LINE06:School Days
夕方の住宅街、保育園では迎えに来た保護者と園児たちが帰路についている。
保護者の大半はお母さんだが、たまにお父さんと思しきスーツの男性の姿も見かける。育児パパというやつだろうか、もしくはたまたま今日はお母さんが用事で来れないとかだろうか。
そういう意味では私も母の代わりに妹を迎えに来ているのだが、さすがに周りを見渡しても女子高生は私以外にはいない。
私がたまに妹を迎えに行ってると恵に話したとき、彼女は「梨香はすごいね、保護者に混じって制服で迎えに行くのって結構勇気いらない?変な噂とか立たないかな」と心配していたが、私は子供好きな方だし、特に勇気が要るとも思わない。
あらぬ噂が立とうと実際問題親の代わりに来ているだけなので特に気にしないが、同年代から所帯じみてると思われるのはちょっとなぁ、とは思う。なにせ女子高生なんですから。
保育士さんに連れられてきょろきょろしながら結希が歩いてくる。
私を見つけるとお姉ちゃーんと言いながら駆け寄ってきて、思わず頬が緩む。
保育士さんのエプロンの汚れ具合を見て今日もさぞ大変だったんだろうなと思い、お疲れ様ですと挨拶した。
今日はお姉さんがお迎えなんですね、結希ちゃんはおとなしくて助かってますよ、と彼女が言う。
家では元気に走り回ってますけどね、保育園で動かない分の体力が余ってるんですかね、また明日もよろしくお願いします、さようなら、といった当たり障りのない会話をすると結希もさようなら、と挨拶してお辞儀した。
結希の手を引いて保育園を後にする。
結希のお迎えがあって私は行けなかったが、今日は松前と本間が恵のお見舞いを兼ねてプリントや資料を届けに行ってくれている。
彼女はもう一週間くらい休んでいて連絡も取れないし少し心配だ。学校に欠席の連絡自体は来ているらしいのだが。
恵とは中学が同じで当時から仲が良かった。高校では1年時は別クラスだったが今年は同じクラスだ。
恵は比較的勉強が出来る方で、テスト前などよく一緒に対策しては分からないところを教えてもらったりしている。
他に彼女はITにも強く、表計算ソフトを使ってスケジュールや進捗を管理する方法、クラウドサービスを利用したファイルや資料の共有など、機械に弱い私に色々なことを教えてくれた。彼女曰く両親の影響で自然と詳しくなったらしい。
まぁ、せっかく教わったのに私の能力では半分くらいしか使いこなせてないのだけど。携帯はなんとか使えるが私にはPCはさっぱりだ。
最近、タブレットや携帯は使えるけどPCは触ったことがない、という私みたいな若者が増えているらしい。
だから使えなくてもいい、ということにはならないとは思うのだが、苦手なものは苦手である。
私から見ると恵にはお世話になりっぱなしという気持ちなのだが、向こうからすると逆に感じるらしい。私が彼女に教えたことなんていくつかの料理くらいだったと思うが。
両親の帰宅が遅く、インスタントやコンビニ弁当ばかり食べていた恵に簡単な料理を作ってあげつつレシピも教えてあげたりはした。
恵は飲み込みも早くすぐにある程度出来るようになっていったが、それまで料理をしなかったのはおそらくする必要がなかったからだろう。
私には小さい妹がいて、親が遅い日は進んで料理するが、一人っ子の恵は誰かのために、という動機がない。その分勉強やら趣味やらに時間を使う方が有意義だ、と思う性格なのだろう。
私の成績が微妙なのは家事のせいだ、きっとそうだ。
恵の家は松前の家から近いのでお見舞いは彼一人に頼んだつもりだったけれど、本間が自分も行くと表明したので二人で行くことになったようだ。
松前と本間とは高校に入ってから知り合い、1年、2年と同じクラスだ。
本間はたぶん恵のことが好きなのだろう、非常に分かりやすい。ああいう明るくて目立つキャラは恵みたいなおしとやかな子に惹かれるのだろうか。なんとなく派手な奴は派手な子とくっつく印象なのだが、人それぞれか。
私はどちらかと言うと派手めの方に入るとは思うが、残念ながら本間はお断りである。
まぁ、いい奴だしそこそこモテるし悪い物件ではないかな、恵がどう思ってるかは知らないけど、と勝手な老婆心を発揮する。
逆に松前は恋愛沙汰とか女子とかに興味が無さそうな印象で、遊びに行ったりするより家で本を読んでる方がいいとか言い出しそうなタイプだ。それでいいのか高校生、と思ってしまう。
これだけ他人の恋愛事情について勝手な憶測をしておいて私自身には現在あまり浮いた話はないのだけれど。
興味がない訳ではないが、惹かれる対象もいないというのが正直なところか。
私と松前はお節介というか、どうも人から頼られることが多い性分のようだ。
松前に関してはしょっちゅう人から何か聞かれたり頼まれたりしているのを見かける。主に頼っているのは本間だが。
松前と違って私は頭を使う方面は得意ではないけれど、やたらと人から悩み相談されたりすることは多い。
本間に「母ちゃんみたいだな」と言われたときはひっぱたいてやろうかと思ったが。やっぱり所帯じみてるのだろうか……。
1年の時、頼られがちな私と松前は文化祭の実行委員を押し付けられてしまった。
本間がメイド・執事喫茶をやろうなどと空気を読まずに言い出し、私たちは出し物のアイデアや必要な物品と衣装、予算、実作業の割り振りなどを決める役割になった。
あの時、何かと機転の利く松前が色々と決めてくれて本当に助かった。私一人では捌ききれなかった……と言うよりほとんど松前任せになってしまった。
そこは感謝しているのだが、投げっぱなしにした結果私もメイドをやらされる羽目になったのは困った。
少し恥ずかしかったが、ご多分に漏れず可愛い格好をするのが嫌いな女子はいないので私もそれなりに楽しんでしまった。
また松前自身も執事役をやっていて、笑ってやろうと思っていたら無駄に似合っていてあまり突っ込みがいが無かった。
だが意外と女子ウケは良かったようで、執事コスプレは普段目立たない彼が脚光を浴びる珍しい機会となり、それまで持たれていた地味という印象からクールという属性へのレベルアップに成功したようだった。
それにしてもあれだけ色々裏方をこなしつつ店員もやるとは驚くべきキャパシティである。
というよりも片眼鏡だの懐中時計だのといった小物まで用意して、接客の台詞も完璧だったところを見ると本人が一番乗り気だったのではないだろうか。こだわる時はとことんまでこだわる、とは本人の弁だ。
ちなみに執事姿の本間はガタイが良すぎて武闘派ヤクザみたいになっていてみんなに大笑いされていた。
あの文化祭辺りをきっかけにあいつらとはよく話すようになった。
本間がボケで松前がツッコミ、なんだかんだであいつらは相性がいいのだろうし私も付き合いやすい。
おとなしい頭脳派と活発な行動派の組み合わせという意味では私と恵のコンビに似てるかもしれない、と一瞬考えたが自分が本間のポジションなのは納得がいかない、と思い直した。
なんだかんだで去年は楽しかったな、テストが終われば夏休みだけど今年は何をしようか。
個人的には浴衣を誂えてみんなで夏祭りにでも行けたら、と思う。
そう言えば今年は遥ちゃんもいる、本格的に着付けの勉強をし始めてみようか。
結希にも浴衣を着せたらきっと可愛いだろうけど、まだ夜遅くまで連れ回すには早いか、もう少し大きくなったらかな、と考える。
遥ちゃんは私にとても懐いてくれているが、表情や言動にどこか陰を感じることがある。
去年の冬から松前の家で預かることになったそうだがその辺りの事情が関係しているのかもしれない。
彼女は松前のお母さんのことをママ、と言ったが、親戚に預かられている子が叔母さんではなくママと呼ぶだろうか?
滅多なことは聞けないので少し気を使ってしまうが、基本的には元気で素直なとてもいい子だ。
なんとなく、松前は遥ちゃんが来てから明るくというか活発になった印象がある。
用事があるから夜まで遥の面倒を見てくれないか、と頼まれた時はあの松前が私に頼み事?と予想外過ぎてびっくりしたが、悪い気はしなかった。
うまく言えないが珍しくあいつの人間らしい一面というか、素直な部分を見た気がするというか。
遥ちゃんが来てからあいつもお兄ちゃんの大変さを実感し、変わって来ているのかもしれない。
でも子供の面倒を見るのは私の方が一枚上手だな、多分。
結希がおなかすいた、と呟く。今日は夕食も私が用意しないと。
うん、スーパー寄ってくよ、何食べようか、と結希に言うとなんでもいいと返答される。
なんでもいいが一番困るんだよね……と思いつつ頭の中で冷蔵庫の残りと今日の献立を組み立てる。
簡単で子供受けもいい料理……ということでカレーにしようか、と結希に提案してみるがえー、違うのがいいと言われてしまった。
そっか、じゃあスーパーで見ながら何か考えようね、と私は軽く微笑む。
ふう……と軽く溜息をつきながら子供は可愛いし好きなんだけどいいお姉ちゃんをこなすのは大変だな、母親はもっと大変なんだろうな、と考える。
そう言えば松前にもお姉さんがいるはずだ、何年か前に結婚して今は海外に住んでいるらしいが。
あの可愛いげのない出来過ぎ君の松前も小さな頃は手のかかる子だったのだろうか、あまり想像は出来ない。
手をぶんぶんさせながらアニメの歌を適当に口ずさむ結希に幼い頃の松前を想像で重ねてみるが、やはり幼い松前は像を結ばない。
まぁ、今でも意外と可愛いところはあるんだけどね、と思いながらスーパーの自動ドアを通過する。
携帯から通知音が鳴り、LINK経由で写真が届いたようだ。携帯のロックを解除してLINKを開くと、恵と本間が二人で写っている写真がグループトークに表示されていた。
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