LINE38.0:Mirrorge 3

「ねぇ、Administratorって何が出来て何が出来ないの?」


 先日以来、トンネル内は明るく見通しが良い。そんな中で私は(私)に質問する。

 どうしてこんな質問をしているのだろう。私はこいつ……自分自身を理解したことで少なくとも記憶が欠けているとかそういうことはなくなったはずだった。でも今、どうしてかは分からないけどこれを訊かなければいけないという気がして質問している。


「Administrator権限を持つユーザ、つまり私達は一般ユーザのアクセスできない領域にアクセスし、設定を変更することができる」


 (私)はいつものように中途半端に回答する。いや、中途半端なのは私の方か。だけどこのトンネルでこいつと会うときはいつも靄がかかったように本当に聞くべき内容が口から出てこない。

「これがやりたい、どうやるんだ」とストレートに質問できればこいつもきちんと答えてくれるのだろうが。私はうーん、と唸る。


「えっと……質問を変えよう。私が今、何を目的としてあんたにこんな質問してるか分かる?無茶苦茶なこと言ってるのは分かってるんだけど、どうにもここに来ると頭に靄がかかったみたいに外のことが分からなくなるんだよね。あんたと私は同化したわけだし、分からないかなーと」


 おそらく、と(私)が口を開く。


「今あなたは破損したデータの修復及び再生を試みようとしている。だがそれは私達の能力で実行出来る事ではない」


 ざわ、と肌に不快な感覚が走る。何か嫌な、そして重要なことを思い出しそうな気がした。

 途端にトンネル内が薄暗くなる。無機質で機械的、かつ新品のようだった壁のタイルなどが古ぼけた印象のものに変わって行き、不気味な雰囲気に空間が塗り替えられて行く。


 ファイル名は松前修、と(私)が呟いた瞬間、私は外の出来事を認識し、完全に感情のコントロールを失った。


 そうだ……修くんが撃たれたんだ、血が、背中から、口から溢れてて、助けなきゃ、どうしたらいいの、と私は混乱状態のまま叫びながら(私)に掴みかかる。

 トンネルの風景は血のイメージを投影するようにおどろおどろしいものに変わってゆく。


「私達には個別のデータを修復する能力はない。松前修は破損ファイルとして処理されるだろう」


 嫌だ!と私は声を張り上げる。

 お願い、修くんが助かるなら何だってする、お願いだから何か対策を教えてよ、一緒に考えてよ……。

 最後の方は声がかすれて言葉にならなかった。


「松前修が正常動作出来てさえいればいい、という条件ならあまり推奨はされないが方法はある」


……どうすればいいの、と声に出す前に(私)は説明を始める。


「システムの記憶領域には、大まかにではあるがレストアポイントというものが記録されている。Administrator権限を持つユーザは、任意のレストアポイントまでシステムをロールバックすることが出来る」


そうか、システムの復元……。確かに、これなら修くんは死ななくて済む。だが、この方法は……。

 そしてシステムの記憶領域とは修くんの言っていたアカシックレコードのことだろうか。その類のものが実在するのは確かのようだが、肝心の場所、アクセス方法が分からない。


「記憶領域にアクセスするにはどうしたらいいの。……あんたはそれがどこにあるか知ってるの?」


 そう問いかけるとぐらりと視界が揺らめく。

 まただ、(私)に肝心なことを聞こうとするといつも意識がフェードアウトしてゆく。今は一刻を争う、ゆっくり調査や検証をしている余裕はないのに。


「時間が無い。ファイルが完全に破損する前にレストアを実行する必要がある。システムをロールバック出来ても、データが完全に破損ファイルとして処理されている場合は復元することが出来ない」


だから!どうやってそれをやるのか教えてよ!と私はほとんど悲鳴に近い声を上げる。


「あなたが立っているそこが、記憶領域だ」


 その言葉を最後に、景色と同時に私の意識はフェードアウトしてゆく。もう一言(私)は何か喋っていたようだったが、うまく聞き取れなかった。

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