第15話 憎悪の理由

 これは、クロウがマリーに殺される数日前のお話——。



 温かい日差しが窓から差し込むキッチンで、黒髪の少女と赤毛の女が向かい合っていた。始めに口を開いたのは黒髪の少女——アリスだった。


「君の目的は何だい?」


 アリスのその一言を聞いたマリ―だったが、きょとんとした表情で言葉を返した。


「目的って何だい?それよりクロウ君を起こしてきてくれるかい、もう少しで朝ご飯の準備ができるからさ」


「とぼけなくてもいいんだよ。昨日の時点で違和感はいくつもあったんだ」


 不気味な沈黙が訪れた。マリーの横にたたずむ息子のアレンが、彼女のエプロンの端をぎゅっとつかんだ。アリスはその様子を見て、はぁーとため息をつき


「答えてくれる気はないようだね。じゃあ、質問を変えよう。アレン君の正体はいったい何だい、彼は本当に生きているのかい?」


 その言葉を聞いたマリーの表情が一瞬凍り付いた。静寂が場に訪れる。マリーは張り付いた笑顔で言った。


「アリスちゃん、何を言っているのかしら?アレンならほら、私のエプロンの裾をつかんでいるじゃない」


 アリスはさらに追及を続けた。


「……じゃあアレン君、すまないが少ししゃべってみてくれるかな?」


 再び静寂が訪れる。再度、マリーが弁明を始めたが、その表情には何の感情も見られなかった。


「……実はね、アレンは生まれた時からしゃべれないのよ。あんまりそういうことは言いたくなかったものだから言わなかったのだけど、それでもし誤解させちゃったならごめんなさいね」


「……君は確か言っていたよね、その子の父親は魔王に徴兵されてしまったと。魔王が倒されたのは20年以上も前だ、その時にアレン君の父君がなくなったのならアレン君は今頃10歳以上のはずなんだがね。どう見ても彼の年齢は5,6歳程度だよ」


「……クロウ君にもう言ったのかい?」


 マリー光の消えた赤い瞳でそうアリスに聞いた。


「言ってないさ、さっきも言っただろう?私が知りたいのは君の目的、ただそれだけだ」


 そして続けてアリスは言った。


「やはり、君が昨日言っていた魔王の徴兵が関係しているのかい?」


 マリーは目を見開いた。


「それほど驚くことでもないだろうさ。君の夫は人族との戦争のために徴兵され、そこで亡くなったといった。しかしだね、多少の戦闘はあったが、表面的な人族と魔人族との全面戦争は起こらなかった、誰かさんが魔王を倒したからだ。なのに君の夫は亡くなった。仮にだ、君の夫が魔王の住む城の守りを任されていて、そこに乗り込んだ人間がいたというのなら、あとは想像に難くないだろう?」


「そう、そこまでわかっているのね。じゃああなたは何が聞きたいの? さっきは目的が知りたいって言ったけど、その様子だともう何もかもわかっているんじゃない?」


 マリーは半ばあきらめたような口調で、どこかなげやりに言った。


「ひとつわからないことがあるんだ。どうして君は我々を助けたんだい?憎むべき人間が岸に流されていても普通は助けないだろう?」


「……私が憎んでいるヒトはこの世に3人いるのよ。一人はクロウ君、もう一人は無理やり私たちの村からあの人——私の夫を徴収していった魔王。つまりねアリスちゃん、クロウ君は憎むべき相手なんだけど、感謝したい相手でもあるのよ。川で彼を見つけた時、正直どうするか迷ったわ。だけどね、彼はあの岸で魔族のあなたを抱いていたの、まるで守っているみたいにね。それでね、どうするのか、どうすべきかどうかを決めるのは彼がどんな人間かを見てから決めようと思ったのよ」


「……そうか。ちなみにあと一人は誰なんだい?」


 マリーは言うのをためらっているのか、少しの間が空いた。しかし、彼女は意を決したのか、ふーっと息を吐くと話し始めた。


「もう一人、一番憎いのは私自身なのよ。あの人、私の夫が死んだと聞いてからなかなか立ち直れなくてね、ずっとふさぎ込んでいたのよ。そんな私を心配してアレンは私が好きな花を採りに行ってくれたのよ。あの日も昨日みたいに雨が降った次の日で川の流れが速かったのよ……」


 そこまで聞けばその先を察することはアリスにとってとても簡単なことだった。


「私があの子を見つけることができたのは次の日になってからだったわ。その時にはもうあの子の体は冷たくなっていて……、手に私の好きな花を——エクリースを握りしめていたわ」


 マリーはそう話を締めくくった。


「アリスちゃん、あなたがどうしたいのかは分からないけど、もしよかったらもう少しだけクロウ君には黙っていてもらえないかしら」


 アリスは目を細め、少し考えているようだった。


「……分かった、クロウにはこのことはとりあえず黙っておくことにするよ」


 マリーはありがとうと言って頭を下げた。アリスはわざと明るい声を出した。


「朝からこんな話をして悪かったね。私はクロウを起こしに行くとするよ」


 アリスはそう言うと、クロウの寝ている寝室に向かって歩き出した。




「——以上が我々がこの村で迎えた初めての朝の話だよ」


 クロウはアリスの話を聞き、彼女の憎悪の理由を理解した。だが、彼女にどうやって報いればいいのか、今のクロウには分からなかった。

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