いつか好きって言ってくれますか?



「どうぞ、狭いですけど」

「う、うん。ありがと」

 ロクくんの部屋は二階の一番奥。

 ヒールを脱いで、ちゃんと揃えておきながら玄関をチラチラと観察する私。


 よし、女物は見当たらない。


「先生?どうかしました?」

「え?ううん、何にも」

 所謂いわゆるワンルームにキッチンとお風呂は別の典型的な一人暮らし用の部屋。

 男の子の一人暮らしにしては驚くほど綺麗にされている。

 ベッドにテレビ、テーブルにソファがひとつ。

 出しっ放しのゲーム機がポツンとあるくらいで、全く散らかっていない部屋。


 ……もしかして掃除してくれる彼女がいるとか?


「いませんよ、彼女なんて」

「え?ど、どうして先生の考えてることが……?」

「先生、ダダ漏れです。心の声が」

「!!!」


 ふふふ、と笑いながらお茶を入れてくれるロクくん。

 ……と、真っ赤になって俯く私。


「それで……どうしたんですか?先生」

「ひゃ!な、何がかなぁ?」

「何がって……居酒屋さんの中でも僕の方をやたらと気にしてましたし、何か話でもあるのかなって」

「き、気づいてた?」

「それは、もちろん気づきますよ。先生は昔からわかりやすいですから」


 私の正面に座ってこちらを見つめるロクくん。

 鳶色の瞳が綺麗で……担任で受け持っていた頃は、本当に目立たない大人しい男の子って感じだったんだけど……


「先生?」


 こうして再会してみるとちょっと女の子っぽい端正な顔立ちで中々のイケメンになってて……


「せんせ〜い?」


 でも私なんてもうアラサーだしバツイチだし……ロクくんから見れば昔の担任の先生なだけだし……


「あの……先生?」

「ひょわっ!」

 ハッと我に帰るとロクくんがテーブル越しに私の顔を覗きこんでいて、つい見惚れた顔が間近にあって妙な叫び声を上げてしまう私。


「どうしたんですか?ボーっとして」

「あ、いや、その……あのね……」

「はい」


「…………」

「…………」


 えーっと何て言おう?


「…………」

「…………」


 ロクくんはじっと私が口を開くのを待ってくれている。

 ふえぇぇ〜っ!えっと……えーっと……

 好きになりました?付き合ってください?

 ひゃーっ!だめぇぇ〜

 教師と生徒よ?禁断の恋よ?


 ……それはそれでアリかも……ムフっ


「ふふっ、先生はホントわかりやすいですね」

「ふえっ!」

 ロクくんは目を細めて柔らかく笑ってテーブル上の私の手に自分の手を重ねる。


「ろ、ロクくん?」

「じゃあ……付き合いますか?」

「え?え?ええーっ?何?なんで?私まだ……」

「まだって、ダダ漏れですって先生は」

「……oh……Jesus」


 どこからどこまでがダダ漏れだったのかしら?

 いつ?もしかして最初から?

「僕は全然構いませんよ?先生が歳上でもバツイチでも気にしませんから」

「あの……えっと、その、いいの?」

「ええ、先生は僕が好き。僕も……まぁ、その……先生を好ましく思いますし……」

「好き……じゃなくて?」

「それは正直わからないですよ。だって先生としか見てませんでしたし」

「そ、それもそうよ……ね」


 ロクくんは、変わらず私の目をじっと見つめて話す。

「いくら思春期真っ盛りの男子でも担任の先生をそんな目で見たりしないですからね」

「うん……」

「でも、先生は何ていうか、えっと、可愛いと思います」

「ふぇっ?!」

 真面目な顔をして、サラッと言うロクくん。

「ふふっ、そういうところがです」

「ろ、ロクくん!お、大人をからかうものじゃないです!」

「からかってなんかいませんよ?本当にそう思いますし可愛いですよ」


 だから僕は全然構いませんよ。ともう一度そう言うロクくんは、一口お茶を飲んでから私の返事を待っているみたいだった。


「じゃ、じゃあ、お付き合いしてください!」

「はい、こちらこそ宜しくお願いします」

「絶対に私のことを大好きって言うくらいにするんだからね!」

「そ、それは、別に僕は先生が嫌いとかじゃないですし好ましく思ってると……」

 私はビシッと指を立ててロクくんに宣言した。

「ちゃんと好きって言ってくれるように頑張るっ!」

「いや、あの、先生?そんな頑張らなくても……」

「が・ん・ば・る・のっ!」

「あ、は、はい」


 ビクッとタジっと引っ込めそうになったロクくんの手をひしっと掴んで離さない。


「えへへへ〜たった今からロクくんは私の彼氏さんなんだよ〜」

「あ、あの先生?」

「はい、その先生って言うのもやめましょ〜」

「え?」

「杏香って呼んでね」

 語尾にハートマークがついてる感じでお願いすると、ロクくんは珍しくちょっと狼狽えて首をブンブンと横にふる。

「今日の今日でそんなの無理ですよ!」

「ええ〜っ、じゃあじゃあ、一回だけ。一回だけ!ね?ね?」

 しばらくそっぽを向いていたロクくんは顔を引攣らせて絞り出すように呼んでくれる。

「……き、きょ、きょうか……さん」

「なぁに?」

「……何の罰ゲームですか?これは」

 ぜぇぜぇと肩で息をしてグッタリなロクくん。

「え〜っ、だって名前で呼んでほしいじゃない?」

「そんなものなんですか?」

「そんなものなの!」

「ど、努力はします。努力は」


 そんなわけで、本日私 相川杏香に年下の彼氏が出来ました。


 この後、泊まっていこうとした私はロクくんにポイっと廊下に放り出されてシクシク泣きながら帰宅することになったのでした。




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