有形のクレオパトラ

エリー.ファー

有形のクレオパトラ

 行くか、行くのか。

 俺は、死ぬか。

 死ぬのか。

 いいか。

 もう、死んでも。

 死んでもいいか。

 このステージの、このセッションなら死んでもいいか。

 叩き潰すような鍵盤の感触すらなくなって、骨も消えて、もう概念がピアノを叩くようになって奏で続けるジャズの向こう側に来てしまう。

 もう、終わる。

 分かる。

 この演奏が終わったら、死ぬ。

 死ぬと思う。

 思うじゃない。

 絶対死ぬ。

 明らかにこの演奏は常軌を逸している。

 こんな名門ジャズクラブで自分の作り出す音が響いてしまっている。明らかに、もう、尊敬がここに集中していることが分かる。

 演奏が素晴らしい以外に必要な要素がない。人種も何もかも、なくなってしまえばいいとすら思う。

 卑怯だ。

 ジャズは。

 もう、虜じゃあないか。

 もう。

 死ぬまで。

 死ぬまで。

 こんなに鍵盤をたたいて、叩いて、叩いて、作り出す、音楽の中でしか、自分を表現できないじゃあないか。

 いや。

 違う。

 違う違う。

 そうじゃあない。

 俺はずっと他のことで、音楽を、生き方を、人生を作り出していた。絶対に、自分が大切であることを、理解していた、自分の作り出すものが、どれだけ大事かということを知っていた。

 なのに、ジャズはそれさえも捧げろという。

 何度も何度も捧げろという。

 俺に、ジャズを捧げろと言わずに、それが以外をすべて寄越せという。何もかも、ジャズに捧げろという。

 そんなことを言われてしまったら。

 ジャズにそんなことを言われてしまったら。

 もう。

 すべて捧げるしかないじゃないか。

 全部、ジャズにくれてやるしかない。

 もう、帰ってこれない。

 ジャズから帰れない。

 これが、すべてで、これが極上で、これが自分の全てだと肯定してしまったら、何もできなくなってしまうじゃあないか。

 あぁ。

 あぁ。

 もっと大事なものがあると思っていたのに。

 ジャズが。

 俺のジャズが。

 俺のジャズが、俺からすべて奪っていく。

 俺が、ジャズを好きなことをジャズは分かっている。もう、何もかも捨ててもいいと思っていることも分かっている。なのに、覚悟だけでは足らないという。それだけではいけないという。

 欲しいのだ。

 覚悟じゃなくて。

 俺が人生をジャズに捨てるのを見たいのだ。

 そのくせ。

 そのくせ。

 そのくせっ、死ねっ、死ねっ。

 畜生っ。

 捨てたら今度は俺に向かってそっぽを向きやがる。

 このジャズのために、自分の金が、生き方が、人生が壊されているのが分かるのに、明らかに、自分の生きている証が消えかけていることを理解できるのに。

 まっとうなジャズじゃあ、満足できなくなったところで。

 俺に愛想をつかす。

 もう、この男は、何をやってもジャズについてくると分かった途端に捨てやがる。

 死ねっ。

 死ねっ。

 死ねっ。

 なのに。

 なのになのになのになのに。

 また、ジャズが欲しくなってる。

 ジャズが切れる。

 もうっ。

 今だってこうやってっ。

 演奏してるのにっ。

 直ぐっ。

 切れるっ。

 ジャズが切れるっ。

 音が遠い、次の音が遠い。右の人差し指が叩いてから左手の中指が叩くまでの音が遠い。

 早くジャズを寄越せ。

 ジャズを寄越せってっ言ってぇっるだろうがぁl@あぁぁっ。

 よltltltltltlkt

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