LINE38.1:Death 1
霞む目であたりを見渡すと、サーバーマシンは全て停止しているようだった。
遥の悲鳴が響いた瞬間、凄まじい威力の電撃のようなエネルギーが部屋中で炸裂したような衝撃があった。
近くにいた海堂匡は吹っ飛ばされて仰向けで倒れている。ここからでは正確に確認出来ないが、僕と同様に操られた隊員の銃弾を受けていたようにも見えたし死んだのかもしれない。少し離れた位置にいた隊員や罹患者たちは微かに動いていて、死んだりはしていないようだ。
識くんがバリアのようなものを張ったのか、真由さんと黒澤さんは銃弾や衝撃から守られたようだ。
僕は何とか酸素は取り込めているものの肺に穴が開いているのか声が出せずヒューヒューという音がかすかに鳴るだけだ。
痛みと悪寒で吐き気のような感覚が止まらない。そのくせ意識は意外なほど明瞭で、大怪我をすると体調が悪くなるのだな、と訳のわからない分析をする。
だが、このペースで失血するといずれ思考も混濁して行くだろう。
能力を使い果たしたのか識くんも僕と同様に虫の息と言った状態で膝をついている。
松前君!と真由さんがその印象に似合わない大声を上げながら駆け寄ってくる。黒澤さんは隊員たちの方へ向かったようだ。僕は遥の小さな脚の上で膝枕の状態で寝かされながらか細く呼吸をしている。少し遅れて識くんがゆっくりと、そしてフラフラと僕の方に近づいてくる。
彼が僕の頭に手を当てると声を出せない僕の代わりに通訳をします、という意思が言葉として脳に流れ込んできた。僕はありがとう、という意思を彼に返した。
ごめんね、と識くんが代わりに言葉にすると、声色は違うものの口調が僕そのもので驚いてしまう。また、思考が垂れ流しになる訳でもなく、これを音声にしたい、という部分をも拾って反映してくれているようだった。言い換えれば、今まさに彼が僕の壊れてゆく肉体の代替をしてくれているのだ。
僕は助からないだろう?とついでのように脳内で識くんに質問する。
言いづらそうに、というのもテレパシー上の会話ではおかしな表現だが、出血量と損傷、救急車が動けるような状況ではないという点から残念ながら……と彼の思考が回答した。
遥が泣いている。まるであの日うちにやってきた時のようだ。
あの日の遥は何も覚えてないこと、何も分からないことが怖いんです、と言いながら泣いていた。全てを理解した今、何故彼女は泣くのだろう?
分からないことが怖い、あの時そう言ってたけど今の遥はもう、分かったんだろ?だったら泣くことはないよ、と識くんが僕の代わりに声にして伝える。
遥の頬を撫でてやりたいと思ったが、肩の腱か何かが銃弾で損傷したのか右手が持ち上がらない。左手は血まみれだな、と思うと、識くんが僕の右手を持ち上げて遥の頬へ運んでくれる。
ふとスピーカーからノイズ混じりに音声が入る。同時にいくつか設置されているディスプレイも起動を始める。
予想通りというか、スピーカーから響いたのは海堂匡の声だった。もうあまり時間もないのにまだ何か仕掛けがあるのか、本当にエンターテナーだなと僕はうんざりする。
僕の気持ちを代弁するように真由さんが「しつこいよ!」と叫ぶ。イメージにそぐわないその姿に僕は笑いそうになったがむせ返るような発作が起き、ゴボゴボと口から血が溢れただけだった。僕の意識もやや混濁し始めている。
ディスプレイに映し出されたのはこの部屋の映像……いや、これはリアルタイムにレンダリングされたこの部屋のCGだ。
人格を取り込まれたと思われる部隊の人々、そして海堂匡のCGモデルが画面上に表示されている。僕達の姿はない。これはまた進化したavenueの画面なのだろう。
海堂匡はなにやら人格のバックアップがどうだ等とCGの姿になってまで演説しているが、もはやそれを理解出来るレベルで僕の脳は動作しなかった。
これで良かったのか?役割を果たせたのか?分からないけど僕は識くんにありがとうと発言してくれ、という意思を伝えると全身の力が抜け、右手が遥の頬からするりと落ちた。
寒い。心地良くない眠気というものは初めて体験する。
遥の手、識くんの手が僕に触れているが、体温を感じられない。僕は、薄れていく意識の中で赤坂の体温を思い出していた。
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