LINE19:Human's Meeting

 この間の一件はなんというか、色々な意味で想像を超えていた。

 とはいえ体験したものは信じざるを得まい、俺はあったことをあるがままに報告書に書いて上に提出した。

 青山だけじゃ信憑性はいまいちだったようだが、年齢だけは重ねてる俺も同様の報告をしたことで大多数のキャリアどもは納得したようだ。

 一部は俺と青山が頭のおかしい連中としか思ってないようだが、俺も最初は青山の報告を真面目に検証しようとしなかったから人の事は言えない。

 少なくともあの超能力を体験した者ということで、俺と青山は1ランク上の部署である捜査第一課特殊事件対策部に編入されることになった。


 俺に関してはかなりの捜査権限を与えられた、というよりリーダーを押し付けられた格好だ。

 青山はこれって事実上の昇進ですよね等と抜かして浮かれていたので、リーダー権限を遠慮なく使わせていただきチーム内の下っ端に配置しておいた。

 一度は責任を押し付けて切り捨てた俺を拾ったかと思えば今度は昇進をエサに面倒な部署に配属か。つくづく俺は上の連中に都合のいいように使われる運命らしい。


 そうして編成されたチームの名前が「超常現象対策室」とはまた冗談みたいな話だ。他の部署の連中に名乗ったら笑われるんじゃねえか。

 ただ少なくとも、以前より人員も増え秘匿されていた情報も入ってくるようになり、捜査や対策がしやすくなったのは事実だ。


 超対室の第一回のブリーフィングが始まる。

 警察庁ビルの上層階の会議室は今までいた所轄に比べてだいぶ広く、設備や清掃も行き届いている。

 俺には過ぎた施設だな、と少し苦笑しながら自己紹介をする。そして深呼吸してからまず始めに、と話し始めた。


「馬鹿馬鹿しいとは思うだろうが、残念ながら世の中には超常の現象があるということを受け入れてほしい。報告書の通り、監視対象の少年は中池袋公園の監視カメラに映っていたような超能力を現実に俺と青山に対して使用した。そしてここにいるメンバーは皆知っていると思うが、最新型うつと呼ばれている症状にも対象の少年が関与している可能性が高い。このチーム、超対室の当面の目的は対象の身柄を確保することだ。超能力や病気の正体を考えるのは医者や研究者の仕事だからな」


 その後も野中識を確保するに当たり、その能力についておさらいする。

 奴は触れた相手を痺れさせるだけでなく廃人化させることすら可能のようだ。また、尾行や監視もすぐに察知されてしまう。

 自分で言いながらも対処しようがねえな、と思っているとメガネの若手から提案が飛んでくる。なんか体力のなさそうな奴だな、と思いながら俺はそいつの発言を聞くことにする。


「石橋と申します。対象は何mまでの察知が可能なのでしょうか?それを検証している余裕が無いのは分かりますが、少なくともこちらの限界ラインからの監視、狙撃の準備を試してみる価値はあると思いますが」


 狙撃、ねえ。若い奴は効率的でシンプル、そして過激な考え方をする。

 しかしSATだの果ては自衛隊だのを動かそうとなったらまた会議会議、手続き手続きだ。本当にお役所ってのはフレキシブルさがないな。

 上に進言しとくよ、と俺は返答した。では次だ、ここからはほぼ俺の勝手な推測だが、と前置きしてから話し始める。


「対象の少年や最新型うつについて、俺はOrion社の関与も疑っている。突拍子のない話だが、奴らがあの少年を作り上げたというのもあり得ない話ではないと思っている。

知っての通りOrionは世界最大のコングロマリットでその技術力や資金力は想像もつかない規模だ。電子機器に始まり携帯キャリア事業、金融、そして製薬や医療機器などのバイオ関連事業。挙げればキリがないし政界にもパイプがある。怪しい実験や研究を違法的に行っている可能性も否定は出来ないだろう。

想像通りであればOrionは君らも利用している自社製のサービスやソフトウェア、ハードウェアといったものを介して危険な何かを裏で展開しているかもしれない。

もしそうだとすれば、これは企業によるテロだ。現状裏付けは無いが、もしそれを実証出来たとして取れそうな対策はあるだろうか?」


 Orionが故意かどうかは分からないがな、という文言を付け足すのはやめておいた。

 少しだけだが、あの野中識と話した感じではOrionの刺客や手先という印象を受けなかったからだ。

 まぁ、俺の勘に過ぎないが。


 若手も中年も有意な対策を発案できないのか、会議室は静まってしまった。そんな中、青山が手を上げて発言する。


「先日、Orion社のメッセンジャーアプリのLINKが停止する騒ぎがありましたが、あれって今回の件と何か関係あるんですかね?」


 質問に質問で返すんじゃねえよ、それにお前ここでは新人なんだから周りに自己紹介くらいしろと突っ込む。

 すみません青山です、と青山が言うと会議室内に乾いた笑いが起きる。別に俺はこいつの保護者とかじゃねえが若干恥ずかしいなと思いながら溜息をつき、返答する。


「さあな。Orionはユーザー情報の開示なんかに対してなら今のところわりと協力的に動いてくれてるが、社内の情報についてはなかなか漏らさない。多分ニュースでやってる以上の事は聞き出せないだろう」


 続きなんですが、と青山が続ける。


「現代の生活においてOrionが牛耳っている……というと聞こえは悪いですが、関係しているインフラってかなりの部分を占めてると思うんですよ。

それで例えばですが、このOrion社製の携帯電話やタブレット。これを持ってることで何か悪い影響があるとして、じゃあ使うのをやめましょうと言っても誰もやめられないと思うんですね」


俺は頷いて相槌を打つ。


「PCにしても同じです。この警察庁でも、本体メーカーは様々ですがほぼすべてのPCにはOSとしてAtomosphere Ver.Xがインストールされている。もしこれらを今すぐに使用停止したら僕たち警察も政府も医療現場も中小企業も大混乱です。

つまり、極端ですがOrion製品禁止法みたいな法律を作ろうとしてもそもそも守ることが現実的に難しい。そこで、先日のLINK停止は何者かによるOrionに対してのサイバー攻撃ではなかったのかと僕は思ったんですが……」


 青山にしては意外としっかり考えてるな。

 LINKもメッセンジャーアプリとして半ばインフラ化している部分もあるが、確かにPCや携帯といったデバイスを使用不能にするような攻撃よりは大分社会への影響力は抑えられている。そもそもそんな規模のサイバー攻撃なんて想像もつかないが。

 しかしもしこれが恣意的なサイバー攻撃だとして、そのハッカー・クラッカーは何故Orionに対する疑念や敵意を持った?Orionが怪しい、というのは警察内部でも秘匿されているような情報だ。関係者による攻撃か、もしくは俺らの持つ情報もハッキングされて漏洩しているか。


 ふむ、目の付け所は悪くないが提案にはなってねえな、警察からいち企業にサイバー攻撃をするわけにもいくまい、と俺が言うと青山がさらに興奮した様子で続ける。

 なんだこいつは、大勢の前で演説するのとかが好きなタイプだったのか?そういや海堂のクソみたいなプレゼンも真剣に聞いてたのを思い出すが、お前の売りは地味で目立たないことだろうがと内心で突っ込む。


「そこで、LINKを使って噂を流すというのはどうでしょう?ざっくり言うとOrionの製品やサービスを利用すると危ない、というような……」


 それ風説の流布だからな、普通に犯罪だ、と俺が言うとまた会議室には少し笑いが起こる。

 何がおかしいってOrionが怪しいという噂を流すのにOrionのサービスを使うってのは皮肉にもならねえ。

 まったく現代人、特に若い奴はネットやインフラがあるのが当たり前だと思ってやがる。

 しかし現実問題としてLINKはインフラ化していて、野中識と真由の居住先を特定できたのもLINKのログからだった。それらがなきゃ困るのが現代社会だし、有効な対策が他に浮かばないのも事実だ。


まったく、何をするにもOrion、Orion。犬も歩けばOrion製品に当たる世の中、頭がおかしくなりそうだ。

 この間も思ったが本当に海堂の奴は悪の秘密結社の親玉として世界征服でもしようとしてやがるのか。俺は今日何度目かのため息をつきながら言う。


「警察が風説の流布をするわけにはいかねえな。だが今のところ他に有効な対策も講じられそうにない、とりあえずは俺の責任で噂作戦を実行してみることにする。噂の内容に関しては、風説の流布にならないギリギリのラインを攻めることにする」


 まぁ推察もアイデアも悪くはなかった、あとは班を作って作戦がまとまったら報告してくれ、と俺は全体に指示を出した。

 青山が目をキラキラさせて喜んでいるが無視して少年の方に話を戻すが、と俺は続ける。


「そちらについてはもう一度、俺と青山で話をしてみようと思っている。だがあの超能力だ、さっき出た意見のように今度はバックアップを用意しての対応になるだろう、無事上に手続きが通ればな」


全体が少しざわつく。無理もない、大の大人が2回もボロ負けして戻ってきてるんだからな。しかしまだここの連中には言わないでおくが、そのサイバー攻撃を仕掛けたのこそが野中識ではないのかと俺の勘が言っている。


 奴が人為的に作られた存在だとするならば、超能力の他に高度な知能を与えられているとは考えられないだろうか?

 現に奴は子供にしては異様とも取れる饒舌さで話していた。

 奴の目的は分からないが味方につけることができれば選択肢が増えるのではないか、と考えるのは欲張りすぎだろうか?

 子供相手に武器や物量を持ち出してケンカを売ったり言うことを聞かそうなんてのは情けない限りだが、大人にとって強い力を持った子供ほど厄介な存在はない。

 ま、俺らがその能力を正しい方向に導いてやらないとな、と柄にもなく偽善的なことを考え自嘲的に笑う。


そんな俺を見て青山がどうしたんですか、と問いかける。親か先生みてえだなと思ってな、と俺はまた苦笑した。

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