ハダカエプロンはお嫌いですか?



「ふ〜ん♪ふふ〜ん♪」

「あれ?相川先生、今日はえらくご機嫌ですね?」

「え?あ、おはようございます」

 職員室に向かう廊下を鼻歌交じりにあるいていると丁度校長室から校長先生が、ひょこっと顔を出した。


 谷里 幸之助たにさと こうのすけ校長。私の学生時代の恩師であり親代わりのような人だ。


「えへへ〜ご機嫌ですぅ〜」

「ははは、ご機嫌で何よりです。最近元気がなかったですからねぇ」

 お茶でもどうですか?と校長先生に誘われて校長室に入っていく私。

「コーヒーでいいですか?」

「あ、ありがとうございます〜」

「ふふっ余程いいことがあったんですね?」

「はいっ!それはも〜!」

 うんうんと頷きながらコーヒーを出してくれる校長先生。

 両親を亡くした時や、離婚したときも色々相談に乗ってもらい本当にお世話になりっぱなし。

 校長先生は、それ以上は詳しくは聞いてこない。ニコニコと私を眺めてはうんうんと嬉しそうに頷くだけだ。


 早朝会議の時間まで校長先生と他愛もない話をして今日も一日が始まる。

 昨日までとは違う一日が。



 学校終わりにロクくんのお部屋に直行する。

「ロ〜ク〜く〜ん♪」

「あっ、先生、どうしたんですか?」

「ええ〜っ!どうしたんですか?じゃない〜っ」

「わっ?ちょ、ちょっと先生!」

 玄関先に出てきてくれたロクくんに思い切り抱きつく。むふふ……ロクくんの匂い〜。

 ふがふが……ムフフ。


「彼氏さんのお部屋に遊びに来たんですよ〜」

「あ、ああ、なるほど。よっと」

 ひょいっと私を引き剥がして部屋に戻っていくロクくんの後を仔犬よろしくついていく私。

 もしもこの場にエスパーの人がいたならぶんぶんと振り回される尻尾が見えたことだろう。


「あっ!」

「どうしたんですか?先生?」

「荷物車に忘れてきた!ちょっと取ってくるね」

 不思議そうに首を傾げるロクくんに、投げキッスをして──ぺしっと叩かれたけど──車に走って戻りまた走って部屋に戻ってくる。


「はぁはぁ……ただいま」

「そんな走らなくても僕は逃げませんよ?」

「ろ、ロクくん、晩……はぁはぁ……ごはんまだで……はぁはぁ……しょ?」

「先生……怖いですって」

 ロクくんはそう笑いつつペットボトルのお茶を差し出してくれる。


 じーっ。


 ロクくんの飲みさしのお茶……

 ロクくんの……

 いやん!間接チュー!


「……水道から水飲んでください」

「そ、そんなぁ〜」

「全く……はい、どうぞ」

「えへへ〜ありがと〜家宝にするね〜」

「やめてください!」

 ペットボトルを受け取ってスリスリしている私を何か残念な生き物のように見るロクくん。


 それは愛情表現だよね?


「よし!栄養補給おっけ〜!晩御飯作ったげるね!」

「はい、ありがとうございます、ですけど……何脱いでるんですか?」

「え?ハダカエプロンを……」

「せんでいいですっ!!」

「え?え?エプロンいらない人?」


 もしかしてロクくんって変態さん?


「変態は先生ですっ!普通に!普通に作ってくださいっ!」

「ハダカエプロンは男の子のロマンじゃないの?」

「はぁはぁ……出禁にしますよ?」

「全力でふつーに作らせて頂きます!はい!」

 ロクくんがそう言うので仕方なくハダカエプロンはまたの機会にすることにしよう。


「あの……先生?脱いだ服着てくださいね」

「着るの?後でまた脱ぐと……」

「出禁っ!!」

 付き合って2日目で出禁になるわけにもいかないので仕方なく脱いだ服をモソモソと着る私。



 テーブルに並んだ料理を見てポツリとロクくんが呟く。

「料理は普通なんですね」

「あのね?当たり前でしょ?料理くらい出来ますよ〜だ」

 ベーって舌を出してロクくんの向かいに座る。


 そう言えば久しぶりだなぁ……こうやって誰かと一緒に晩御飯を食べるのって。


「どうかしましたか?」

「ううん、ロクくんと一緒に食べるご飯は美味しいなって」

「……いつもひとりだったんですか?」

「う〜ん、離婚してからはそうだったかなぁ。あっ結婚してる時もだいたいひとりだったけどね」

「そうですか……」

 ロクくんは箸で挟んだ肉団子をじっと見つめて何か考えているみたいだ。


「気にしなくていいよ?もう慣れたしね、どう?美味しい?」

「はい、普通に美味しいです」

「ふふふ、良かった」

 ロクくんは、ぱくぱくとあっという間に食べ終わってしまった。

「おかわりあるけど?」

「あ、じゃあ頂きます」

「はぁい!」

 ご飯をよそってあげてちょっと聞いてみる。


「あ〜んのオプションはいる?」

「いらないです」

「照れなくてもいいんだよ〜?」

「いらないですって」

 くそぅ、ホントにいらないって顔してる。

「美味しかったら毎日作ったげるよ?」

「そうですか?じゃあお願いします」

「え?」

「作ってくれるんですよね?毎日」

「う、うん。あれ?てっきりいらないですって言われるかと……」


 ロクくんは、バツが悪そうに頭をかきながらボソッと呟く。

「その、ひとりで食べるより2人のほうが節約にもなるでしょうし」

 もしかしてロクくんは、私がいつもひとりでって言ったから……


「ロクくん……」

「まぁ、その、そういうわけでお願いしますね」

「ゔん、わがっだ〜」

「泣かないでくださいよ」

「だってぇ〜」

「全く先生ってこんなんだったんですね」

 やれやれといった感じでロクくんがテーブル越しに頭を撫でてくれる。

 ロクくんの手は細くて白い女の子みたいだけど、何故だか暖かくて安心出来る手だった。




「「ごちそう様でした」」


「洗い物しとくね」

「あ、ありがとうございます」

「あっそうそう、ロクくん。先にお風呂にする?それとも……「お風呂は先生が帰ってからにします」

 言い終わる前にピシャッと言われてしまった。


 結局今日もお泊まりは出来ずに、ぽいっと放り出された私は昨日と同じくシクシクと泣きながら帰ったのでした。








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