それはちょっと精神的にキツくないですか?
二月半ばにしては暖かくそろそろ春の訪れが近づいてきたとある日曜日。
私とロクくんは少し遠出をして買い物に出かけていた。
車で1時間くらいの場所にあるそのショッピングモールは出来てから随分と経ったが、相変わらずの人の多さで賑わっていた。
「へ〜っ、こんなところがあったんですね」
「ふふふ、どう?1日遊べそうでしょ?」
「はい、退屈はしなさそうです」
先生といればそれだけで退屈はしないですけどね、と小さな声で呟いたのをもちろん私は聞き逃したりはしない。
それだけでお茶碗三杯はいける。
海に面した広大な敷地には専門店街や飲食店、映画館や劇場にスーパーもあってとてもではないが1日では回りきれない。
入り口付近にある有名なカフェでお洒落にお茶を楽しんだ後、ぷらぷらと専門店街を歩く。
子供向けのヒーローショーが広場で行われていて小さな子供たちでいっぱいだった。
通りを抜けると海岸線に面して飲食店が立ち並び、いつかロクくんと行った神戸の景色を思い出す。
「うわぁ……綺麗だね」
「はい、この景色だけでも来た価値がありますね」
太陽の光を受けてキラキラと輝く水面はまるで世界を写す鏡のよう。
「先生はよく来てたんですか?」
「うん?そうだね、若い頃にちょくちょくとね」
「先生にしてはまともなとこですね」
「あのね?ロクくん、一体私を何だと思ってるのかな?」
「……変態ですが?何か?」
一応教師ですから?あなたの元担任ですから?
「そこまで言うならちょっと付き合ってもらうわよ」
ロクくんの手を引いて二階へと上がっていく。
「どこへ行くんです?なんとなく予想がつきますが……」
「予想つくんだっ!?」
「はい」
着いた先は当然ながらランジェリーショップ。
「予想通りである意味怖いです」
そう言って肩をすくめるロクくんを連れてショップ内へと。
「あれ?ロクくんてこういうお店大丈夫な人?」
「はい、全然大丈夫ですが?」
「ちっ」
「今あっち向いて舌打ちしませんでしたか?」
「気のせいです」
おかしいなぁ、店に入るのに照れるロクくんを無理矢理連れ込んであれやこれやを強引に選ばそうと思ったのに。
店内にいる男性はロクくんだけなのにもかかわらず平然としてランジェリーを眺めている。
くっ……相変わらず手強い。
気を取り直してロクくんとランジェリーを見て回る。
「ロクくん!ロクくん!これなんかどう?」
「あまり今と変わらないですね」
「ロクくん!ロクくん!これは?」
「普段の着てる方がよくないですか?」
「じゃあ……ロクくんはどんなのが好みなの?」
「僕ですか?そうですね……」
壁に掛けあるのや、ワゴン内のなど物色するロクくん。
ホントに恥ずかしくない人なんだなぁ。
あっ!ちょ、ちょっと、それはちょっと際ど過ぎじゃ?
ほぇっ!透け感がパネェし……ってほとんど見えてますけど?
な、な、それ着ている意味ないんじゃ?紐ですやん……
うわぁ……彼氏に選んでもらうのって、こう何ていうか……くるものがあるね。
色んな意味で。
「ロクくん!ロクくん。もういいから、うん。もういい、ごめんなさい」
「そうですか?」
「うん、うん、精神的に無理です」
周りのお客さんがクスクスと笑いながら私を見ている。
「う〜ん、じゃあ適当に見繕ってあげますね」
「……ロクくん……あんた大人だよ……」
三階にあるカフェでお茶をしながら妙にご満悦な様子のロクくん。
「ロクくん、楽しそうだね」
「はい、中々に楽しい経験でした」
「こっちはそれどころじゃなかったよ……」
「振ったのは先生ですからね」
「予想と違いすぎたんだよぅ」
まさかロクくんが全く動揺しないとは思ってもいなかった。
「先生に鍛えられてますから」
「私の精神もある意味鍛えられた気がする……」
「先生の反応が楽しかったですからちょっと遊んじゃいました」
「遊ばれちゃった……」
3階から見る景色も絶景で沖合の船までよく見える。
あ〜あ、あんな豪華客船で結婚式とか出来たら素敵だろうなぁ。
ぼんやりとそんなことを考えつつパンケーキをつつく。
はむはむ……うん。美味しい。
「さ、ロクくん!次はどこに行こうか?」
「どこと言われてもわからないですよ、僕は」
「何か見たいものとかない?服とか靴とか」
「う〜ん、特にないんですよね。僕は先生の行きたいとこでいいですよ」
相変わらずロクくんには物欲みたいなのがあまりないみたいで……性欲もないし、睡眠欲しかないんじゃない?
今時の若い子って草食系っていうのか、ガツガツしてないんだよね。
私的にはもっと、こう、何ていうか……がおーってきてほしかったりするんだけど中々そうもいかないんだよね。
「どうかしましたか?」
「ううん、何でもないよ」
……の割には色々と良く見てるんだよね。
カフェでしばらく時間を潰してからまたモールの中を見て回る。これといって目的もないのでホントにぷらぷらと歩いているだけだ。
他愛もない話をして笑い、手を繋いで腕を組んで……
でもそんな時間が最近はとても大切に思うようになった。
一時期は心に余裕がなかったのか、こうして何も考えずにいることが苦痛だった。
ひとりでいても友人といても、どこか何かが違っているような気がしてちゃんと笑えていなかったように思う。
こうして笑えるってなんて素敵なんだろう。
ただただ一緒にいれるだけで満ち足りた気分になれるってなんて幸せなんだろう。
隣を歩くロクくんを少しだけ見上げ……そんなことを思った。
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