LINE05:Avenue 2

 ようやく期末テストが終わり、学校はテスト休みに入った。

 タブレットをいじりながら家でゴロゴロしていると修くんが学校から帰ってきた。

 テストの出来はどうだった、と聞いてきたのでまー普通、とはぐらかすように答えておく。

 修くんはへぇ、じゃあ各教科ごとに自信のほどを聞こうか、と迫ってくる。うう、逃がしてくれない。仕方がないので答えることにする。


 多分数学は満点、理科は高得点だな。

 中学レベルの問題なんて簡単すぎて問題用紙を見た瞬間に全問頭の中で計算結果が出て、ペンで解答を書く動作が億劫なレベルだ。理科はちょっと知識問題で若干分からないところがあった。


 英語もまぁ満点が取れただろう。

 理由は分からないが私は英語を普通に使える。しかし文章・単語の意味は分かるし会話も余裕なのだがどうも勉強としての英語は得意ではない。

 なんで「トムはテニスをしています」とか「私はペンとリンゴとパイナップルを持っています」とか見ればわかるようなことをわざわざ英文にしないといけないんだか。

 しかもガチガチの片言英語みたいな文で書かないと点数をもらえないというのも困ってしまう。かといってスラング混じりの英語はあまり得意ではないけれど。


 国、社は平均かそれ以下かな……。

 漢字は書けるし読める。ただ、この人の心情を述べなさいとか著者の言いたいことをまとめなさいとかそれは無茶だろうと思う。

 他人の考えてることがすべて分かったら社会が崩壊してしまうよ。あ、でもコードを読むと書いた人が何を意図してるか分かるし人となりも分かるな。

 そこらのフリーソフト程度ならちょっと触ればほとんどどういう設計なのか分かる。

 きったないコードを書く奴はそのアプリで何をさせたいのかを明確にできていない奴。アプリとユーザーに向ける愛が足りない。

 逆にリバースエンジニアリング対策なのかわざとスパゲッティ状にしてるような奴はひねくれた性格。

 綺麗なコードを見ると惚れ惚れしてしまう。ごくまれにバグに近い挙動をあえて利用するような変態的なコードを書く人がいるが、そういう奴とは逆に友達になれそうな気がする。使ってる言語にもその人の嗜好が出たりしてとても面白い。


 社会科、修くんは歴史好きみたいだけど私はあまり興味がない。

 過去に何があったのか、この世界はどういう人々や出来事によって今の形になったのか、それほど重要なことではない気がする。

 それよりも現在のシステムをどう利用するか、いかにしてテクノロジーを革新していくかの方が重要だと思う、私は。

 以前修くんにそんな持論を展開した結果「遥は歴史より一般常識を学ぶ意味で社会科をもっと真面目にやった方がいいと思うよ」と指摘され、残念ながら一言も言い返せなかったのだった。

 天才少女であるこの私をこうも容易く論破するとは……。


 進学に必要なのはこの5科目だけど、その他の体育や家庭科などの実習科目の点数は期待できそうにない。

 体育なんてスポーツ選手を目指すわけでもないのに何の役に立つのやら。

 そういえば優斗くんはバスケ部やってるんだったかな。確かに引きこもりまくっている私や修くんに比べれば健康体ではあるかもしれない。

 修くんはよく体調崩してるけど優斗くんは見た目通り皆勤賞らしい。

 なんとかは風邪引かないんだぜって自分で言ってたけどどういう意味だろう?

 しかしあの二人って水と油みたいな感じなのになんでか仲がいい。もしかし修くんってマゾなのかな。いつも私とか優斗くんから面倒ごとを押し付けられてる気がするけど。


 家庭科はまあ……私にはまだ早いな、うん。

 大人になって彼氏ができて結婚でもすることになったら学ぼう、まだまだ時間はある。

 普段修くんとか梨香ちゃんと遊んでる私から見ると同年代の男子なんて子供過ぎる……と思ったけど優斗くんはあんまりクラスの男子と変わらないな、あんなに子供っぽいのに私を子供扱いするのが不可解だ。修くんに子供扱いされるのはまだ分かるけど。

 まあ、料理はそのうちママや梨香ちゃんに教えてもらおう。

 修くんの料理は不味くはないけれどなんというか、ぶっきらぼうな味なので教わるのは遠慮したい。やっぱりママの料理が一番美味しい。

 手先は器用な方だし、裁縫なんかもやり始めればすぐ出来る気はする。だから工作とかをする技術科は得意な方だ。

 でもこの前の授業でラジオを自作する実習があったのだが、あんな安い基盤にコンデンサで機器を作らせようというのは教材費をケチり過ぎだと思った。

 私が設計した方が10倍まともなマシンになるわ、予算をよこせと先生に言ったらかなり訝しがられてしまった。

 その時は「パパがIT系エンジニアで自作PCとか良くやるんですよ」とか適当な言い訳をしておいたが嘘はついていない。

 結局その後何故か技術科の先生と意気投合してしまい「Orionのスマートフォンの基盤とか小型で無駄がなくて美しいですよね」などというマニアックな話題で盛り上がる中学生は自分ながら変だとは思った。


 才能を隠して生きるというのもなかなか大変だ。ちなみに、残りの音楽とか美術といった芸術科目もさっぱりだ。過去の画家とか作曲家とか全然興味ないもの。


 ……だいたいこんな感じだった、と報告しつつ、

「このくらいの成績なら得意科目と苦手科目が極端な生徒、くらいに端から見えてると思うし、変に目立つよりはいいと思うんだよね」と言い訳したところ、

「いや君その申告通りだと半分以上の教科で平均点以下だからね?ちゃんと勉強しようね?」と目を背けたくなる現実を突き付けられてしまった。修くんは容赦ない。

 まぁ過ぎたことは仕方ない、二学期からは頑張るんだよ、と窘められる。修くん優しい。ねちねちしてなくて切り替えが早いのが修くんのいいところだな、と私は思った。


 ところで遥、と修くんが何か言いかける。


「夏休みにみんなでお祭りに行かないかって赤坂からお誘いが来てるんだけど遥も来るだろ?浴衣着付けてくれるらしいぞ」


 行く行く!と私は即答した。

 ようやくテストから解放されて私にとっては初めての夏休み、今からとても楽しみだ。

 ただしちゃんと宿題もやるんだよ、と釘を刺されてしまった。やっぱり容赦ない。



 一週間ほどのテスト休みとテスト返却が終わり、終業式の日がやって来た。

 帰宅して結果報告をするとママとパパは満点が二つもあってすごいじゃない、と誉めてくれたが、修くんは特に小言は言わないもののやれやれといった顔をしていた。

 どうしてうちはお兄ちゃんが一番保護者っぽいのだろう、お姉ちゃんの影響なのだろうか。

 唯お姉ちゃんとはお正月に一度会ったきりだが、修くんの姉と言われると納得できる印象の人だと思った。キリッとしていていかにも大人の女性といった雰囲気をまとった人だ。

 逆にパパママはすごくのんびりしてるのに、姉弟は何故か揃ってキビキビしている。

 そういえば修くんはお姉ちゃんが帰ってきたときは頭が上がらない感じになっていた。大学はどうするのと聞かれて返答に困っていて、珍しい一面を見たのだった。

 

 唯お姉ちゃんは海外で医者をやっているらしく、すごく優秀なんだろうなと思う。

 私も頑張ればお医者さんになれるかな、と少し考えてみたが、同じ理数系とはいえひたすら暗記する、みたいな勉強は「出来なくはないけど疲れるから嫌い」という理由から、私に医学はたぶん無理だろうというシミュレーション結果が出た。

 せめて雰囲気だけでもああいう大人の女になりたいものだが、このままだと疲れた顔をしたプログラマーとか研究者になってしまいそうな自分の将来を少し悲観した。


 そんなことを考えていると修くんが携帯を眺めながら難しい顔をしているのがふと目に入った。

 どうしたの、と問いかけてみる。


「ちょっと前にしばらく休んでて連絡の取れないクラスメイトがいるって話したよな?」


 修くんが聞き、私は答える。うん、竹村さんだっけ。お見舞いに行ったんでしょ、そんなに大病って感じではなさそうだったって言ってたよね。


「そう。で、今度は優斗と連絡が取れないってみんながグループトークで話してる。テスト休み中だったから欠席って形では認識されてなかったけど、皆勤賞のあいつが今日の終業式に来なかった。竹村も優斗もテストには来てたんだけど」


 優斗くんが病気?何かの間違いじゃないのか。

 竹村さんは気力と体力が出ない、と話していたそうだが、風邪じゃなければ最近流行している最新型うつだろうか?

 確かに竹村さんの症状はTVで報道されている最新型うつによく似ている気がした。しかしあの優斗くんがうつなんてそれこそタチの悪い冗談のようだ。

 部活は?出てないの?と私は問いかける。今聞いてみる、と修くんはLINKに文章を打ち込む。


「部活にも出てないらしい。なんなんだよ……竹村から何か伝染されたとかか?」


 通常のうつ病であれば伝染はしないが、そもそも最新型のうつ病は精神的なものなのだろうか。

 細菌やウイルス感染する病気だとしたら?そう言おうとすると修くんの携帯が鳴る。


「あれ、別に連絡取れてるって。なんなんだあいつ、僕がメッセージ送っても既読もつかないのに」


 では病気や体調不良ではない?

 しかしその連絡というのは本当に本人が返しているのだろうか。アカウントが乗っ取られていて誰かが勝手に返信している?

 それくらいならまだしも、本人の姿を見かけないというのは何らかの事件に巻き込まれたりしていないだろうか。

 その人って実際に会ったりしてるの、と聞いてみる。また修くんの携帯が鳴る。


「会ってるわけじゃないって。そいつは別に優斗とすごく仲がいいってわけではないんだけど、avenueで見かけて喋ったらしい。竹村も優斗も普通にログインして会話してるってさ」


 優斗くんがゲームやSNSなどにハマっている姿はどうも想像しづらい、それも部活をサボって連絡が取れないほどとは。

 それって本人なのかな、アカウント乗っ取られたりしてない?と修くんに聞いてみる。

 とにかくavenueにいつもログインしているのは確からしい、一度アクセスしてみよう、と言いつつ修くんは二階の自室に移動する。私もついて行く。


 修くんが自分のPCでavenueにアクセスすると@shu.0608というアカウントのアバターが仮想空間内に現れる。

 久しぶりのログインだったらしく、アバターは留守中に届いたメッセージや近所でもらってきたアイテム類を紹介している。

 このアバターはあまり似ていない、というより目はやたら寄ってるし頭の大きさと身体のバランスが悪く、何より服装のセンスがダサすぎてちょっと笑ってしまった。

 私はavenueのアカウントは持っていないけどもう少し可愛くデザインできるだろうと思った。修くんにデザインのセンスはないようだ。


 笑いをこらえている私を横目に修くんがアドレス"avenue:tachibana"を指定すると、アバターが別のサーバーへと移動する。

 avenue内の仮想市街アドレスは現実の住所のようにディレクトリ構造を取っていて、nation、state、ward、avenueの順番に規模が小さくなる。

 久々にアクセスしたらアドレスの名前が実在準拠のものにアップデートされてるな、人も増えてる、修くんがそう言いながらアバターを走り回らせていると画面にチャットメッセージ受信のポップアップが表示された。


差出人のアカウントは@yuto-airwalk、優斗くんだった。

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