LINE28:Scanning 2
警察組織に与するようになってから数日が過ぎた。
僕を捕らえるという目的で結成された超常現象対策部という部署はその目的を達成したため、若干の人事異動を経てサイバー犯罪係に編入されたらしい。
当の僕は特に監禁されたりする訳でもなく今のところは丁寧に扱われている。
警察内部には思ったよりいい人が多く、色々とわがままを言ったとは思うがどれも基本的には聞き入れてもらえた。
例えば、僕だけでなく真由も警察所有のホテルに泊まらせろとか、ちゃんと栄養バランスの取れた食事を出してくれ等々。黒澤のおっさんが便宜を図ってくれてるのだろう。ただ、家から通うのではダメか、と交渉してみたがこれはさすがに許可が下りなかった。
特に何かをさせられる訳でもなく、今週は僕の身体検査や能力検査などをするだけで過ぎていった。
GPS機器を通じて常に居場所を明らかにしろという条件で僕も真由も特に外出制限は課されていない。
しかしそんなのは他人にでも機器を預ければいくらでも位置偽装できるし、位置情報のスプーフィングなんてやろうと思えば簡単にできるのだがそれは黙っておいた。
ただ、ここ最近の最新型うつ罹患者は非常に危険で、出来るだけ真由を一人にさせたくはない。彼女が一人で出かける時は警察の護衛をつけてやれないかと交渉したところ、若手の青山から調子に乗るな、と拒否されてしまった。
人手が足りないのも分かるがこの青山や閃光弾で攻撃してきた石橋はあからさまに僕に対して不信感を持っているようだ。それについては無理もないし特に気にもしていないが、逆に黒澤のおっさんは僕のことを気に入っているようだ。
サイバー犯罪と呼ぶには程度の低い事件だったが、能力検査の一環としてネット掲示板で駅に対して爆破予告をしていた中学生を軽く特定して見せたところ「野中識、お前もう少し大きくなったら警察に入らねえか?推薦してやるぞ」と黒澤のおっさんにスカウトされてしまった。
あれだけ敵対視されていた組織に今度は誘われてもあまり気分がいいものではないが、戸籍や記憶のない僕が国家権力によるお墨付きを貰えるというのは悪い話ではないようにも思えた。
僕は基本的には協力的に動いているが、彼ら警察に伝えていないこともある。
ひとつは松前遥の存在。彼女は僕と似ている。
先日送付されてきた人格情報の転送に関する論理を見る限り、彼女にも僕と同じような能力が目覚めたと見て間違いない。出来るだけ目立たずに家族と普通に暮らしたいと思っているのもきっと僕と同じだろう。
しかし事態の逼迫具合によっては彼女にも協力してもらわざるを得ないかもしれない。出来るだけ巻き込みたくはないのだが……。
もうひとつは僕自身の能力に関してだ。
僕の能力は、徐々に弱体化してきている。原因は分からないが、以前は一瞬で出来ていたことにやや処理時間がかかるようになっていたり、人や物に対して攻撃する力がかなり衰えているのを実感している。
前々回青山に対して四肢の麻痺を試みた際、彼は意思の力で僕のパラライザ能力に打ち勝って指を動かした。
そして前回ではSAT隊の察知に失敗し、閃光弾をまともに喰らった挙句黒澤のおっさん一人を麻痺させる程度の力もないほどダメージを受けてしまった。
知識や思考など一般的な面での脳の挙動には今のところ問題はないようなのだが……。
僕はずっと普通になりたかった。こんな能力なんて持たず、普通の子供として真由と一緒にいられたらと常に思っていた。だが力が無くては、弱くては真由を守れない。
ジレンマではあるが、OrionとLINK、そして最新型うつの問題が解決して警察のコネなども得られればきっといままで通り、むしろ暮らしやすくなるかもしれない。
そう思って、僕は警察への協力を献身的にこなしているのだった。
真由は今日大学に用事があるらしい。
数日間の検査が終わり、僕は特に具体的に任せられた仕事があるわけでもないので暇潰しに警察庁のPCルームで資料を覗き見ながらOrionについて調べたり、小規模なサイバー犯罪の犯人探しなどをしながらカタカタとキーボードを叩いている。
今日は青山がいないからおちょくれる相手もいなくてつまらないな、と思っていると結果出ましたよー、と言いながら警察医の島村さんが引き戸を開いて入ってくる。僕の身体や能力の検査結果が出たようだ。
僕は彼女からUSBメモリを受けとると自分用のPCで結果を確認してみることにした。
ファイルを開いて確認してみるが臓器の数値、感染症、血糖値やコレステロール値まで至って健康だ。 肉体年齢が若いので当たり前と言えばそうなのだが、栄養バランスの良い食事を心掛けてきた結果かな……。
とはいえ今は健康状態を気にしている場合ではない。何か普通と違う部分はありましたか、と島村さんに聞く。
「全く普通。野中識君、自称12~13歳だっけ。私から見てもそう見えるけど、身長や筋力、測定値的にそのくらいの歳の子の平均範囲内だね。頭脳は飛び抜けてるみたいだけど」
と彼女は答える。分かっていたことではあるが、自分が未知の生物であるとか機械でした、というような結果ではなかったことで少しだけ安心する。
ただ、身体能力部分の検査に関して僕は一切の能力を使用していない。やろうと思えば一般的な人間の12~13歳の限界を大きく超えたスコアを出すことも可能ではあったが、現実問題として僕のそういった能力は弱まってきている。その点を警察に把握されるのはあまり得策ではないと判断したのためあくまでも普通に身体検査を受けた。
とは言え僕はこの島村さんのことは嫌いではない、なので彼女に助言するように声をかける。
「島村さん、ちょっとアルコール摂り過ぎですよ?まだ残ってますし。あと塩分と脂質も……」
うるさいうるさーい、と島村さんは長い髪を揺らし首を降りながら子供の僕に対して子供のようにゴネる。ふふ、と少し微笑みながらまぁ健康には気をつけて、と僕は付け足す。
「しかしその目で見ただけで物の組成や状態が分かるってのはホント便利な能力ねぇ。君がいれば医者なんて要らないんじゃないの」
話題を逸らすように島村さんが言う。警察の他には医者か、それも悪くないな。
異能者としての自分は好きではないが、食い扶持をたくさん持っておくというのは良いことだ。デイトレードで稼いでいくこともできなくはないが、未来が予知できるわけではないので失敗のリスクも伴う。ただこの12、13歳の姿で合法的にそこそこの収入を得られる手段があれしかなかったというだけだ。
将来の選択肢は多そうだが、僕には特にやりたいこともない。真由は将来、何になりたいのだろう?ボーッと考えていると島村さんが続ける。
「ところで君が解析した数値とかって、PCの表計算ソフトに出力したりはできないの?それできたら超楽なんだけどなぁ。捜査部も助かってるんだろうけどウチの病院にも手伝いに来てもらいたいくらい。一課に一人君が欲しいわー」
そんな家電みたいに言われても……と僕は苦笑する。
言われてみれば確かに僕はデバイス無しでネットワークにアクセスすることが出来る。つまりコンピュータに対して脳内のデータをアップロードするのも問題なく可能なのではないか。
インターネット上のマシンに対してそれを実行するのはセキュリティの観点から控えていたが、オフラインのローカルPCに対してはどうだろう?僕は少し考え込む動作をしつつ島村さんにそれちょっと試してみますね、と声をかけた。
まず、署内のイントラネットを通じて目の前のPCに先程の検査結果をアップロードしてみる。……問題なく成功。テキスト程度のサイズなら一瞬で転送出来るようだ。次は完全にオフラインのPCに対して情報の送信、これは失敗だった。
無線LANなどを介して接続することは可能でも、物理的なインターフェース、つまりLANやUSB等のコネクタと僕自身を接続することかできないため、オフラインのデバイスに干渉することはできないようだ。
いずれ技術が進歩すれば人の脳とコンピュータを接続し、精神転送が出来るようになるだろうか。ただもしそれが実現したとして読み出しにも書き込みにも脳に負荷がかかるのは間違いないだろう、あの時松前遥が倒れたように。
出来ましたよ、と島村さんに報告すると彼女はワァオ、と大袈裟なリアクションを取る。そして僕はまた少し考え込む。
松前遥からのメールによると、例の病気の罹患者は、視覚情報から得た映像……つまりこの場合写真を無線LAN等で送信している疑いがあるという。それによってLINKは被撮影者に対してアクセス、彼女風に言うとBMTP経由で人格を盗み出す。
当然処理能力ではLINK本体サーバに及ばないながらも、他の罹患者も人格奪取のための計算処理を手伝っているかもしれない。言わば、人間の脳を使った分散コンピューティングのようなものか。
僕や松前遥に出来るのだから、LINKによってそういった能力が付与されれていてもおかしくはない。罹患者の検体でもあればスキャンして検証出来るのだが……。
そこまで考えてふと閃く。自分自身の情報をコンピュータ上に展開することで、これらの論理や機序をある程度明白に出来ないだろうか?
しかしおそらくこれは脳に強い負担がかかる検証だ。無事で済む保証はない。だが手をこまねいているわけにも行かない、このままOrionとLINKをのさばらせておけば取り返しのつかないことになるのは明白だ。
今から行う内容の説明を松前遥に簡単にメールし、僕は島村さんに声をかける。
「あの、今って僕がやらないといけない業務ありますか?ちょっと検証したい事があるんですけど……」
「さぁ?私は非常勤の医者だから部署のことは分かんないけど、黒澤さんに言っとこうか?」
僕、今から自分の脳を解析します。ぶっ倒れるかもしれないんで黒澤のおっさんと真由に宜しく頼みます、と伝えると彼女はえっ、ちょっと待ってと焦った様子を見せたが、僕はすでにマシンへのダイブを開始していた。
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