初めてのデートは楽しいですか?


 都心駅前の繁華街を更に二筋ほど逸れた裏通り。

 ひと昔前までならこちらがメインストリートだったんだけど、今では少しくたびれた感のある懐かしい赤提灯がぶら下がる通りを私とロクくんは歩いていた。


「こんな裏通りがあるんですね」

「そうよ〜昔はこっちがメインだったんだから」

「へぇ〜」

 ロクくんは物珍しいのか辺りをキョロキョロと見渡しながら楽しそうだ。


 ふふふっ小さい子供みたい。

「?どうかしましたか?」

「ううん、なんでもないよ〜」

 ぎゅうっとロクくんの腕にしがみついた私を不思議そうに見て首を傾げる。

 そんなちょっとした仕草にまで、きゅんきゅんしてしまう。


「ロクくん、目的地はあそこだよ〜」

 私が指差しているのは裏通りの更に脇道の先にある古ぼけた軒先きの一軒の店だ。


「えっと……大丈夫なんですか?ここ」

「大丈夫、大丈夫!」

 あちこち破れた暖簾をくぐってガタガタと立て付けの悪いガラス戸を開けて中に入る。


「らっしゃい!!おっ?キョーカちゃん?久しぶりじゃねぇか」

「大将〜久しぶり〜」

 カウンターの中からハゲ頭のおじさんが私とロクくんに愛想のいい笑顔を向けてくれる。

 この古ぼけた中華料理店の大将さん。


「なんだ?そっちのにいちゃんは弟か何かか?」


「ぶっぶ〜、残念〜私の彼氏さんで〜す」

「は?マジでか?」

「うんマジで」

「…………」

「ちょ、ちょっと!何で黙るのよ〜!目を逸らさないで〜!」

 ロクくんを見れば素知らぬ顔でカウンターに座ってメニューを眺めている。


「なぁキョーカちゃんはいくつだっけ?」

「32だよ」

「にいちゃんは?」

「僕ですか?僕は17です」


「…………」

 黙って私とロクくんを見比べる大将。

「なぁにいちゃん、悩みがあるならオッチャンに何でも言えよ。ちゃんと聞いてやっからな」

「大将!何なのよ〜!愛があれば年の差なんて関係ないんだからね!」

「はい、ありがとうございます」

「ロクくんもっ!?ありがとうございますじゃな〜い!」

 カウンターの向こうとこっちで何となく男の友情が芽生えているような気がするんだけど。


「ロクくん!愛があれば大丈夫よね!ね!」

「大将さん、僕はこの半チャンラーメンと揚げ餃子をお願いします」


「話を聞いてぇぇ〜」


「はいよ、半チャンラーメンに揚げ餃子な」


「ぐすっ……味噌ラーメンにチャーハンで」

「はっはっは、味噌ラーメンにチャーハンな」


 いいですよ〜だ、ふん、だ!

 そんないじけている私の頭をまたぽんぽんと撫でてくれるロクくん。


 えへへ〜撫でられちゃった。

 デレっとしてるとどかっとラーメンとチャーハンが目の前に置かれる。

 うん、いい匂い〜。

 汚くて古いお店だけどいつ来てもホントに美味しい。

 ロクくんも満足そうな顔をしてラーメンをすすっていた。


「大将〜またね〜」

「おう、ありがとよ」

 来た時と同じく開けにくいガラス戸を開け裏通りに戻る。

「美味しかったです、それにちょっとびっくりしました」

「でしょ?校長先生に教えてもらったんだよ」

「校長先生って谷里先生ですか?」

「うん、校長先生って食べ歩きが趣味なんだって」

「へえ〜意外ですね」


 裏通りから繁華街のほうに戻った私とロクくんはウインドウショッピングをしながらぶらぶらと歩く。


「あっロクくん!ロクくん!」

「先生?どうかしましたか?」

「このぬいぐるみ可愛いくない?」

 ちょうど通りかかったゲーセンのUFOキャッチャーの景品のぬいぐるみが妙に可愛くてロクくんを引っ張って前にいく。


「これ……ですか?」

「うん!可愛いでしょ?」

「可愛いというか……何です?これ」

「さぁ?玉ねぎ?」

 丸まっこい玉ねぎに顔が書いてあり小さな手足がついたぬいぐるみ。


「欲しいんですか?」

「え?でもUFOキャッチャーって基本取れないんでしょ?」

「取れますよ、多分」

 そう言ってロクくんはポケットから100円玉を5枚出して投入口に入れる。

「500円なら3回出来ますからね」

 じ〜っとぬいぐるみを見てから右と左、奥行きを確認したロクくんはひょいひょいとアームを操作する。


 コトン。


「はい、どうぞ」

「ふぇっ?」

 いとも簡単にぬいぐるみ取り私に差し出して微笑むロクくん。


「2回余っちゃいましたね」

 そう言いながらまたアームを操作して……


 コトン。


 コトン。


「はい先生、これとこれもどうぞ」

 同じキャラクターなのか、ナスとキュウリを私に渡してニッコリと笑う。


「す、すっご〜い!!ロクくん!すごいっ!」

「そうですか?慣れればこんなものじゃないですか?」

 流石はゲーマー、UFOキャッチャーも得意なんだ?

「ここのゲーセンは結構良心的な店ですから」

「そ、そうなの?」

「はい、ちょくちょく遊びに来てますから」

 何でもないような顔をしてロクくんは店員さんに袋をもらってぬいぐるみを入れてくれる。


「じゃあ行きましょうか」

「うん!」


 日曜日の繁華街は、夕方になってまた更に人が多くなる。

「ちゃんと手を繋いでおかないとはぐれそうだね」

「そうですね、先生はすぐ迷子になりそうですから」

「ぶぅ〜っ、子供じゃないし!」

「大きな子供みたいですよ」


 私はロクくんの手を離すもんかとばかりに握って一緒に歩いていく。

 ロクくんは結構毒舌というか、淡々とひどいことを言うんだけど歩くスピードをゆっくりにしてくれたり色々と気を使ってくれているのがわかる。


 そんな小さな気遣いが嬉しくもありいじらしくもあって。


「えへへ〜」

「な、何ですか?」

「何でもない〜」

 ロクくんの家に帰るまで私は、何度も腕にしがみついたり抱きついたりを繰り返した。


 その結果、今日もトボトボと我が家へ帰ることになったのだが。







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