LINE26:Special Assault Team 1

 青山が野中真由に声をかける。

 彼女は警戒しているようだが、逃げ出すような様子はなく落ち着いて対応してくれている。

 今回俺達は拳銃などの装備は携帯していない。野中識に対して敵意がないことをアピールするためだ……と表向きは言うが、50m四方に石橋を指揮官としてSATが配備されている。

 情けないがガキ相手に大人が本気を出してる格好だ。


「単刀直入に言います、野中識を我々に引き渡してもらいたい。彼を捕まえようとか、実験台にしようとかそういう話ではありません。現実問題として、昨今のLINKによる人的被害に対応するためには彼の能力とその検証が必要なんです」


 特に隠し立てもせずありのままに青山は説明している。

 普通に考えれば彼女もLINKやOrionと野中識との関連性を感じている、もしくは知っていると考えて間違いないだろう。

 当の野中真由は険しいというか、悲しげな表情を浮かべながら答える。

 それを了承したら彼はどうなりますか、監禁されるような形になりますか。無表情で青山は質問に答える。


「それは分からない。ただ、我々としては敵対したいわけではなく、彼が何者なのかを検証すると同時に助力を乞いたいと思っています」


 今日の青山は落ち着いてるな。

 相手を刺激しない口調で内容にも筋が通っている、そして公務員らしく不都合なことには返答していない。

 野中真由は観念したように俯きつつ言う。分かりました、でも一度識くんに相談させてください。

 青山は頷き、彼女に先導されるように家に向かって俺達は歩き出した。部屋の前に着くと野中真由は鍵を取り出す。俺が周囲を見回すと左耳のイヤホンに石橋から無線が入る。


「SAT隊の配備は完了しています、いつでも狙撃、突入可能です」


 血の気の多い奴だ、相手はガキだし立てこもり犯の相手してるんじゃねえんだぞ。人質もいない、まだ待機してろ、と俺は石橋に小声で伝える。

 野中真由がドアノブに手をかけた瞬間に「真由から離れろ」という子供の声が聞こえる。

 部屋の前にいる俺達に野中識の声が聞こえたというならまだ分かるが、どうも今の声はイヤホンを通じてSAT隊以下全員に聞こえたようだ。テレパシーとかそういうやつか?これも野中識の能力なのか。

 イヤホンから石橋班が混乱している様子が微かに聞こえてくる。窓が割れるガシャンという音がした。

 ふとドアの方に目をやると、炸裂した閃光が窓を通り近隣の住宅や洗濯物を鋭く照らし、爆音が辺りに響いた。


 SAT隊員達が真っ黒な仰々しい装備でアパートに突入してくる。階段を駆け上がる音、廊下を走る音がドカドカと響く。近所の住人は何事かという表情でわらわらと外に出てくる。

 野中真由は青山に押さえられながら離して、もうやめて、とひたすら泣き叫んでいる。

 クソッ、滅茶苦茶だ。どうなっても知らねえぞ。


「馬鹿野郎、何勝手に攻撃してんだ!」俺は無線に向かって怒鳴り散らす。


「目標が立ち上がってこちらを見たんです、指をさして、明らかにこちらを認識していました!攻撃の意思ありと判断してスタングレネードを使用しました」


 血の気が多いわりに気の小さい奴め、そりゃ家にいれば立ち上がることだってあるだろうよ。問題なのは奴を刺激したらどんなことが起こるか分からないってとこだ。

 俺はSAT隊に先んじて急いでドアを開いて室内に土足のまま踏み込む。ブレーカーが落ちたのか、室内は薄暗く野中識の所在が分からない。

 いかにも学生かフリーターのひとり暮らし用といった印象の手狭なキッチンを抜けてゆっくりと居間へ進むと、何者かが俺の足を掴む。その瞬間、以前にも感じた痺れが走る。

 だが今回は立てなくなるほどの衝撃は無い……というよりは100円ライターの圧電素子部程度のとても弱い刺激だった。

 閃光弾が効いて弱っているのだろうか?下を向くと倒れたまま俺の足を掴む野中識がいた。俺はしゃがみながら話しかける。


「野中識、すまない。ケンカしに来たつもりじゃなかったんだが……」


 お前はあの時の刑事か?真由はそこにいるのか、とかすれた声で野中識は言う。

 目は閃光弾の効果で見えていないようで視点は定まらないが、薄暗い中でかろうじて見えるその表情はまるで悪魔か鬼のような凄まじい怒りと憎しみを孕んでいるようだった。

 ああ、いる。無事だからとにかく落ち着いてくれ、と俺は伝え、青山には野中真由から手を離すようジェスチャーを送る。途端に彼女も土足のままで室内へと駆け出す。俺はさっと避けるように通路を空けてやる。


 野中識はまだ憎悪のこもった声で殺してやる、と俺達への、警察組織への怨嗟を口にしている。

 だが駆け寄ってきた野中真由に抱き締められると、この形状、声紋は真由だね、おかえり……と小さく呟き、糸の切れた人形のように脱力して彼女に身体を預けた。

 声を押し殺して泣きながらごめんね識くん、もう大丈夫だから戦わないで、と野中真由はか細く呟いている。

 ケンカを売って戦わせたのは俺達だ。まるで、というより完全に俺達は悪者だな、この状況でどの口で協力してくれなんて言えるんだ。

 脅威はない、俺と青山以外は全員武装解除して下がれ、とその場にいる隊員と無線に指示を出す。ですが……と石橋から通信が入るが、黙って下がれよ、とだけ俺は答えた。


 部屋の電気が点灯し、野中識はベッドに寝かされている。

 スタングレネードの閃光と音響をまともに食らった人間はしばらく動くことは出来ない。つまりこいつの身体部分は普通の人間とそう変わらないということなのだろう。

 何と申し上げていいか……と青山が立ったまま野中真由に謝罪している中、彼女は相変わらず無言だが少し落ち着きを取り戻し始めたようだ。


「重ねて謝罪させてもらう、すまなかった」


 そう俺が言うと野中識も通常の感覚を少し取り戻し始めたのか肘を使ってベッドで上半身を起こしながら皮肉気味に答える。


「国家が振るう暴力にはとても歯が立ちませんね、僕は真由を守りきることも出来ない、役立たずというわけだ」


 野中真由も識もお互いに対してごめんね、と謝り合っている。この場で一番悪いのは責任者である俺だろうに。

 図々しいことを言ってるのは分かってるんだが、と前置きして話し始める。


「捜査に協力してほしい。流行の最新型うつ、Orion、LINK、そして野中識……君自身のこと。それらを検証、対策するのに君の協力が必要だ。少なくとも家庭用のPCよりは充実した設備での検証が出来ることを約束する」


 野中識が何か言いかけたかと思うと俯いた野中真由の方が先に小さく呟く。

「……でよ」よく聞こえない。なんだ?と思いながら視線を移すと彼女は勢いよく顔を上げ、その落ち着いた印象に似つかわしくない大声を上げた。


「いい加減にしてよ!大人の男があんな大勢で武装して、こんな小さな子に爆弾まで投げつけて!その上協力しろ?こんなのただの脅迫じゃない!これが警察のやることなの!?」


 青山が面喰らいながら何も言い返せない、といった表情をしている。野中識はあからさまに驚いたような表情だ。

 あれは爆弾じゃないし、俺じゃなくて部下が暴走したせいで……という何の効果もないクソみたいな言い訳が頭の中でリフレインする。

 若い頃はこんな言い訳ばかりしていたな、素直に謝る分俺なんかより青山の方がよっぽど優秀なのかも知れない。だが残念ながら俺は大人だ、少なくともこの中で一番歳を食っている。部下の尻拭いは責任者がするべきだ、俺はあいつらとは違う。

 俺は膝を折って床に正座し、床まで頭を下げ床だけを眺めながらふたりに言う。


「いくら謝ったところで俺達が起こしたこと、君らを傷つけてしまったことは変わらない。俺にできることならどんな謝罪でもしよう。だがその上で頼みたい、野中識、君の能力を貸してくれ。俺にも守りたい人達はいる。そこにいる青山……はどうか知らないが君らに守りたいものは無いのか?」


 ちょっ、やめてくださいよ黒澤さん、と青山が俺の土下座をやめさせようとする。俺は逆さまになった頭を少し左側に回転させ、青山を睨んだ。野中識が口を開く。


「……言おうと思ってた事は全部真由に言われちゃったな。あなた達ははっきり言って卑怯だ。それに、真由があんなに怒るのは初めて見た」


 野中真由は口を押さえつつしまった、というような表情をしている。

 卑怯者呼ばわりされた青山が何か反論したそうだったが、俺が一瞥すると諦めたように目をそらす。


「僕の守りたいものは、人は、真由だ。それ以外でこの世界に僕とリンクするものは何もない。あなた達に協力することでこれ以上真由を悲しませたり、怒らせたりしなくて済むのならば、僕はそれでもいいかなと思っている」


 約束しよう。俺がそう答えると、野中識は皮肉気味に続ける。


「……それに、あの物量と装備で来られたら僕には何も出来ないしね。謝罪風の脅迫に乗るのは癪だけど、大人様には勝てないってこと」


 まったく、生意気なガキだ。そしてこっちはそのガキの言う通り情けない大人でしかないが、とにかく少しでも譲歩してくれたようで状況は好転するかもしれない。

 野中真由はすっかり元の控えめな印象に戻り、心配そうに野中識を見つめている。だけど、と識が再び口を開く。


「もし真由に何かしたら、僕は自分の全能力を使ってでもお前達を殺す」


 俺達4名を乗せ、装甲車は警察庁本部に程近い警察所有の宿泊施設へと移動する。

 話は通してあるからフロントにでも詳細を聞いてくれ、明日また迎えにくる、と伝えて俺達はその場を離れた。少し歩くと青山が後方をちらりと確認してから言う。


「僕は正直、野中識を信用しきれません。彼は子供だ、何をするか分からない」


「まぁお前は二回もコテンパンにやられてるからな。だが信用できないのはお互い様じゃないか?」と俺は答える。

 さっき謝ったのは本心からの気持ちだ。だが上の連中がそう都合よくあのふたりの心情まで考えて動いてくれるだろうか。


「まぁそれも、野中識次第だな」


 独り言のように俺は呟く。え、何がですかと青山が質問し、とりあえずメシ行くか、と俺は答えた。

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