第12話 幸せの価値

 日も暮れかけたころ、クロウは今日の作業を終え、村の人たちとともに村へと戻ってきた。すると、マリーの家の前の花壇で、もぞもぞ動いている人影を見つけた。しかし、薄暗いのでその人影がだれか彼の位置からでは見えなかった。クロウは警戒気味にその人影へ近づいて行った。近くまで寄ると、その人影が金の刺繍がちりばめられた漆黒の服に身を包んでいる女———アリスであることが分かった。


「アリス何してるんだ?」


 クロウはアリスに近づき話しかけた。アリスはびくっとして、彼の方を見た。


「あぁ、クロウ、君か。びっくりするじゃないか。君たちのほうの仕事は終わったのかい?」


「さすがに今日一日じゃあ終わんねーから、また明日ってことで解散になったんだよ。んで、アリスは何やってんだ?」


 そうアリスに問いかけると、彼女は少しばつが悪そうな顔をして


「むぅ、実は私は家事全般で戦力にならないらしくてね。花壇の雑草を抜く役目を仰せつかったわけさ」


 花壇を見ると端のほうに雑草が少し積み上げられている。ふとその積みあがった雑草の近くの花壇に深く紅いリボンの結び付けられた棒が立っているのが目に入った。このリボンは確かアリスの服についていたリボンだということをクロウは思い出した。


「なんでここにお前のリボンがあるんだ?」


「あぁ、川に流されたときに糸がほつれていて取れかけていたんだ。マリーが縫ってくれると言ってきたけれど、これはこの青い花に映えると思ってね。マリーにあげたんだよ。」


 それにしても、とアリスは続けてひとりごちた。


「どこの馬の骨かもわからないものにこの花壇の掃除を任せるなんて、何を考えているのかねぇ」


「ん?別に花壇の掃除なんて誰にだって任せるだろ」

 

 アリスにそう返すと、彼女は少し考えてから口を開いた。


「ん、まぁ確かにそうだね、少し穿った見方をしすぎたみたいだ。そんなことよりもクロウ、この花——エクリースの花はとても呪われた花だとは思わないかい?」


クロウはアリスがこの話題を逸らしたいのだと直感的に感じたが、“呪い”という言葉にとっさに反応してしまった。


「なんでだよ?確か、幸運を呼ぶ花って呼ばれてるんだろ。むしろ、縁起がいい花なんじゃないのか?」


「より厳密にいうとこの花は“幸運をもたらす花”、“奇跡の花”とか呼ばれていてね、君の言う通り縁起物として重宝されているらしいよ」


 ただね、と続けて彼女は語った。


「幸運を誰しもが望んでいるわけじゃあないんだよ。そしてそんな人間にも一様に幸せを与えるのだとしたら、それは奇跡でも幸運でもなく、呪い以外の何物でもないだろう?」


 クロウが何も言えないでいると、彼女は薄く笑い一言、冗談だよと言って家の中に入っていった。クロウも続いて家の中に入ると、マリーが暖かな笑顔で出迎えてくれた。

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