LINE11:Nowhere
私はここ数日間で起きた出来度と、分かったことを文書ファイルにまとめていた。
優斗くんと竹村さんは入院し、会えなくなった。だが仮想空間avenueでは普通に会うことができる。
意味不明なことを書いていると自分でも思うが、現在の状況を箇条書きにするとこういうことになる。さらに追記する。
本体は入院中でPCや携帯を触るどころではないのに、アバターだけが独立して動いていて、会話もする。
これは言い換えると、avenue上に人格のコピーが作られたとは言えないだろうか。
これは洗脳とかの類のものではない。avenueは、人格を盗んでいる。
あれ以降の調査で、優斗くんや竹村さんの両親と思われるアバターも発見された。兄弟の真也くんや奈央ちゃんのアバターも存在していたが、本体が健在である点を考えると完全には人格のコピーが完了していないのかもしれない。
人格のコピー途中の本体がどういう状態にあるのかは分からないが、元気のなかった竹村さんの例を考えるとあまり良い状態ではないのは間違いないだろう。
私はこの症状を便宜上、空っぽ・空白を表す「void」というプログラム用語で呼ぶことにした。
そもそもこの症状はいつどこの誰が最初に発症したものなのだろう。それは警察や病院関係者でもないと手に入らない情報だろう。
avenueのような常にネットに接続されているサーバへのハッキングは可能だが、警察などは最近情報漏洩に対しての意識が向上しているようで、情報管理用などのPCはそもそもネットから遮断されているケースが多い。さすがにそれを覗くのは物理的手段でなければ不可能だ。
しかしLINKのログを閲覧して手がかりを探そうにも、さすがに数が膨大すぎる。おそらくこうしている間にもavenueでは新たな感染者が人格を盗まれているのだろう。
私や修くん、梨香ちゃんもavenueにアクセスしているが今のところ症状が出ている様子はない。
未だに感染源が特定できないのがもどかしい。今現在、私達にできる対策はavenueにアクセスしないことくらいだ。
今日は登校日だったらしく、修くんが帰ってきたので私は1階に駆け降りた。
おかえり、何か学校で変わったことはなかった?と聞くと修くんのクラスだけで新たに3名、校内全体ではかなりの数の生徒が欠席していたらしかった。
その内のどれだけがvoidに罹患した人なのかは分からないが、ここ最近のavenue上のユーザーの増加率を見ると大半は発症者なのだろう。
修くんはクラス全体に対してavenueにアクセスしないように、と警告したらしいが、理由をすべて説明する訳にも行かずまともに聞いてもらえなかったようだ。
おかげで変人扱いだよ、こうなるのは分かってたけどね、と修くんはソファに腰をおろしながら自嘲的に笑う。
修くんが学校で笑われたり馬鹿にされているかと思うと無性に腹が立ってくる。周りの生徒達ではなく、この状況とそれに対して何もできない自分にだ。
冷静さを欠いて行動してはいけないと修くんはいつも言う。でも私はこれ以上修くんがつらい思いをするのには耐えられないのだ。
「修くん、avenueを止めよう」
私は静かに言う。修くんは何を言ってるんだこいつは、という顔をしている。
「止めるったってOrion社に潜入でもする気か?そんな映画みたいなことできるわけがない、相手は世界最大の企業で僕らは軍事力も何もないただの学生だぞ?」
軍事力はなくても能力ならあるよ、と私は答える。
「私はこの何日間か、avenueやLINKにハッキングを繰り返してシステムの内容をほぼ完全に掌握した。つまり、壊すためには何をすればいいかも分かるってこと。私は、avenueにウイルスを叩き込もうと思う」
そう伝えると修くんは緊張したような苦々しいような表情で絞り出すように遥にまかせる、と言った。
苦しい、今にもまた泣いてしまいそうだ。修くんは軽々しくハッキングに手を出した私を本気で心配して叱ってくれた。それなのに私は犯罪行為でしか修くんの力になれない。そしてOrionにはパパが勤めている。
こんなことをしたらパパを困らせてしまうだろう、というよりもこれはパパに対しての攻撃も同然だ。
それでも、今はこれしか考えつかない。家族を、友達を守るためには。私はPCに向かい、吸い込まれそうに黒いテキストエディタ画面にコードを打ち込み始めた。
avenueのアドレスはディレクトリ構造を取っていて、末端のアドレスであるavenue:アカウント名の形でアバターの所在を特定できる。つまり狙うべきは逆に源流となっているnationのサーバもしくはそれより上位のものだ。
アバターの情報を破壊するようなウイルスを放ってはvoidに罹患している本体にどんな影響が出るか分からない。だから今回は時間稼ぎにしかならないとは思うが、本体サーバを負荷で動作不能にし、すぐには復旧できないようシステム自体を撹乱するコードを書く。
avenueには膨大な数のアカウントがあり、ユーザがオフラインやアイドル中でもすべてのアバターは何かしらの行動を取っている。とはいえ普通なら近所を散歩したりどこかでアイテムを受け取ってきたり、挨拶をすれば定型文でこんにちは等と返ってくる程度だ。
それらの進化系、というか行き着く先がvoidに罹患した人々のアバターであり、彼らは自発的に思考し、発言し、行動する。つまりアクティブなアカウントだけでなく、オフラインのアカウントが動くことでもサーバに負荷がかかるということだ。そこを利用する。
今回のプランでは各地のプレゼントボックスにアイテムに偽装した任意コードを実行するプログラムを忍ばせる。
このアイテムを使用したアバターはnationより上位のサーバに負荷のかかる行動を一定のタイミングで連続で繰り返す動作をするようになり、かつフレンドに対して同様の行動を取るように拡散してゆく仕組みだ。
計算通りなら最初の実行者が出てからavenueのサーバは数時間以内に落ちる。あとは誰かがこのウイルスを踏み、拡散してゆくのを観察するだけだ。
コードを書き始めて一晩が過ぎ、私は部屋を出てドアをノックする。修くん、だいたいできたよ、一緒に経過を見よう。
修くんはもう出来たのか、さすが天才だな、と軽く微笑む。その表情には若干の諦めと自嘲が含まれている気がした。
ウイルス制作なんて褒められた行為じゃないけれど、修くんに感心してもらえるのは素直に嬉しい。
ウイルスの作用機序と目的は一時的なものだけど、復旧までにはかなりの時間が稼げると思う、ただこのウイルスを何に偽装するかで少し悩んでいる、と修くんに伝える。
「avenueの住人たちから見て魅力的だと思うコンテンツか……。たとえば、実績による制限解除とかってシステムは無いのかな?」
制限?と私は返す。
「たとえばレベルがいくつ以上になったらこれが出来るようになる、とか記念アイテムが貰える、とかそういうイメージなんだけど」
それだ、と思わず声が出た。修くんはやっぱり冴えている。
ちょっと改良してくるね、と私は部屋に戻ろうとする。どんなのを思いついたの、と修くんが尋ねたが、お楽しみ、と言って私はニヤリと笑った。
「じゃあ、プレゼントボックスを投下するね」
修くんのアイデアによって改良された偽装アイテムはチケットの形を取っており、nation:us、avenue上で言うアメリカへの招待状という体になっている。
現実の海外と同じように入管にはちょっとした手続きや実績などが必要なのだが、チケットがあれば数日は手続きなしで滞在できます、フレンドと一緒にどうぞ、といった甘言がアイテム説明文に並び、ユーザーを釣る形になっている。この辺の文章は修くんが考えてくれた。
例えばjpサーバでは法律上遊べないオンラインカジノやイベント等、ユーザーにとってはそこそこ魅力的なコンテンツだろう。現実で言うところのビザなし滞在みたいなものかな……海外に行ったことはないけれど。
実際にこのチケットを利用したアカウントはnation:usに飛び、本人にも相手にも分からないようにフレンド全体にバックグラウンドで同じチケットを送り、受け取ったフレンドがチケットを使用すればさらに被害は拡大するという仕組みになっている。
一応チケットを使用したという履歴は残らないように細工してあるが、フレンドへのメールやアイテムとしてのチケットは実際に使用されるまではインベントリに残るので気休め程度だろう。
これらのアイテム……というかウイルスを世界各地に配置した。
不謹慎ながらちょっとワクワクしている自分がいる。自分の組んだプログラムがどう作用するのかを見るのはいつだって楽しみなものだ。それが違法行為かどうかとは別、と自分に言い訳をする。
数分後、予想よりかなり早くプレゼントボックスを開封したアバターが現れた。
アカウント名は@shiki-nowhere、avenue内で言うと都内のサーバに接続している。
随分近くのユーザーが釣れたな、と思ったが、このアカウントにはフレンドが一人もいないので拡散力に乏しい。
なんだハズレか、と肩を落としていると@shiki-nowhereはすぐ隣にいた@mayumayu.1019というアバターとフレンドになり、そこからウイルスはあっという間に拡散していった。
……このユーザーの行動には何か引っかかるものがある。アカウントのサインアップが数分前、しかも少し離れた位置にあるプレゼントボックスまで真っ直ぐに移動している。まるでウイルスを実行するためだけに作られたアカウントのようだ。誰かに私のハッキングがバレている?そんなはずはないのだが。
念のため@shiki-nowhereの接続元を調べようとしてみるが、リクエストがすべて拒否されてしまった。
このユーザーは、何らかの理由で行動の痕跡を隠そうとしている。もしOrionの人間が私の動きを感知したのならウイルスの実行はしないはずだ。
現状私に対して敵対する行動はしていないが、警戒しておくに越したことはない。私は@shiki-nowhereをチェック対象のリストに追加した。
nation:usに続々と人が集まり始めた。
彼らは思い思いに仮想空間内の海外旅行を楽しんでいる。この中にもvoidに罹患して完全に人格を奪われてしまったアバターがいるのだろうか。
一応@shiki-nowhereの動向を観察してみるが、チケットの使用後はオフラインモードのようで、少年の姿のアバターがうろうろしているだけだった。
数時間後、サーバの負荷率は90%を越え、avenueは大元であるLINK共々停止した。
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