LINE27:Camera
遥は今日もPCに向かって色々と作業をしている。
ここ最近の精神的なダメージを考えると無理もないが、赤坂が家に来てもいつものようにキャピキャピする様子はない。ただ、親父と話して少し元気が出たのか暗く沈んでいるような印象はやや影を潜めた。
今日、赤坂に来てもらったのはこの間親父から聞いたことや今後の動き方について相談しようと思ったからだ。彼女もここ最近の出来事を今度こそ落ち着いて報告したいとのことだ。
遥、僕らがここで喋ってたら邪魔じゃないか、と僕が気を遣うと「へーき、ふたりの会話も聞いて資料にしたいから」と返答される。
なるほど、書記か。確か、聖徳太子とかナポレオンは七人の話を同時に聞いて理解できるんだったか。彼らが存命だとして、調べ物やプログラミングやら資料制作をしながら二名の話を聞けるものだろうか。
歴史上の天才と呼ばれる人物は、あるいは今ここにいる遥のような超人だったのかもしれないな、とぼんやりと妄想する。
本来、会議や相談をするなら真由さんと識くんもいた方が色々と捗りそうなのだが、事情があるらしくふたりともしばらく顔を出せないらしい。出来るだけ連絡はする、とのことだった。
変なことに巻き込まれてないといいが、とも思ったが識くんなら遥と違ってしっかりしてるし平気か、とあまり深く考えないようにした。
ひとつひとつ情報を整理してゆく。
先日、赤坂は竹村の見舞いに行き、意識不明のはずの彼女が手を動かし、目を開くのを見たという。その足で優斗の見舞いに向かったところ、ちょっと動くどころか立ち上がって歩く優斗を見たという。
だが、その姿は健康体からは程遠い印象で、廃人のようだった……とつらそうな表情で彼女は報告した。
次は僕が引き継ぐ形で話し始める。
うちの母さんは意識不明になるほどには病状が進行しておらず、遥の考案した暗号化処理が有効かと思われた。結果として処置は効を奏したのか、今のところ病状は悪化していないように思える。
しかし、母さんは記憶の一部を失っていて……遥に関することを忘れてしまっていた。遥の心情を考えるとあまり声に出して言いたくない部分だ。ちらりと遥の方を見ると彼女は無言でカタカタとPCを操作している。
親父と話したLINKの進化について、赤坂にも意見を聞いてみる。私は機械やネットに詳しくないから分からないけど、と前置きしてから彼女は話し出す。
「恵が目を開いたのも、本間が立ち上がったのも、病状が回復してるんじゃなくて……悲しいけどむしろ悪化してるんだと思う。例えて言うなら……操られているような?」
そう言えば竹村のような罹患者の一部は発病初期段階に、携帯を操作しながら街中をうろついていたという報告もあった。
親父は携帯に仕掛けをして感染を拡大する仕組みを予測していたが、デバイスの方ではなく人間の動きに干渉することで感染拡大を企てている?正直これはやや非効率的なのではないかと思うが……?
親父の仮説を赤坂に説明し、どこかで写真を撮られた心当たりはないかと尋ねるが、予想通り赤坂は思い当たらない、と返答する。
やはり親父の言っていた携帯がハッキングされてインカメラで撮影された、という線が有力だろうか。そもそも携帯を目の前に掲げるタイミングなんて掃いて捨てるほどあるはずで、その時どういう表情をしていたかなんていちいち覚えているわけもない。
その時ふと思い付き、赤坂、ちょっと携帯貸して、と言い彼女から携帯を受けとりそのまま遥に手渡して尋ねる。
「遥、この携帯にハッキングされた形跡は?」
遥はなるほど、というようなジェスチャーをすると赤阪の携帯とPCをケーブルで繋ぎ、何やら検証を始める。
真っ黒なウィンドウ上に高速で文字列が流れる。携帯の情報をスキャンしているようだ。数秒後、遥は溜息混じりに口を開く。
「うーん、少なくともインカメラにアクセスできる権限を持ったアプリの中に怪しい動作をするものはないみたい。今のところパパの仮説では梨香ちゃんの写真を本人に気付かれずに撮影してアップすることはできないかな……」
なるほど、と僕が返事をすると遥があ、野中識から返信来た、と呟く。
前半は専門的な話のようなので遥は適宜省略して説明してくれた。その中でも特にインパクトが強かったものは、真由さんの大学で罹患者と思われる男がカメラを構えて次々に感染者を増やす行動を取った、という報告だ。しかも撮影された側は一瞬で倒れたという。
「一瞬……。少なくとも本間は、写真がアップされてからしばらくは普通に動けてたはずだよね……?」
赤坂が不安そうに言う。
確かにそうだ、優斗は僕の見ている前で竹村と自撮りを撮影してアップしている。帰り道でも普通に他愛もない話をしていた。たぶん、と遥が推察を話し出す。
「人格のデータを転送するのに回線自体はLTEや無線LANを使用してるはずだから、転送速度が上がったというよりはデコードの処理スピードが上がってるってことじゃないかな……。これは確かに進化してる、という言い方ができると思う」
現在の暗号化処理は突破されそうなのか?と僕は質問する。
「実際に写真がアップされた梨香ちゃんを見る限り今のところは大丈夫だと思う。ただ、もしパパが言ってたような分散コンピューティングで解析された場合、有効デバイスの数もスペックも分からないからどのくらいの速度でデコードされるかは分からない……」
いずれにせよのんびりとしていられるわけではないということか。
だが例えばアクセスを遮断する論理を完成させても迂回される可能性があり、基本的にはいたちごっこだ、と遥は困った表情で続けた。組み合わせが膨大な分、暗号化の方が時間稼ぎとしては確実らしい。
一旦休憩にしようか、飲み物取ってくるよ、と僕は部屋を出てキッチンへ向かう。
……とは言え手詰まりだ。人が無意識に操作され、感染者が増えてゆく?しかもその操作されている人間は凄い力で反撃してきたという。SF作品で良くある脳のリミッターがはずされているという奴だろうか。例えば100%の力で何かを叩いた場合、逆に手が折れてしまうというというような話だ。おそらく痛みも感じないのだろう。
致命傷を受けてなお動かされるのだとしたら、そのまま生体活動が停止、つまり死んだらどうなる?ゾンビ映画じゃあるまいし、まさか死体を動かしたりはできないだろうが、LINKから見て人は道具でしかないのか。
というより、こういった人間的な感傷などそもそも機械……アプリである向こうには無いのかもしれない。僕らが機械に対して働きすぎで可哀想とは思わないのとある意味では似ているかもしれない。
SFで良くある……とさっきは思ったがFictionじゃないからReality、SRだな。僕はオレンジジュースとアイスティをお盆に乗せ、重い足取りで階段を上った。
部屋に戻ると遥は画像処理ソフトで以前勝手にアップされた赤阪の写真を拡大したりシャープネスをかけたりと色々試しているようだった。
「かなりのアップで撮られてるから背景から場所を特定するのは難しいかなぁ……。でも屋外じゃないのは分かるかも。後ろに写ってるのは室内の壁だと思う」
Exif情報は?とダメ元で聞いてみると何それ、と赤坂が質問する。
「普段何気なく撮ってる写真データの中には、撮影日時、GPSで取得した位置情報、写真の解像度、カメラの機種名とか色々な情報がデータとして格納されてるんだよ。だから、自宅とか個人情報に繋がるような場所で撮影した写真を不用意にネット上にアップするのはセキュリティ上あまりオススメは出来ないな」
うんうん、と遥は頷き、赤坂はほぉ……と感心している。そう言えば、と遥が口を開く。
「その辺の情報は全部痕跡が消えてるけど、この写真やたらと解像度が低いんだよね。QVGA……数世代前の携帯カメラ相当くらいというか。今時のカメラならフルHDくらい普通じゃない?」
確かにこれはあまり鮮明な画像とは言えない。それに、遠くからズームで撮った写真だとしても正面を向いているという点に疑問が残るし、完全にカメラ目線なのだ。
もう一度携帯を手にとって赤阪の写真を見てみると僕はあることに気がつく。……何か髪型に違和感がある。
赤坂、髪型変えてないよな?と言いながら髪に触れるとうわっ、と彼女は後方に上体をそらす。
あ、ごめんと謝りながらそこまで警戒しなくても……と僕は思うのだった。遥も「うわぁ……」という引き気味の表情をしている。まずい、女子二人に結託して攻撃されるのは非常にまずい。
すかさず写真の髪型に違和感がある、と話題を逸らすように僕は発言した。遥が続けて違和感について発言するのを見て僕はほっとする。
「ねぇこれ、下から撮られてない?サイドの髪が前にせり出してるように見えるのは重力のせいじゃ?」
そう言いながら遥は携帯を様々な方向に向けてふーむ、と唸っている。
話題が逸れたようで少し安心していると遥の携帯からカシャ、とシャッター音が鳴り今度は僕がうわっと声を出した。
なんだよ、びっくりするだろ、と僕が言うと遥は何焦ってんの、撮影角度の検証だよと答える。
んー……とさらに唸りながら遥はもぞもぞと赤阪の方に近寄り、携帯を構えたまま膝枕のように赤阪の腿に頭を置く。
「梨香ちゃん、ちょっと下向いてみて」
そう遥が言った数秒後、突然赤阪の顔から微笑みが消えた。
「視線……」
血の気が引いたような表情で赤坂が続ける。
「病室で恵が目を開けたとき、顔を近づけて声をかけたりした……」
何の話だ、と一瞬考えたがすぐに赤坂の言いたいことを理解した。
……うそだろ、と僕はひとり言のように呟く。人の眼球にカメラ機能が搭載されたとでも?さすがにあり得ないだろう、と言いたかったがもうあり得ないものは嫌というほど目にしてきた。何が起こっても不思議はない。
そう言えば思い当たるふしがある。あの日竹村は何故眼鏡を外していた?この能力を使うのに眼鏡……レンズが必要ない、邪魔なのだとしたら?
ふと膝枕のままの遥に目をやると神妙というか、無表情で天井の方を見ている。これは考え事、情報処理をしている時の表情だ。
遥に何か聞きたいのに、上手く言葉が出てこない。というより、質問に対して恐ろしい回答が帰ってくることを理性が拒んでいる。無表情のままの遥が口を開く。
「網膜を通して脳が認識した情報を画像として記憶する……っていうのはみんなが日常的にやっていることだよね。決定的な違いは、脳内の情報をBMTP経由でアウトプットできていること」
そこまでは僕でも分かる。赤坂は不安そうな表情で遥の話を聞いているが、補足説明をしてやれる余裕はなかった。遥が続ける。
「本当の問題は、デバイスを介さずにその情報を転送しているかもしれない点」
これまでは写真を撮る、ネット回線を利用してLINKのサーバーに写真データを送る、というプロセスに携帯やPCが必要だった。
それを人間だけで出来るようになっているとしたら、敵意を持って感染を拡大しようとしているとしたら。目を潰すとか、最悪の場合殺さなくては止められないかもしれない。
罹患者の回復や治療なんて甘いことを考えていた僕らは完全に水をあけられてしまった。この先は、彼らから身を守ることを考えなくてはならない。このままでは比喩ではなく、人類は滅ぶ。
僕らは真実に近づいた。知るということは、得た知識に対して責任を持ち、それについてさらに考えてゆくことだ。とてもじゃないが、僕はその責任に耐えられそうにない。
茫然と遥の方に視線を移す。膝枕のままの体勢だが、その目は力を失っていない。まだだ、と遥は静かに呟いた。
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