LINE36:Presentation

 SAT隊は距離を取りながらテーザーガンを構えている。その対象である海堂匡は僕をインフルエンサー、影響を持つ者と呼んだ。僕がこの世界そのものに影響を及ぼしたとでも言うのだろうか。


 何となくこの男の言っている意味は分かるが、あまり素直に認めたい話ではなかった。……それはすなわち物理法則に干渉するプロトコルの顕在化、有効化。質問に対し、別に僕はブログとかをやってる訳じゃないよ、ととぼけて答える。


「野中識くん、でいいのかな?私が映像で見た頃より成長しているが思ったより小柄だね。ちゃんと栄養は取っているか?まぁそれはいい、君は自分が何者かを把握しているのか?」


 余計なお世話だ、あんたなんかより栄養管理はきちんと出来る、と言い返したくなったが相手のペースに乗せられては仕方ない。

 海堂は何故か僕の名前を知っていた。が、特に驚くには当たらない。IT、つまるところ情報技術の最先端かつ日頃からあらゆる情報を収集しているOrion社のトップであれば個人情報のひとつくらい造作もなく手に入れられるだろう、対象が僕のような異質な存在であっても。

 ……だが正直自分の正体、それは正確には分からない。先日、警察庁のPCを用いて自己解析をしてはみたが、僕側のスペック不足で肝心なことには確信を得られず想像と推察で仮説を組み立てるしかなかった。それほど僕の能力は衰えている。


 海堂は自著で数十年後には人類の精神転送は実用化され、人は死から解き放たれるだろうと予測していた。だがそれすらもデバイスを介しての話だ。現在の技術水準から見てそれを非接触、無線で実現出来るとあってはそれはこの世界にとってのオーバーテクノロジーに他ならない。

 質問を質問で返すようで悪いけど、と僕は話し始める。


「僕は自分が何者なのかとかは分からない。強いて言うならここにいる真由の家族だ。あんたがLINKを用いて人を……いや。そもそもあんたは何がしたいんだ」


 よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに海堂はカメラでも回っているかのように慣れた様子で演説を始める。虚栄心が強いのか、それともテクノロジー・ギークなのか。


「私の著書は読んでくれたかな?」


 読まねえよ、と黒澤のおっさんが吐き捨てる。僕は読んだけれど……。


「誰もが知っている話だが、人類は大型の動物と比較して圧倒的に力が弱い。大型でなくとも、例えば君達警察に訓練された個体が相手では犬にすら勝つことは難しい。また新生児は非常に虚弱な上、肉体が成熟するためには15年程もの時間が必要だ。精神の成熟に至っては何年かかるのか明確な基準すらない。私は30年くらいではないかと思っているがね」


 また始まったよ……と言わんばかりに黒澤のおっさんは首を振りながらうんざりした表情を浮かべている。だが周りを見渡すとSAT隊員も青山も、そして真由も翻弄されるような面持ちで海堂の演説を聞いている。

 この男の声には、ある種人をリラックスさせるような効果を持つ周波数が強く含まれているのだろうか?それはカリスマや教祖といった存在にとって有利に働く、いや必須の特性と言えるのかもしれない。


「動物と比べて運動性で劣る人類の優れている点は言うまでもなくその頭脳にあるわけだが、一口に『頭が良い』といっても何をもってそれを定義する?手指を使い石を加工し刃物を作ったからなのか。火を怖れず暖を取り食材を調理したからなのか。その火をエネルギー源として電気を生成し、夜に光をもたらしたからなのか」


 ちっ、と黒澤のおっさんが舌打ちをする。昔っからこいつは人を馬鹿にしてやがるんだ、言葉は大人向けでも幼児に説明するのと口調が同じだ、と悪態をつく。

 それはただの「教え方が上手い人」なのではと思ったが演説は続いているし突っ込むのはやめておいた。

 僕も海堂の言う「頭が良い」とは何なのかを自分なりに考える。僕は真由がくれたこの名前の通り知識はあっても、教えるのが上手な方ではないだろう。

 黒澤のおっさんも同じだな。何も説明しねえけど見て盗め、という時代遅れのやり方はやめて欲しいところだ。……松前遥くらいの処理能力があれば同じレベルで話も出来るのだが。僕はいつも一方的に情報を伝えて真由を困らせていたような気もする。

 その知識を、情報をあらゆる他者に対して分かり易く伝達・共有することが出来る人、そのための手段を考え、実行できる人こそが「頭の良い」人なのではないだろうか?それは海堂本人を表しているようでもあり、Orionが数十年前から続けてきたことそのものだ。

 そうではない、と海堂が続ける。僕は心を読まれた上で自分の考えを否定されたように錯覚し、はっとする。


「人間の最大の、無限大の力は想像力だ。人がイメージ出来ることは何らかの形で必ず実現する。空を自由に飛びたいな、と誰かが思った。その想像は飛行機という形でまず実現され、ホバーボードのようなデバイスがSF映画で映像として登場した。そして現在、そのホバーボードは実験機がデモンストレーションされるまでになっている」


 ……ならあんたは何を想像して、何を実行しようとしてるんだ。早く結論を言えよ!と僕は苛立ち声を荒げる。


「カルシウムは足りているか?覚えておくといい、優秀な能力があっても苛立っていると良い仕事は出来ないよ」と海堂は軽く微笑みながら僕を一瞥する。黒澤のおっさんの言う通りだ、僕もこいつは嫌いだ。


「では皆様立ったままで聞き疲れてきてしまったようなので結論を。最初に説明したように、人の肉体はあまりにも脆弱だ。他生物からの攻撃、自然災害による被害、細菌やウイルスによる病気。武装し、対策し、予防・治療し。あらゆるものから身を守った結果、最終的には老化によってたかだか100年程度の寿命が尽きる。本来であればそんなことに限られた時間を使っている暇はないのだ。だがこれらすべての問題を解決しうるのが精神転送、現在行われているavenueへの移住だろうと私は考えている」


 さすがカリスマと言うべきか、妙な説得力があり、筋は通っている。

 だが終わりのある生命と、コンピュータの内側で半永久的に続く生命とが同じものだとはとても思えない。そして残念ながら僕はその違和感が何なのかを具体的に言葉にすることが出来ない。

 そう思っていると青山が質問する学生のように何故か敬語で声を上げた。


「青山と申します。先ほどあなたは人類が自然災害などから身を守ってきたと言われましたが、LINKによる精神転送が完全に達成された場合、地上から知性を持った生物、人間はいなくなります。デバイスが本体の代替となるというならば、人間の肉体と同じようにデバイスも経年劣化しますし、もし大地震や……極端な話隕石が降ってくるみたいなことがあった場合、デバイスはどうやってその本体を守るのでしょう?」


いい質問ですね、と海堂も大学の教授か何かのように満面の笑みで答える。その屈託のない笑みは本当にこの状況を楽しんでいるかのようだった。


「このフロアに来るまでに君達も目にしたと思うが、LINKのシステムは人間に対してその肉体を操る命令を送ることが出来る。最初期は立ち上がる、歩くといった簡単な命令だけだったが、現在では目で見た情報を画像ファイル化し、サーバーに送信するということまで出来るようになった、それも自発的にだ。先程の例で言えばヘルメットを外せば脳情報にアクセスできる、というところまで数分で学習したのを目の当たりにしただろう?」


 その通りだ。信じられないレベルでLINKの、OrionのAIは進化している。だがあれは海堂が命令したものではないのか?彼は続ける。


「肉体は不完全なのだ。経年劣化するのは人体もコンピューターも同じだが、最大の違いは乗り換えが効かず、バックアップが取れないことだ。つまり、今後人類の本体はデバイス内部の情報となり、永遠に技術革新を続けられる。そこには身体的不利も病気も寿命による限界もない。コンピューターの処理能力を上乗せした人類の技術革新はさらに加速し、この世界のすべてを掌握するだろう。外部の肉体は意思を持たないロボットとして施設や設備管理用途で動作することになる。いずれは複雑な命令もこなせるようになるだろう、たとえば経年劣化したコンピューターの乗り換え用に基盤から新しいデバイスを製作する等のね。もちろん肉体の寿命を鑑みて最低限の繁殖もさせる。人体より融通の効く動作が可能なロボットが開発されればそれもいずれは必要なくなるのかもしれない。……私は未来をそう想像した」


 誰もが唖然としている。突拍子が無さすぎて理解がついてこなかった隊員もいるようだ。

 海堂は回答しましたと言わんばかりに僕の目をまっすぐに見ている。この男は生命観が普通と異なりすぎる、というより欠如しているのかもしれない。何か反論しようとしたが黒澤のおっさんに遮られてしまう。


「お前の言ってることは正論なのかもしれねえが誰がそれを望んでるんだよ、勝手に決めつけて価値観を押し付けやがって。俺達はお前の玩具じゃねえ」

「残念ながらこの状況は私自身の意思ではないよ、私の想像と限りなく似てはいるが。言うなれば世界がそれを求めているのだ」


呆れたように黒澤のおっさんは答える。


「『私は創造主の代弁者である』と?思い上がるのも大概にしろよ、昔っから思ってたけどな」


 君は相変わらずペシミストだね、と海堂が馬鹿にしたような微笑みを浮かべながらこちらを見る。多分黒澤のおっさんが苛ついているように、僕も苛立っていた。その勢いで口を開こうとすると意外にも真由が発言する。


「……その果ての無い技術革新の先には何があるんですか?何か、上手く言えないけど虚しいと思います。貴方はこの世界では傑物として存在できているけれど、誰もがコンピューター級の処理能力を持ってしまったらその差はどこに生まれるんでしょうか?人の生命には多様性と限りがあるから、その時間の中で得た知識や経験を出来る限り誰かに遺す……それは部下や後輩、姉弟であったり……そして子供。それはOrion社が創設以来ずっとやってきたことじゃないの?」


 私達には、選択する自由があると思います……と真由は続けるが海堂は首を横に振りながら呆れたような表情で答える。


「残念ながら君は退化したようだね。世界の真実に迫る程の能力を持ちながら旧態依然とした人類に影響されるとは」


どうやら海堂はまったく真由のことを相手にしていないようだ。発言したのは彼女なのに、その返答は僕に向けられている。

 世界の真実?この男は何を言っているんだろう?真由が無視されたという事実に腹が立った僕はふざけるなよ、と言うことしか出来なかった。そのまま無視して海堂は演説、いや独り言を続ける。


「そろそろお話も終わりだ。私を拘束しても、殺したとしても世界の意思が止まることはない」


 だから「世界」とか偉そうに言い始めるのが気に入らないんだよ、と僕と黒澤のおっさんが同時に思ったであろう瞬間、室内の照明がすべて落ちた。即座に非常灯が点灯し、完全な暗闇にはならなかったが隊員達はにわかにざわめく。サーバに目を移すと一部は停止したようだが、UPSが作動したらしく全てが停止には至っていない。海堂も周りを見渡すように首を回したのでこれはこいつの仕込みではない、と僕は思った。


 海堂はおそらくは僕以外には聞こえない程度の音量で松前か、と小さく呟く。松前?松前遥がこの停電を起こしたのだろうか。僕は彼女の存在に関しては出来る限り秘匿してきた。

 確かにあの子は若干抜けているがそのせいで存在がOrionに漏れてしまったのだろうか?いや、彼女のセキュリティはほぼ完璧だったはずだ。問題があるとすれば僕と違って他人を信じやすいところだろうか。

「世界の意思」なんてものはナンセンスだとは思うが、この混乱に乗じて暴力装置であるところのSAT隊が海堂を無力化したとしても、こいつの言う通り実質的な効果は無いようにも思えた。ではこの停電は誰が起こした、その目的は?


海堂は溜息をつきながら「俗物か……」と呟く。ここにいる海堂以外の全員が何の話なのか分からない中、唐突にスピーカーからやたらと深いエコーの入った男の声で「あ、あー。えっと」と間抜けな口調でアナウンスが入る。


「電気系統も含めて社内のシステムは大体管理下に置きました。LINKに関しては海外のバックアップも含めて動作妨害……というかAIそのものを書き換えました」


  ……松前遥の関係者だろうか?一言に書き換えたとはいってもどういう処理をしたのだろう?


「残念ながら今現在自律的に動いている罹患者の方を止める効果はないです。ただこれ以上の感染拡大、暴走を止めるのにはある程度有効かと思います。……海堂、もうやめないか?」


 放送に対して返答しても会話にはならないが、海堂はここにいる全員と声の主に対してまた口を開く。


「無駄だよ、松前。何度も言わせないでくれ、これは世界の意思だ。凡庸な存在でしかない君達が干渉したとして、AIはそれを糧にさらに進化してゆく。野中識、君のようなイレギュラーが関与するのなら結果は分からないが。だがそれは君自身の存在に深刻な影響を及ぼす可能性があるのでは?」


 ……確かにここまで消耗した状態で大規模なシステム改竄などを行えば、最悪の場合死に至るかもしれない。海堂はまたしてもそうじゃないよ、と僕の思考を読むかのように否定する。


「君が現れたことで世界は革新の可能性を得た、言い換えれば君は大きな歯車なのだ。その歯車が逆向きに動こうとしているとは、君は存在そのものが矛盾している」


違う、と真由が声を張り上げる。


「意思とか歯車とか!じゃあ貴方はなんなの?人は、もっと自由に生きていいはず!貴方の意思さえも誰かに作られたものだったら、そんな事受け入れられるわけ?」


 サーバールームを静寂が包む。ぱちぱちぱち、と拍手の音が入口から響き、真由も僕もSAT隊も思わず視線を向ける。

 そうだそうだ、もっと言ってやれー、と聞き覚えのある緊張感のない声が聞こえる。


 振り返ると松前遥と修がそこに立っていた。

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