何て言ったんですか?



 夏休みも8月の半ばに差し掛かり私とロクくん達は大会のために都心部を訪れていた。


「しかし暑いですね」

「当たり前でしょ?夏なんだから」

「暑いな……」

「暑いです」


 私とロクくん、田中君とナナミンに檜山君に会長と何故かトリプルカップルでぞろぞろと茹だるような暑さの中、泊まる予定のホテルへと向かっている。


「ナナミンと会長さんは来ても良かったの?外泊だよ?」

「あたしは全く問題なしだよっ!ダーリンのとこに行くって言ってきたから!」

 ……いや、それはそれで問題なんじゃ?


「私も支障ありません。ええ、全く」

「あ……そう?」

 取りつく島もなしとはこのことだろうか。

 基本的に会長さんは檜山君に向けてしか笑顔を見せない。

 ロクくんやナナミンに対してでもほぼ愛想がない。


 性格が正反対に見え側から見て決して仲良くは見えない会長さんとナナミンが実は親友だと聞いて驚いたくらいだ。

 6人で歩くこと20分、都心部にあるバカでかいホテルに到着する。


「えっと……ここ?」

「はい、ここです」

 どこからどう見ても超高級ホテルにしか見えないロビーに私以外の5人はなんの躊躇いもなく、すたすたと入っていく。

「先生!何してるんですか?迷子になりますよ」

「え?う、うん、ちょっと心の準備が……」


 ただっ広いロビーの受付でロクくんと檜山君が何やら話をして部屋の鍵を受け取っている。

「ねぇ?ナナミン、ここって自腹?」

「ん?そだよ〜ロクとダーリン、檜山で割り勘だね〜」

「ま、マジですか……」

「まっいいんじゃない?ロクにしても檜山にしても稼いでるしさ」

「やっぱ稼いでるんだ……」

 ロクくんはあまりお金に対して執着がないみたいだから、そういった話はしたことがない。

 随分前に預金通帳を見せてもらったきりだ。


「さ、行きましょうか」

 さも当然とばかりにエレベーターに乗り上の階へ。


「じゃあまた明日な」

「うん、また」

「それじゃあね〜」


 バタンと2つの部屋の扉が閉まる。

「えっと?2人づつ3部屋なの?」

「はい、邪魔するのも悪いですし……いつもこうですよ」

 ロクくんが部屋の鍵を開けつつ言う。

「こ、高校生よね?みんな」

「そうですよ、急にどうしたんですか?」

「え、だって……ほら、何て言うか……」

「不純ですか?」

「……うん」

「それなら心配ないと思いますよ、田中君も檜山君も両親公認の仲ですから」


 俗に言うスイートルームのフカフカのソファに座ったロクくんがそう言ってイジワルそうな顔で笑う。

「公認なの?みんな?」

「はい、檜山君と会長は許婚ですし田中君と七瀬は小学校からですから今更ですよね」


 う〜ん、最近の高校生って……すごいよね。

 あ、私もあまり人のことは言えないか……

 前回の大阪の時同様であまりに広い部屋は落ち着かなくて何となくそわそわしてしまう。

 そんな私を見てロクくんはクスクスと笑っているし。


「わ、私は庶民だからこういうのは慣れてないんだからねっ」

「はいはい、別に僕だって慣れているわけでもないですよ」

「じーっ……」

「……先生よりは慣れてますけど」

「ほらぁやっぱり〜」

 無駄に大きなソファに腰掛けてヘッドギアの手入れをしながらそう言ってバツの悪そうな顔をチラッとしたロクくん。

「まぁ2、3日のことですから我慢して下さい」

「うん、そうだね。前向きに捉えるよ」

 考えて見ればこんな部屋に泊まれることなんか中々ないわけだし……

「よしっ!お風呂入ろ!お風呂!」

「先生は何かにつけてお風呂に入りたがりますよね」

「ええ〜っ、だって……ねぇ?」

 とことことロクくんににじり寄り膝にのの字をくりくりと書いてみる。


 やれやれと肩をすくめる仕草も最近すっかり見慣れてしまった。

 それでもいやとは言わない出来た彼氏さんだ。



「ふわあぁぁ〜生き返るねぇ〜」

「ホント先生はお風呂好きですね」

「女の子はみんなそうだと思うよ?」

「ふ〜ん、そんなものですか」

「そんなものですぅ」

 ロクくんの家のお風呂よりは遥かに広いけどいつぞやのような広さではなく中々に落ち着いて入れる広さ。

 浴槽は2人で入って丁度いいくらいで、ロクくんにもたれていい気持ちだ。


「それにしてもロクくん何にもしてこないよね?」

「何かしてほしいですか?」

「……う、うん」

 あのね?そうやって素で返されるとちょっと困るんだよね。

「大会が終わったら考えておきます」

「え?」

「……2回も言いません」

 はっきりと聞き取れずに聞き返した私をよそにさっさとお風呂から上がっていってしまうロクくん。

「何?何んて言ったの〜?ロクく〜ん」

「お楽しみです」

 脱衣所から顔だけ出してそう言い残し部屋に戻ってしまった。


「何て言ったんだろ?」

 私はさっきのロクくんが何を言ったのか考えつつ広々としたお風呂を堪能したのだった。




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