け寄った。スキアのパニック状態はいまだ続いており、息が荒く呼吸が乱れていた。
「落ち着け!今は何も考えるな、呼吸することにだけ集中しろ!」
クロウの呼びかけも彼女の耳には届いていないようで、涙でぬれた顔をゆがませながらおかあさんと何度も繰り返している。
「あらあら、なかなか興味深いことが起こっていますわね」
スキアの叫びを聞いてきたのか、トゥーリが微笑を浮かべながら部屋の前まで歩いてきた。そして、彼女の後ろには無表情のアリスが従者のようにひかえていた。クロウは思わず身構えるが、トゥーリはクロウのことなどの意識に無いようで、横たわる少女の死体と床にうずくまるスキアを興味深げに見比べた。
「なるほど面白いわね。絵画から解放された直後に死ぬと、これまでの記憶や体験、そして肉体が経験するはずだった時間までもが“虚像”へと移るのね。」
トゥーリは薄く笑いを浮かべたまま、そう独りごちた。
「きょ……ぞう?」
スキアは焦点の合わない瞳でトゥーリを見上げながら、ぽつりとつぶやいた。
「あぁなんだ、聞こえていたの。虚像っていうのはあなたのことよ、スキア。あなたはティアという女の子を雛型にして私の魔法で創り出された魔力の集合体、つまりニセモノというわけ。どういうわけだか、徐々に肉体を得ているようだけれど。……あぁそういうこと」
トゥーリはクロウの後ろに横たわる少女の亡骸を見て、得心がいったようだった。理解が追い付かないクロウであったが、少女の亡骸を見て目を見開いた。なんと、少女の亡骸は徐々に薄く、透明になってきているのであった。そして、数秒もすると少女の亡骸は完全に消失した。
「ニセモノがホンモノの存在を奪い取ったというわけね」
「……うそ、だって私は小さいころトゥーリ様にひろってもらってそれで——」
スキアは縋るようにトゥーリを見る。今までのことをすべて否定してほしいと、冗談であったと言ってほしいとその瞳は物語っていた。
「全部本当よ、スキア。あなたが私の知り合いの娘というのは、虚像を創るときに記憶までは引き継げないから、それを補うための方便よ。あなたのような希少な魔法を使える魔族はきっとあの方のお役に立てる、そう思ったから手に入れたのに残念だわ」
「ざ……んねん?」
絶望した表情で、スキアはトゥーリの言葉を繰り返した。
「だってあなたはもう、私の魔法のコントロール下から離れているんだもの。言うことのきけないニセモノはいらないの。アリス、やりなさい」
アリスは座り込むスキアに向けて手を掲げた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
スキアはすべての希望を絶たれ、絶叫しパニックに陥った。そして、アリスを押しのけ廊下へと飛び出すと、涙と鼻水で汚れた顔のまま一心不乱に駆け出した。
「アリス、何しているの。早く起き上がりなさい」
トゥーリに命令されたアリスは無表情のまま起き上がると、廊下に出て再び走り去るスキアの背中へ手のひらを向けた。クロウはほんのりと赤らんでくるアリスの手のひらを見て、彼女な何をしようとしているのかを悟った。
「やめろぉぉぉぉ!」
クロウがそう叫びながらアリスの前へと飛び出すのと、彼女が魔法を使用したのは同じタイミングだった。爆音とともに、クロウの体を灼熱が包み込む。クロウは能力をとっさに使って魔法を霧散させたが、その熱と爆風を一身に受け吹き飛ばされた。
クロウは懸命に意識を保ちながら立ち上がろうとしたが、全身を骨折しているのか四肢を動かすことさえままならない。その時目の端に屋敷の玄関かで立ち止まってこちらを逡巡した目で見るスキアの姿が映った。クロウは力を振り絞り叫んだ。
「俺のことはいいから、早く逃げろぉぉぉ」
スキアはびくっと体を震わせると、玄関から飛び出していった。
「あらあら、逃げられちゃったわね。魔力もほとんどないごみの分際で、良くもやってくれましたわね」
トゥーリは冷たく微笑むと、クロウの腹を踏みつけた。クロウは体を襲う激痛に苦悶の声を上げた。
「まったく、うるさいですわね。黙れとっ、言っているのがっ、聞こえないんですのっ?」
「ぐがっ、がぁぁぁぁぁ」
そう言いながら、痛みに叫ぶクロウを無視し、何度も何度も踏みつけた。そこで、トゥーリは何かに気が付いたというように
「あらっ、あなた徐々に傷が回復していっていません?……あぁ、あなた治癒能力者なんですのね。まったく面倒ですこと」
トゥーリはそう吐き捨てるように言うと、彼女の執事を呼びつけた。
「ネブラ、この男を始末して森にでも捨てておいてちょうだい。……あぁそれと、昨晩この男に何か助言をしていたようだけど、次はなくてよ。それじゃあね、クロウさん。死ぬ前にせめても、良い夢が見れるといいわね」
柔和な笑顔を床に転がるクロウへ向けると、トゥーリは背を向けて自室へと戻っていった。ネブラは去っていく彼女に深々と礼をし、言った。
「お慈悲に感謝いたします」
そして、ネブラはクロウの方を振り返ると、クロウの頭に手を当てた。すると、ネブラの手から漆黒の闇があふれ出て、クロウの体を包み始めた。クロウは抵抗する気力もないまま、その闇に飲まれ、意識を失った。
「私はあなたのように信念を貫くことが出来ませんでした。どうぞ、恨んでください」
意識を失う直前のクロウには、そう悲し気にいうネブラの声が聞こえた気がした。
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