LINE10:Paralyzer

 馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。俺は子供のお守りをするためにこの組織に入ったんじゃねえぞ、まったく。

 先日、青山の坊やは監視対象に尾行してるのがバレた上にそいつに襲われてフラフラになって帰ってきた。その上警察手帳を見られて身分がバレたとは、もはや怒るどころか同情したくなるレベルの失態だ。

 しかもその対象が12~13歳程度のガキだってんだからもう閉口するしかない。坊やがさらに年下の坊やにブッ倒されて刑事様が敗走だなんて文字通りふざけるなと言いたくなるようなお粗末な仕事だ。

 まぁ青山の言ってる事が正確ならある程度は仕方なかったのかもしれないが。


報告によると対象は背中に目でもついてるんじゃねえかというレベルで敏感にこっちの存在を感じとるらしい。

 お前の尾行がヘタクソなだけじゃねえのかとも一瞬思ったが、ウチの管轄じゃこいつが一番尾行や張り込み適性が高い。目立たねえからな、ステルス性が高いと言えば聞こえはいいが地味というか。

 そして対象は触れた相手を何らかの方法で気絶させたり麻痺させたりできる、と。これが本当だったらまさに超能力だな。だがこっちに関しては映像記録が残っている分信憑性は高い。


 昨年の11月に中池袋公園で起きた救急搬送事件、防犯カメラや野次馬の撮影記録にはガキ同士の小競り合いの映像が映っていた。

 ただ普通じゃないのはガキ同士とは言ってもその片方が12歳程度な上に全裸で、しかもそいつの方が一方的に勝ったってことだ。

 さらに負けた方のガキはその後搬送された病院で今流行りの最新型うつに似た症状と診断され、未だに寝たきり状態で点滴暮らしだ。


上は肝心なことは教えてくれないが、あの全裸の子供と最新型うつに何らかの関係があるかもと疑うのはまぁ自然な流れと言える。

 それでなくても超能力少年なんて漫画みたいな代物を放置しておく訳にも行くまい。少なくとも何者なのかを改めておく必要はあるだろう。それは俺達の仕事ではないが、この国では異質なものは排除される。


おい青山、これで報告は全部か、と俺は文書ファイルを眺めながら声をかける。はい、すみませんでした、と顎に絆創膏を貼った青山が答える。

 確かにこれは報告書というより始末書だな。ついでに言うと中身はオカルトレポートだ。まぁ、未知のモンスターが相手だと考えれば同情出来る部分もあるがガキだと思って油断したんだろう。

 分かった、他に何か気付いたことはないかと俺は問い掛ける。


「そうですね……脱出しようと走ったんですが、子供とは思えない足の速さですぐに捕まってしまいました」


腕力はどうだった、とさらに訊く。


「一瞬で麻痺させられてしまったので僕の印象でしかありませんが、腕を掴む力はかなり強かったように思います。他に奴は僕の手足を切断するとか、視聴覚を奪うことが出来ると脅迫してきましたが、凶器を所持している様子はなかったのでそれを実行するにしても何か能力によるものかと」


 超能力の上に身体能力も大人以上、さらに物理的な破壊能力もあると。ますますバケモンだな。何でもいい、その他にお前が感じたことはないか。


「強いて言えば……発言の内容自体は子供のそれのように思いました。うまく言えませんが、大人のような敬語を使うのに、内容は子供っぽいというか……」


 ますます分かんねえな、何言ってんのお前、と俺は青山に仕草と表情で伝えた。

 今ある情報を整理すると対象は言うことを聞かなくて異常に強い子供って感じか。大人にとっては非常に厄介で危険な存在だな。

 いずれにせよ、上の命令に従ってそいつを捕まえて引き渡すだけだ、俺は大人だからな。


 青山が運転するセダンの車内ではモニターから海堂匡のくだらない講演がダイジェストで流れている。俺がチャンネルを変えようとすると青山がもうちょっと聞かせて下さいよ、と俺の手を遮る。

 俺こいつ嫌いなんだよ、と吐き捨てると黒澤さんは有名人大体嫌いじゃないですかと青山から返される。その中でもこいつは特別嫌いなんだよ、世界征服でもするつもりか。


「確かに黒澤さんってOSもAtmosphere使いませんし携帯もOrion製のは使いませんよね、でもさすがに連絡用にLINKくらいは入れといて欲しいなぁ」


 馬鹿でも使えるみたいな設計思想は気に食わねえんだよ、文字通り馬鹿にされてんだぞ。それに人間は考えることをやめたら退化する一方だ、と持論を展開する。


「言い方ですね……子供から老人まで幅広く使えるっていうのがOrion製品のいいところだと思うんですが。最近の子供は生まれたときからPCやネットが身近にあって、デジタルネイティブ世代なんて呼ばれてるみたいですよ」


 やれやれ、ジェネレーションギャップだな。真っ黒い画面に数値を打ち込んでプログラムが走ったときの感動とか分からないのかね。いや、俺が老害化しただけか。

 現代の技術は過去、俺や海堂のような年代の連中が作り上げたものだが、これから未来の技術を担っていくのは黒い画面を知らない世代なんだろう。そして俺たちはロストテクノロジーになる、か。


「何か言いました?」


何でもねえよ、と俺は適当に返した。


 報告によると対象は女子大生と一緒に住んでいるようだ。

 公園の事件で倒された方のガキにちょっかいを出されていた子だな。姉か親戚かそれとも他人か。

 対象が一緒だと近づくことすらできないので、今日はその女子大生に任意聴取を試みることにした。


 車を降りて大学のほど近くで待機する。夕方のキャンパスでは元気が有り余ってそうな学生たちが帰路につき始めている。近くの繁華街に飲みにでも行くんだろうか、羨ましい限りだ。


 大学か。俺は普通に卒業したが海堂は中退して起業し、自己開発のソフトを引っ提げてOrionに取り入る形で入社、いまや世界企業のCEO様か。随分差がついたもんだ。

 奴は学生の頃から世界を変えたいとか夢物語を語っていたが、ある意味でそれは成し遂げられたのかもしれない。

 俺も警察に入った頃は偉くなって組織変革してやるみたいに思ってたもんだが、縦社会のシステムに揉まれるうちに気が付いたらつまらない公務員のオッサンだ。

 そこらを歩いてる学生たちのほとんどが俺みたいな社会の歯車になるんだろうとは思うが、それ自体は悪いことじゃない。

「人と違う」ってのは孤独なもんだ。孤独であることをものともしない、いや気づいてすらいない海堂のような奴がああいうことを成し遂げるんだろう。

 それを天才って呼ぶのには抵抗があるが。


「黒澤さん、例の女子大生です」


 あぁ、ここじゃ人目に付いて可哀想だ、少し離れたところまでついて行って聴取する。今度はバレるんじゃねえぞ、と釘を刺す。


「意外と優しいですね、それにしてもあの子可愛いなぁ」


 突っ込む気すら起きない。まぁ中高生を見て可愛いとか言い出さないだけマシか。

 俺は少し離れて青山と女子大生を追う形を取る。線路を越え繁華街を抜けると人気の少ない住宅街に入った。

 この前青山がやらかしたのもこの辺りのはずだが、もし対象が現れたら一応観察しておきたい。殺されたりはしないだろう、多分。


 そろそろ聴取を開始します、と青山から無線が入る。

 青山が女子大生に警察手帳を見せて話かけると、彼女は驚いたようなそぶりを見せた。俺は少し離れて公園で一服しているオッサンのふりをしながら無線を聞く。

 青山はマニュアル通りの質問をしている。女子大生の声は少し聞き取りづらいが基本的には分かりませんを繰り返してるようだ。

 公園での一件に触れると、彼女の顔色が変わった。


「重要参考人としてあなたと、一緒に住んでいるお子さんの両方に聴取がしたいのですが」


 馬鹿野郎、不安にさせるような単語を使うな。

 女子大生は困惑と焦燥が入り混じったような表情をしている。

 俺が出て行った方がいいだろうか。ベンチから立ち上がろうとすると無線にお姉ちゃん、と三人目の声が入り、青山たちの方に少年が近づいてゆく。おそらく対象だ。

 報告通り子供だがうちの甥っ子よりは少し大きい印象だな。しかし不用意に出て行って二人ともやられては元も子もない、いつでも駆け寄れるようにして様子を見る。

 もう来るなって言ったよね、と対象が青山に言う。青山、逃げるなよ、刺激せずに情報を引き出せ、身分を明かして話すんだ、と俺は無線に向かって指示を出す。


「警察の者です、君と彼女に話を聞きたい」


 青山は落ち着いているようだ。

 自分はこないだ何も答えなかったくせに今日は話を聞きたい?それって虫が良すぎるんじゃないですか、と対象が正論を言う。生意気だな、大人の世界は正論だけじゃ成り立たねえんだよ坊や、と俺は思う。


「それとそこにいる人、こっちに来てくださいよ」


 バレバレか。どういう手段を使えば俺が関係者だって特定できるんだか。

 観念して奴の方へ近づいていくとバケモノか、と青山がつぶやく。だから刺激するようなことを言うんじゃねえよ。


 尾行するような真似をして済まなかった、俺は黒澤長門、刑事だ、と自己紹介する。僕は野中識です、と対象も丁寧に自己紹介した。

 単刀直入に聞くが、中池袋公園の一件で二人に危害を加えたのは君だな?と続けて質問する。


「彼らが先に僕とお姉ちゃんに攻撃をしてきた、正当防衛だと言えませんか」


 それはそうなんだが、と俺は続ける。いずれにせよ正当防衛でも事情や状況を説明してもらわないといけなくてね、ふたりともちょっと署まで任意同行してもらえるかな。


「拒否します、任意って言葉の意味知ってますか?それにそろそろ食事の時間なので」


 まったく、口の減らないガキだ。

 お前こないだこいつに危害加えただろ、別件で補導することも出来なくはないんだが?と青山を指さしながら言うと女子大生が識くん、ダメ!と叫んだ。

 対象が凄まじい速度で俺と青山の手を掴んだかと思うと一気に視界が上向きに回転する。

 手足が痺れ、二人ともその場に尻餅をつく。これが青山が喰らった攻撃か、確かにこいつは動けない。

 女子大生はどうしていいか分からないといった表情で対象から何か話しかけられている。


「こいつらの記憶消していい?」


 このガキ、とんでもねえ事言ってやがる。女子大生は狼狽してしまって答えられない。

 これは確かに普通の人間じゃ対処出来ねえな。そもそもこの状況から生きて帰れるかどうかすら怪しい。生還できても覚えてませんじゃ話にならない、こいつの言う記憶を消すってのは一部の話か?それとも公園のガキみたいに植物状態にされるのか。

 野中識が静かに青山の頭に手を置いたのを見て俺はクソッ、と呻く。青山は絞り出すようにこの化物……人類の敵が、と怨み言を吐いている。


「あれ……うまくいかないな」


 青山は荒く呼吸をしている。とりあえずは生きているようだ。

 野中識はまぁいいや、次来たら本当に許さないから、と言い残し、女子大生の手を引くように走り去って行った。


 数分後、手足の麻痺が解けてきた俺は青山に生きてるか、と問い掛ける。青山は大丈夫です、と悔しそうに応える。

 まぁ助かって良かった、だが実際に体験したとはいえ未だに信じられない。先日青山がしたようにこんな馬鹿げた話を上の連中に報告しないといけないのかと思うと気分が滅入ってくる。


 辺りからは夕食の匂いが漂い始めている。

 俺は服についた泥を払いながら立ち上がり、ため息混じりに「腹減ったな、居酒屋にメシでも食いに行くか」と青山に声をかけた。

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