LINE18:Scanning
遥の説明によると、差出人不明のメールの要約は「LINKを停止させるウイルスを作成したのはあなたですね、私もLINKやOrionについて調査をしている者です、一度会ってお話しませんか」といった内容が丁寧な文体で書いてあったそうだ。
送り主はあらゆる痕跡を消しており、特定は不可能ではないがかなりの手間と時間がかかるという。
その他avenueの情報などにも触れており、どんな方法を用いてるかは分からないがこの分だとおそらくこちらの住所まで割れているだろう、と遥は言った。
非常に用心深いしものすごいスキルの持ち主だ、と遥はなんだかワクワクしている様子さえあった。
僕は怪しいしやめておいた方が、と進言した。
このメールは提案のように見せかけているがこちらの選択肢がほぼ潰されている。実質、提案風の強要・脅迫だ。僕が訝しんでいると多分、と遥が口を開く。
「多分断ってもこの書き方だと住所も割れてるだろうし、向こうから来ちゃうんじゃないかな。それに、これだけのスキルのハッカーなら味方に引き入れられたらかなりの戦力になるかも」
インターネットで知り合った人と簡単に会っちゃいけませんって夏休みのしおりに書いてあったでしょ、と我ながら間抜けな注意をする。
「しゅー君もついてきてくれれば大丈夫だよ。で、梨香ちゃんはちょっと離れたところから観察してもらって、怪しい動きがあったら通報するとか」
なんだか色々穴だらけの計画のような気がするが、赤坂はうん分かった、と納得してしまった。
僕の説明が悪かったかもしれない。多分赤坂はさっきの遥のPCスキルを目の当たりにしてこの子は天才だ、と思ってしまったのだろうが、その部分以外は平均点以下だぞ、その子は……。
じゃあ返信するよ、と遥が言うが差出人不明のメールにどうやって返信するんだ、と僕は質問する。
「返信用の簡易フォームのリンクが付いてて、そこから返信しろだって。徹底してるなー。日程はとりあえず向こうの都合に合わせるけどみんな夏休みだから大丈夫だよね?」
赤坂が頷く。僕もまぁ日程は大丈夫か。本来なら夏祭りにでも行ってたはずなんだけどな。
得体の知れない相手と会うのに僕一人で女子二人を守るのか。こんな時に優斗がいてくれたら、と僕は思った。
返信が届く。翌日の16時に、隣町の喫茶店などで。
隣町はわりと大規模な街で、僕と赤坂の家の最寄り駅の間になる。
通りによってはあまり治安が良いとは言えず、学校側がよく言う「繁華街に近寄らないように」というのはまさにここの事を指している。
まぁ、そんな注意など誰も守ってはいないが。15時30分、赤坂が到着する。
「わー梨香ちゃんそのワンピかわいい!」
「ふふ、今度一緒に買いもの行こっか」
遊びに来たのではないはずだが女子陣には緊張感が無い。
それに赤坂よ、その靴ではいざというときに走れないのではないか、と思ったが突っ込むのはやめておいた。
この炎天下でなるべく外を歩きたくないので喫茶店は以前姉ちゃんに連れてきてもらった、駅から一番近い店を指定した。
それに店の近辺は人通りが多く交番が近いし、比較的空いていて席の自由度が高いのも選んだ理由だ。
とりあえず僕らが先に店に入るので、5分後くらいに他人を装って入ってきてくれ、と赤坂に伝えると彼女は了解、と答えた。
階段を降りて店に入り、もしもの時に脱出しやすそうな席を選ぶ。早めに来たのはこれも理由だ。
遥がそこまで警戒しなくても……という顔をしているが、常に最良と最悪を考えて動くべしと僕は姉ちゃんに教わった。
出口に近くていい感じの席を確保したので相手にこちらの特徴を伝えるメッセージを送るよう遥に頼む。
僕は赤坂に席は確保したけどまだ相手は来ていないみたいだ、とSMSで送信した。
遥が抹茶パフェ食べたい、と僕にねだる。本当に緊張感ないなお前。僕はアイスティーとサンドイッチを注文し、相手の到着を待つ。
注文が運ばれてくるタイミングで、あの二人だ、と遥が言った。
どんな見た目の奴が来るのかと思えば、やって来たのは小さい男の子を連れた若い女性だった。とは言え僕も遥を連れているので似たような感じなのだが。
女性は年も僕とそう変わらないように見える。
それにしても綺麗な人だなと一瞬見とれてしまったが気を引き締めて考え直す。男の子の方も遥と同じくらいに見える。弟だろうか……と思った瞬間にもしや、と考えがよぎる。
ハッカーは男の子の方なのでは?二人はゆっくりと僕らの前に座り、女性の方が自己紹介を始めた。
「はじめまして、私は野中真由です。この子は弟の識です」
男の子もぺこりと頭を下げる。
僕も自己紹介を済ませ、抹茶パフェを頬張っている遥にほら、挨拶しなさいと促す。真由さんはふふ、と笑っている。これは恥ずかしい……。
注文はどうされますか、と僕が聞くと真由さんはアイスコーヒーを頼み、識くんは僕もあれ食べたい、と抹茶パフェを注文した。
パフェとコーヒーが届き、赤坂が店に入ってきたのを確認すると僕は早速口火を切った。
もしかして、メールを送信してきたのは弟さんの方ですか?と僕が問いかけると真由さんも同じようなことを考えていたようでそちらもですか……?と少し驚いたような表情を浮かべる。
この子は多分、遥の同類ではないだろうか。何か記憶喪失に関する原因を知っているかもしれない。
しかしこちらの素性を明かしすぎるのも危険かもしれない。どう探ればいいだろう、と考えているとパフェを食べ終わった遥が口を開く。
「ねえ、あのアノニマスメールどうやって送ってきたの?IPどころか経由サーバすら手繰れなかったんだけど」
いきなりタメ口かよ、もうちょっと礼儀正しくしろよ、と思いつつ僕は遥の方を睨んだが、あぁそれはね、と識くんは話し出した。
天才児たちはすっかり打ち解けて僕らにはさっぱり分からない話題で盛り上がっている。何か、ある意味では遥にとって初めて同レベルの友達ができたような感じなのだろうか。
内容が内容だけに手放しでは喜べないのだが。仕方がないので僕は真由さんにこれまでの経緯や目的を聞いてみることにした。
驚いたことに、識くんは遥と同様に街中で裸で倒れていたという。そしてふたりとも理数系の天才で、記憶を失っている。
この三点が一致するなどもはや偶然で片付く話ではない。このふたりには明らかに何らかの繋がりがある。
ただ、一致しなかった部分としては識くんが現れたのは去年の11月4日、僕が遥を発見したのは11月22日という点だ。その他、識くんは様々な分野に深い知識があるようだが、遥はそれに当てはまらない。しかし天才でも中身は子供、という点は同じようだ。
何故Orionを調べているのか、と僕は質問する。それは……と真由さんが口ごもっていると識くんが遥との会話を一時中断して僕が説明します、と話し始めた。
「遥さんは僕と似ているようですが、僕が使えるような能力は持っていないようですね」
遥と違って礼儀正しいなぁ、と思いながら能力?と僕は聞き返す。
実際に見た方が早いでしょう、ちょっと手を出してもらえますか?と識くんは言う。
僕が差し出した右手に彼が触れた瞬間、指先から腕にかけて痺れるような感覚が襲った。手が動かない。いっ……と僕が小さく呻くと5秒で治まるように設定しました、と識くんが言う。
真由さんはちょっと識くん!と窘めるように言う。遥はえっ、なになにと目を丸くしている。彼の言った通り、痺れは5秒で消えていった。
「僕はハッキング等の他にこういった事ができます。その他、人の精神にアクセスしてその記憶を参照したり、改竄したりすることもできます。真由……お姉ちゃんに止められてるので使わないようにしていますが」
遥が現れてから大抵のことには驚かなくなっていたが、これは少し想像を超えている。こんな常識外れの能力がこの世に存在するのなら、最新型うつの症状が僕らの理解を超えているのにも納得できる。
「そして僕は公安や警察関係者に監視されています。彼らの記憶を覗いたところ、僕の存在はOrionやLINK、さらには最新型うつと何らかの関係があると公安は睨んでいるようです」
超能力の次は世界最大の企業と警察や公安か。なんだかもう、遠い世界の話のようでまるで現実感がない。少し落ち着いて情報を整理しないと頭がパンクしてしまいそうだ。
「ねえねえ、私もあんたみたいな超能力使えるようにならないかな」
玩具を欲しがる子供のように目を輝かせながら遥が識くんに問いかけている。
ちょっともう勘弁してくれ、遥も超能力者になるとかこれ以上超常現象が起こったら僕は本当に卒倒してしまう。
祈るような気分でちらりと赤坂の方を見ると彼女はチョコレートサンデーをつつきながら携帯をいじっている。本当にこっちの様子を観察してくれてるのかあいつは。
「どうだろうね、確かに僕らは同質の存在である可能性が高いしあるいはできるのかもしれない。もし嫌じゃなければ少し脳のスキャンをしてみようか?」
識くんがそう言うと見られて困るような記憶なんてないしいいよ、やってみてと遥は承諾する。何が何だか分からない僕はもう諦めていた、好きにやってくれ。
真由さんも困ったような顔をしている。識くんは遥の手を握り、目を合わせる。その数秒後、遥は首をだらんと後ろに垂らし、目を見開いたまま動かなくなった。
おい、何をした!と僕が叫ぶとほぼ同時に左の席では赤坂が立ち上がって遥ちゃん!?と叫んだ。
店内の客も店員も皆こっちを見ている。馬鹿野郎、あぁもうグダグダだよ、と僕は思ったが今はそれどころではない。
遥の首を抱えて通常の位置に戻し、軽く頬を叩いて名前を呼ぶ。呼吸はしているが反応はない。そうこうしているとすみません、と識くんが謝る。
「結論から言うと彼女も僕と同じようなことができるようです。ただ、急激な情報流入の負荷に脳が耐え切れず気を失ってしまったようですが……軽率でした、すみません」
僕は混乱していて彼が何を言っているのかはいまいち理解できなかったが、敵意がないことは何となく伝わった。真由さんも平謝りしている。
赤坂は立ったままバツの悪そうな表情でこちらを見ている。もう隠す意味もなくなったので、とりあえずこちらの席に呼んで監視させていたことを真由さんに対して謝り、自撮りが最新型うつの原因になっているのを突き止めたのは彼女です、と僕はぶっきらぼうに紹介した。ふたりともなるほど、と感心している。
遥はまだ気を失っている。
それを受けて僕はいまいち識くんを信用しきれなかったが、情報を共有しつつ最新型うつへの対策、OrionやLINKと識くんや遥との関係などを調べていこうということでお互いに合意し、今日は解散ということになった。
眠っている遥をおぶりながら赤坂と帰路につく。だいぶ陽も傾いて、昼間のような炎天下は影を潜め始めていた。
今日は色々なことがありすぎて精神的に疲れたよ、と赤坂に愚痴をこぼす。
「松前もあんな風に取り乱したりするんだねぇ。やっぱり遥ちゃんが心配だったからなのかな。シスコンか?」
と彼女はニヤニヤしながら僕をからかう。何とでも言ってくれ、気の利いた返しをする余裕すら今日の僕にはない。
「あ、うちに来たときも取り乱してたか。お母さんびっくりしてたよ、男の子が家に来たかと思ったら急にドタバタするわ私は泣き出すわで。うまいこと説明しといたけどさ」
赤坂は苦笑している。その節はすまなかったね、と本心から謝る。
私こそごめんね、と真顔に戻って彼女は続ける。
「とりあえずさ、恵と本間はたぶん来れないけど……夏祭りには行こっか。もし良ければさっきの二人も誘ってさ。大変なこととかつらいこといっぱいだけど、少しくらい楽しまないとそれこそうつになっちゃうよ」
人の、こういう何気ない優しさに救われながら僕は生きているんだな、となんとなく思った。
背中には遥の呼吸と鼓動を感じる。僕は深く息を吸って吐くと、赤坂の方を少し見てそうだな、行こうかと返事をした。
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