LINE12:Artificial Intelligence 1

「松前さん、ちょっといいですか?」


 高嶋君が僕に尋ねる。

 もう19時過ぎたし今から仕事増やすのは勘弁してくれよ、と思いながら「ん、何?」と僕は返事をした。


「第3スタジオからヘルプ要請が来てるんですが」


 第3というとLINKとかの部署か。えーやだよ、お腹空いたしもう帰りたいんだけど、と駄々をこねてみる。

 だいたいあそこはネットワーク系でしょ、僕みたいな業務用ソフトウェアのエンジニアに何のヘルプ要請があるっていうのさ、とさらにゴネる。


「いや知りませんよ、僕も松前さんにヘルプ要請しといてって言われただけですもん。伝えましたからね、あとはご自由に」


 まいったな、丸投げされてしまった。帰るって言いづらい空気だな、ブラック企業め。世界最大のブラック企業とはまた笑えないジョークだ。仕方ない、話だけでも聞いてみるか。

 でも僕は帰るぞ、と決意を固めて社内チャットのウィンドウを開いて第3スタジオに話しかける。はい松前ですがどういったご用件でしょう?


「お疲れ様です。一時間ほど前からavenueのサーバ負荷率が不自然に上昇していて、ウイルスやマルウェアの類が侵入した疑いがあるので検証と対策の応援をお願いしたいのですが……」


 この時間からウイルス対策?僕は当直医じゃないんだぞ。

 とはいえ、普通のソフトウェア会社ならその言い分も通るかもしれないが、うちはもはやインフラ企業と言える側面もあるからな。営業時間外なのでインフラが復旧しませんじゃ困るだろう。


 それにしてもOrionは少し大きくなりすぎたとは思う。OS、PCやスマートフォン本体、事務系ソフト、LINK等のSNS、通信回線、次は自動車か。このまま行けばそのうち鉄道網や航空機にも食い込んで行くだろうな。

 海堂は何がしたいのやら。あいつは確かに見た感じも悪の帝王っぽいし、真っ当な手段での世界征服というのはこうやって実行するのかもしれないな。

 まぁ海堂とは同期というだけでただのサラリーマンでしかない僕は会社には逆らえないのでした、と自嘲する。

 みんなすまん、今日はたぶん会社に泊まり込みかも、とLINKで家族にメッセージを送りながら結局僕は第3スタジオへ向かった。


 最近ではプログラミングやメンテナンスにもAIを有効活用することで効率化を図るのが社内の流れだ。

「AIが人間の仕事を奪う」という論調が取り沙汰されて久しい。

 まだまだ人の手は必要なものの、AIの進化は加速度的に高まっており、僕もいずれ失業するのかな、などとぼんやり思ってしまう。少なくともあと10年、遥が大学を出るくらいまでは頑張って働きたいところだが。


 エレベーターを降り生体認証をパスしてドアを開け、状況は?と質問する。

 若いエンジニアがお忙しいところすみません、よろしくお願いしますと挨拶しながら説明を始める。


「二時間ほど前からメインサーバに対して通信を繰り返すユーザーが雪だるま式に増えています。jpからの発信がやや多いようなんですが、基本的には世界各国から発信されていますね」


 サーバの負荷が80%越えてから報告することじゃないでしょそれは、とお腹が空いてイライラしていたので嫌味を言いたくなったが、まあこの子も僕と同じで残業して深夜にカップラーメンを食べる羽目になるのだろうと思うと居たたまれなくなったのでやめておいた。

 問題をスムーズに解決するにはチームワークが大事だからね、と僕は思った。


 とりあえず、と僕は言う。

 これ今からハングアップを防ぐのはたぶん無理だから、まず分かる範囲で構わないので同様の通信を行っているユーザーを絞りこんで彼らの共通点を洗いだそう。チーフの人、運営に謝罪ページの準備させといて。

 そう伝えて班ごとに調査するサーバを指示した。


 jpサーバのユーザーを条件で絞りこみながらAIがもっと進化したら不正ユーザーだのウイルスだのなんてすぐに特定できるようになるんだろうな、などと考える。

 そもそも近年Orionのサービスの大半にはAIが組み込まれていて、ユーザーからのフィードバックやエンジニアによるバグフィックスを学習するシステムくらいはこのLINK・avenueにも搭載されている。だが当然ながら現状では人が手を入れなければ満足な運用には程遠い。

 修や遥と同じでまだまだお子ちゃまといった感じかな。唯は別格か、あの子は出来すぎで困る。僕や伊織の血を引いてるとはとても思えないな。修も年齢のわりにしっかりしているし、むしろ遥が一番僕っぽい印象だ、ずぼらなところとか。


 そんなことをとりとめなく考えながら無作為にユーザーのデータを参照していると数名のユーザーが所持するアイテムに共通しているものを発見した。

 nation:usへの招待券。このアイテム自体は実際に発券されるものらしいが、あまり高確率で入手できるものではないようだ。にも関わらず、複数のユーザーがこのアイテムを所持している。

 早速招待券を自分のインベントリに追加して使用してみると管理用アバターはusサーバに移動し、フレンドに同じチケットをバックグラウンドで送付しはじめた。ご丁寧にもチケットを使用した痕跡は消去されるようになっている。

 これで影響範囲は特定できた。us入管の条件を満たさずに現在nation:usにいるアバター、そしてそのフレンドがサーバに対して攻撃を仕掛けている。

 しかしこの人数はかなり膨大だ、サーバを停止して大幅なシステム改修をしなければ食い止めるのは難しいだろう。僕は全体に報告と指示を出す。

 影響範囲は特定できたのでサーバを止めてメンテナンスに入ります、当該アイテムのコード検証と対策急ぐよ、よろしく。


 サーバを停止し、早速原因と思われるアイテムの検証に入る。第一印象でこれはavenueの仕様を熟知している人間の仕業だなと僕は感じた。

 実にムダのない美しいコードだ、まさか社内の人間の仕業なのか?クリックしたくなるような誘い文句、報酬も絶妙にユーザーのニーズを突いている。

 アイテムは世界各地に同時に設置されており、しかも各国向けに高レベルの現地語で調整されているためどこの国の人間による犯行かの特定も難しい。

 これは個人規模を越えているような気もする、以前話題になったハッキング・クラッキングチーム「アンシーク」によるものだろうか?確かにOrionは何度も彼らに標的にされている。

 だが義賊を気取るアンシークによる犯行であれば声明や要求のようなものが出るはずだ。今回の不正アイテムの目的はサーバに対する攻撃、停止が主たる目的のようで、メッセージ性のようなものが感じられない。また、ファイルの破壊や情報の奪取もその目的ではないようだ。

 いずれにせよ、このウイルスを仕込んだ人間は天才の類だな、データサイズ、痕跡の除去、偽装の方法、ユーザーを釣る文言、どれを取っても非常に高レベルだ。

 うちにも天才少女が暮らしているが、コードは書けてもこんな風に人心をくすぐるような文言を書くのは遥では無理だな、と僕はくすりと笑った。笑ってる場合ではないのだが。


 メンテナンスは難航した。

 ウイルスはサーバに負荷をかけているだけではなく、システム部のファイル所在パスを変更したり暗号化したりと非常に嫌らしい挙動を繰り返している。 気になったのはこれだけシステムを撹乱しているにも関わらず、ユーザーのアカウント情報などには一切干渉している様子がないことだ。

 この犯人はおそらくやろうと思えばavenueのシステムをLINKごと修復不能なレベルに破壊することもできるだろう。敢えて個人情報には手を出さず、一時的な停止に留めている理由は?

……考えても分かるわけがないか、そもそも僕はLINKの部署の人間ではないし、犯行の動機を探るのはサラリーマンではなく、警察の仕事だ。


 ビル内のコンビニで買ったカップラーメンをすすりながら少しずつアップデートを施してゆく。

 セキュリティホールを塞ぎつつ、同様の障害が発生しないように搭載されているAIにも学習させてゆく。この実装が済めばLINK・avenueはより安定し、AIはさらに賢く動作するようになるだろう。


 だが現状ではAIについては未知数の部分も多い。

 第4スタジオでは製品としてではなく研究部としてAIの検証を行っているが、暴走気味の動作が危険と判断され停止された例も何件か報告されている。

 たとえば攻撃的であったり差別的な思想に寄ってしまった、AI同士の会話において人間に解読できない独自言語を使い始めたケースなどが主な例だ。


 人工知能を「人」と定義していいものかは難しいところだが、人が人を創り出し、その思想を制限するなんてのはおこがましい話だと個人的には思うのだが。

 いずれにせよ世の中のAIトレンドはこの先も留まらずに続いていき、AIが人類と並ぶ知的存在となる日はそう遠くないだろう。その頃にまだ僕の仕事があるといいけど、と考えながら僕はEnterキーを叩いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る