それは不意打ちじゃないですか?


「うん、じゃあここに決めよう!」

「はい、そうですね」

 冬休みに入る直前、私とロクくんは新居となるマンションに来ていた。

 結局選んだのは学校からも程良く近いマンションだった。

 駅や病院にスーパーも近くて階下にはコンビニや美容院が入っているので便利である。

 その分家賃もちょっとお高いけど払えない額ではなかった為、ここに決めた。


 今ロクくんが住んでいる部屋は来年の3月末までの支払いは済んでいるらしく──あるときに払っておいたらしい。


 今は不動産屋さんに鍵を借りて部屋の中をみて回っている最中だ。


「キッチンも丁度いいくらいかなぁ」

「不具合があれば改装すればいいですしね」

「リビングと寝室、和室と洋室……うん、角部屋だし見晴らしも良いね」

「窓開けて前が壁だと味気ないですものね」

 窓からベランダへ出てみると街側が一望出来る。

 今住んでいる部屋も同じような感じなので違和感なく住めそうだった。


「本格的に住むのは来年の2月くらいになりますけど大丈夫ですかね?」

「しばらくはあっちとこっちを行ったり来たりする感じになるのよね」

「そうなりますね、さすがにここから高校に通うのはちょっと遠いですし」

 確かにロクくんの高校までだとかなりの時間がかかる。私の学校にしてもそう。

 学校のある平日はあっちで休みの日はこっちになるかな。


 色々と考えていた私が気づいた時にはロクくんが契約を終えてマンションの鍵と部屋の鍵をもらっているところだった。


 はやっ!


「ご契約ありがとうございます」

「こちらこそ、いい物件を紹介していただいて」

 不動産屋さんと握手をして談笑しているロクくんはどう考えても高校生には見えないだろう。

 実際、不動産屋の担当の人もそう思っていたみたいで契約書を書くときに目を丸くしていた。


「さて、帰りますか」

「うん!」




 冬休みに入りすっかり寒くなった頃、ある程度の荷物を新居に運び終わった。

 冬用のはまだあっちで使うのでそれ以外のものをだ。


「食器棚とか冷暖房が完備してあるのって助かるよね」

「そうですね、収納も結構ありますし」

「棚上とか便利なのよね〜あ、食器洗い機とかもついてるんだよね」

「なんか色々ついてますね」

「それだけ家賃が高いんだから当然といえば当然なんだろうけど」

 冬休みの間はこっちにいるつもりなのであれこれと買い揃えたいものがたくさんある。


「ベッドは……大きいのが欲しいなぁ〜」

「寝相悪いですものね、先生は」

「寝相の話をしてるんじゃないよぅ!ロクくんとイチャイチャラブラブするためですぅ」

「じゃあ先生買ってくださいね」

「……ロクくんも使うんだから割り勘で?」

 一緒に住んではいるもののお財布は当然別々なわけで、自分のものは自分で。2人で使うものは割り勘でが基本方針だ。

 次の私の休みに買い物に行くことにしてしばらくはソファベッドで寝ることにする。


 まぁ私としてはロクくんと一緒ならどこでもいいんだけど。

 ロクくん的にはテレビとゲームがあれば何の不満もないみたい。あ、あとコーヒーとね。


 ソファに座ってロクくんにもたれてゲームの画面を眺める。


 うん、新婚って感じ……いや、新婚さんはゲームなんかしないか?

 もし、このままロクくんと結婚した時のことを妄想してみる私。




 社会人になったロクくんが仕事から帰ってくる。


「おかえり〜」

「ただいま」

「お疲れ様、ご飯にする?お風呂にする?それとも……アタシにする?」

「じゃあ……杏香にしようかな」

「あん……もう、玄関でだなんて……」


 ぐふふ……あ、いかんいかん涎が出そう。

 あ〜でもロクくんのことだから「何寝ぼけた事言ってるんですか」なんて言いそう……


 いやいや、結婚したらきっとデレるに違いない!

 こう……甘えてくるロクくんをよしよしってしながら……押し倒され……違うなぁ。押し倒したりするんだ。


 子供は2人くらいは欲しいよね。

 男の子と女の子、ロクくんに似て、シュッとした男前だといいなぁ。

 出来れば双子とかいいかも。


「先生大丈夫ですか?酷くダラシない顔になってますけど」

「……ほぇ?え?うん、うん?」

「ほらヨダレヨダレ」

「あ、ごめんなさい!ちょっと妄想の世界に……」

「完全に旅立ってましたね?」

 ついうっかり入り込んでしまった。


 いつも通り、やれやれといった感じで私を見るロクくん。

 それでも最近は一年前よりは優しい目で見てくれるようになった気がする。

 生温かさは変わらないけど……


「で、何を妄想してたんです?」

「聞きたい?」

「いつもより酷かったですから、余程でしょう?」

「うぐっ……そんなに酷かった?」

「はい、ある意味事故でした」

「……事故」

「まぁいつもですから気にしませんけど」

 コーヒー片手に笑うロクくんは本当に気にしてないみたいでちょっと安心した。


「で、何です?」

「う〜んとね、ロクくんと……結婚したらどんな感じになるのかなぁって」

「結婚ですか?」

「うん、まぁ、この先どうなるかわからないけど……そうなったらいいなぁって」

「なるほど……であの顔ですか」

「……そこは忘れてくださぁい!」

 ええ、そりゃダラシない顔だったでしょうけど……そこはそっとしとくのが彼氏でしょう?

「先生と結婚ですか……」

 珍しくロクくんが難しい顔をして考えている。

「あれ?も、もしかしてイヤだった?」

「え?いえ、そんなことはないですよ。僕は元からそのつもりですから」

「あ、そう?よかっ……え?今何って?」


 私の聞き間違いじゃなければ、ロクくんはそのつもりですからって言わなかった?


「僕は元からそのつもりですって言いました。ただ大学出てからですけどね」

「…………」

「先生?」

「……ロクくん……それって私を……私をロクくんのお嫁さんにしてくれるってこと?」

「はい、そのつもりで言いましたけど?」


 ロクくん……プロポーズはもっとムードを出して欲しかったよ……バカ。





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