初めてのキスの味はどんな味でしたか?



 ロクくんに覆いかぶさったままで私はとりあえず聞いてみる。


「ハグはおっけーだよね?」

「えっと?先生何を言ってるんですか?」

「え?順序だよ〜順序。手を繋いだでしょう?でぇ〜次はハグでしょ?」

「あの……先生?」

「んん〜?何かなぁ?」

「僕が言いたいのはそんな短絡的なのじゃなくてですね」

「うふふ〜大丈夫!ここからはゆっくりだよ」

「はい?」

「じゃあまずは……ちゅ〜しよ!」

「え?ちゅ〜って?ちょっと待って下さいよっ!」

「……いやなの?」

 覆いかぶさって抱きついたまま上から潤んだ目でロクくんを見つめる。


「先生……」

「いやなら、はっきりいやって言っていいのよ、もしそうならもう会わないようにするから……」

「先生……そんな顔しないで下さい。イヤだなんて言ってないですから」


 ウルウルした目で見つめる私をロクくんがそう言って励ましてくれた。



 よぉっし!作戦成功っ!

 やっぱりオンナの涙は無敵よねぇ〜

 ムフフフ、チョロインさんなんだからぁ。



「……先生、今何か悪巧み考えませんでした?」

「え?何?何を言ってるのか、ちょっと先生には分からないにゃ〜」

「先生!」

「は、はいっ!」

「ちょっとここに座って下さい!」

 ビックリして飛び退いた私に、床をばんばんと叩いてそう言うロクくん。


「え?ロクくん?ちゅ〜は?」

「座ってください!」

「ひ、ひゃいっ」

 少し怒ったような呆れたような顔のロクくんも素敵なので私は言われた通りにちょこんと正座する。


「いいですか?先生、僕の言う順序と言うのはですね……」

 ロクくんのお説教が始まる。

 ええ、わかってますよぉ〜、はいはい、うんうん。


 でも、だってねぇ?ちゅ〜くらいいいんじゃない?


「わかりましたか?先生」

「は〜い」

「本当に?」

「うん」

 ジト目で私をじっと見つめてくるロクくん。

 鳶色の瞳が綺麗で……そんなに見つめられちゃうと……


「ロクくん!好き〜っ!きゃん!」

 抱きつこうとした私にゲンコツが降ってきた。

「はぁ、全然分かってないじゃないですか?」

「いたたた、もうアホになったらどうするのよ!」

「それ以上アホにはなりませんって」

「うぐっ、ひどい……」

「もうその手には引っかかりませんよ」


 ちっ、学習されたか……


 再度私はロクくんに延々とお説教を受ける羽目になった。

「そうは言ってもロクくんと私はまだ外でデートしたことないし、お休みだって中々合わないじゃない?」

「それはそうですけど」

「じゃあこうしてお部屋の中で手を繋いだりハグしたりしか出来ないでしょ?」

「そう言われると……まぁそうです」

 私がそう言ってにじり寄るとロクくんも同じだけビクッと下がっていく。


「じゃあ先生、来週はいつが休みなんですか?」

「来週?え〜っとね」

 鞄からスケジュール帳を出して確認する。


「来週はね、水曜日と日曜日の昼からだね」

「そうですか……じゃあ日曜日の昼からどこかに出かけませんか?」

「へ?」

「ですから日曜日の昼から出かけましょう」

「それってデートのお誘い?」

 嬉しさのあまりロクくんにグイッとにじり寄る私。

「先生!近いですっ!」

「デートの……お誘い?」

「……はい」

「きゃっほぅいっ!!わぁ〜い!」

「わっ!先生っ!」

 壁際まで下がっていたロクくんに勢いよく抱きつく。

 流石に逃げ場がないのかロクくんも今度はちゃんと私を抱きとめてくれた。


「えへへ〜気にしてくれたんだね?」

「それはその、当たり前じゃないですか」

「ロクくん優しいんだ〜」

「そ、そうでもないです……よ」

 間近でロクくんの鳶色の綺麗な瞳を見つめる。

 ホント見れば見る程綺麗な瞳、女の子みたいなスベスベの肌に整った顔立ち。


 う〜ん!カッコいいぞっ!


「先生」

「ん?……っ、ん、んん……」

 それはホントに不意打ちだった。

 ぼ〜っとロクくんの顔を見ていて急に呼ばれて驚いた瞬間……私の口はロクくんの唇で塞がれていた。


「……ん……」

 私の想像した以上にロクくんは男の子で、ううん男の人で……さっき飲んだ紅茶の味がちょっとしていて。


 甘くて、優しくて。


 舌と舌がちょっと触れただけで私は、とても気持ちよくて……おそるおそる求めてみるとロクくんも応えてくれて。


「ロク……くん」

「せん……杏香さん」

「うふふ、名前……」

「やられっぱなしな訳にはいきませんから」

 そう言ってほんの少しだけ照れくさそうな顔をするロクくん。


「えへへ〜好き〜っ!あんっ!」

 隙をついて押し倒そうとした私にゲンコツをおとすロクくん。でも……さっきよりは優しいゲンコツだった。


 ぐすっと涙ぐんだ私を今度はロクくんが、そっと……まるでガラスか何か壊れ物を扱うように、ホントに……ふわっと抱きしめてくれた。

「えへへへ〜ロクくん〜」

 肩先に顔を埋めた私の頭を、ぽんぽんと撫でてくれる。


 優しいんだ……ロクくんは。

 私はこんなにワガママでしたい放題なのに。


 撫でてくれる手は暖かくて、気持ちよくて。


 私はさっきまでのことを少しだけ反省……



 なんてしなかった。



「ロクくん〜好き〜!きゃいんっ!」

「先生っ!」

 押し倒そうとした私に本日3度目のゲンコツが降ってきた。


「ふえぇぇ〜!いったあぁ〜い」

 3度目のゲンコツはフツーに痛かった。

「全く、先生は」

 そう言うロクくんの目はとっても優しく。


 ちゅっ。


 今度のキスは私から。


 そして私とロクくんは……


「はい、そこまでです」

「え?」

「先生の妄想の続きはまたその内にして下さい」

「ええ〜っ!せっかく盛り上がってきたのにぃ〜!」

「先生のは盛り上がってるんじゃなくて、盛ってるんです」

「うぐっ、言い返せない……」


 結局この日もお預けをくらった私は、例によってポイっと廊下に放り出されたのでした。


 でもなんだか幸せな気分で帰宅出来た私でした。






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