フィユさんと(2)

「こんにちは」

ファグさんは本日も門の前で、ピカピカの鎧を着て立っていました。

「こんにちは、シエルさん。そちらの方は?」

「あっ、お店のお客さんでフィユさんです」

「そうですか。フィユさんですね、しっかりと覚えました」

 そう言って頷くファグさんです。

「本日はどのようなご用件で?」

「えっと、図書館で少し調べ物をしたいのですが」

「構いませんよ、右手側に進んでいただけますと突き当たりにあります。わからないことがありましたら私か職員にでもお尋ねください」

「えっと、はい、ありがとうございます」

 本日も親切なファグさんです。

 フィユさんはと言うと、その間も悩むように俯いていました。

 この顔を上げる方法を知らないのがなんとも、もどかしく感じます。


 校内は既に学校が始まっていることもあって、学生さんで溢れていました。

 なんとも、わたしの場違い感が際立つと言うものでしょう。

 本人は嫌がるでしょうが、フィユさんは学生と言っても差し障りない年齢ですのでとてもよく馴染んでいます。むしろ、わたしが隣にいることで浮いてしまわないか心配でした。

「なにか、いい方法が見付かるといいですね」

「そうね」

 頷きますが、その声にやはり元気はありません。

 学校と言えばアンさんにばったり会うのが相場なのですが、本日は会うことなく目的地へと着いてしまいました。

 授業中なのかもしれません。

 図書館は他の施設に負けず劣らず立派なもので、見上げるほどの高さがあります。窓から察するに四階建てなのでしょう。

 部外者がこういう建物に入るのはなかなか緊張します。

「いくわよ」

 ためらうわたしの手を引いて、フィユさんは歩き始めます。

 落ち込んでてもしっかり者です。

「あっ、はい」

 図書館の中はあまり地球と変わらない感じがしました。

 無数の本がある場所特有のあの匂いがします。

 主張の少ない受付や、どこかシンと静まる雰囲気など、とても図書館です。

「どんな本を探すんですか?」

 自然とヒソヒソ声になります。

「先ずは魔法に関するものね」

 フィユさんは目的の本を探しながら歩きますが、規模が規模なのでなかなか見付かりません。

 館内には大きな書架がこれでもかと並び、この階だけでも相当な広さがあります。それが四階まで続いているのですから蔵書数は相当なものになるでしょう。

 書架には一応、分類が書かれていますが、文字に関してはまだ覚えている途中なのでで、難しいものや文は読めません。

 単語単位なら少しだけ読めるものもありますが、覚えるのが苦手なのでなんとも進みは遅いです。

 つまり、ここでわたしは役立たずでした。

 できることと言えば、司書さんに聞くことくらいです。

「あっ、あの、すみません」

 フィユさんは自力で見つけようとどんどん歩いて行くので、それっぽい人に声をかけてみます。

 知らない人に声をかけるのは本当に苦手なのです。

「はい、なんでしょうか?」

「えっと、魔法に関する本ってありますか?」

「魔法関連書籍でしたら、三階ですね」

 それっぽいと判断したのは、眼鏡を掛けていて、大人の方だったからなのですがどうやら当たっていたようです。

 偏見と勝手なイメージなのですが、眼鏡と綺麗に整えられたストレートロングってとても司書さんっぽいと思うんですよ。 

「えっと、三階のどこら辺です」

「三階全てが、魔法に関する書籍になっています」

「あっ、そうなんですね、ありがとうございました」

 なるほど、これはなかなか大変そうです。

「どのような魔法に関する本をお探しでしょうか?」

「あっ、えっと、わたしじゃなくてですね」

 少し話している間に、フィユさんは随分と奥の方まで進んでしまっていました。

「少し待っててください」

 小走りに、フィユさんを呼びに向かいます。

「フィユさん、司書の方が本の場所教えてくれるみたいですよ」

「私が聞けばよかったわね、ありがとう」

 戻ってきたフィユさんと司書の方がなにやら話しはじめます。

 こうなってしまうと、わたしは蚊帳の外でした。

「時間もありますし。ご案内しましょう」

 そう言って、司書の方が歩き始めます。

 フィユさんと司書さんは小声で色々とお話しながら歩いています。

 こういうのを見ると、人見知りなわたしと違って、フィユさんはやっぱりしっかりしていると思いました。

 そもそも、自分のやりたい事がしっかりとあって、壁にぶつかりながら、落ち込みながらでも、こうして進もうとしているのです。それはしっかりしているのでしょう。

 司書さんに案内されるまま、いつの間にか三階に着いていました。

 階段で少し息切れしたのは内緒です。

「冷気魔法の書籍でしたら、こちらになります」

 どうやらフィユさんは苦手分野を克服する方法を選んだようでした。

「あと、他にも……」

 司書さんに案内されながら、フィユさんはいくつか本を選んでいきます。

「あっ、わたしも持ちますよ」

 選ばれた本が多くなってきて、流石のフィユさんも少し大変そうでした。

 することのない手持ち無沙汰を誤魔化すわけじゃありませんよ?

「助かったわ、ありがとう」

 本を選び終わったらしいフィユさんが司書さんにお礼を言います。

「いえ、ちょうど暇でしたので。では、ルシャンさんによろしくお伝えください」

 司書さんは丁寧にお辞儀をして、行かれました。

 あれ?

 おじいさんの話をしたでしょうか?

 それはそうと、早速本を読み始めるフィユさんです。

『なんとか魔法のなんとか』

『炎なんとかとなんとか魔法なんとか』

『なんとか、なんとか、なんとか、のなんとか』

 フィユさんの持ってきた本の名前を見てみますが、わからない単語が多すぎてまるで読めませんでした。

 しかし、あれですね、こう静かだと、眠く、なります。


「終わったわよ」

 肩を揺さぶられる感覚で眼を覚ましました。

 それはもう、とてもよく寝たという感想がはじめにくる程度には心地よい眠りでした。

 なんだか、今日は寝てばっかりな気がします。

「遅くなって悪かったわね」

 フィユさんは既に本を返し終えたようで、帰り支度も済んでいました。

「なにか見付かりましたか?」

 いえ、聞くまでもなく、その表情の明るさを見れば答えは明白でしょう。

「ええ、シエルに手伝ってもらいたいことがあるわ」

「わたしですか?」

「そうよ、詳しくは店に戻ってから話すわね」

 わたしにできることなど、なにかあったでしょうか?

 そんな疑問を抱きながら、お店へと戻りました。


「おお、戻ったか」

 お店に戻ると、既に閉店していました。

 起きたのがお昼前、フィユさんと図書館に向かったのがお昼過ぎですから、まぁこんな時間になるでしょう。

 宵闇さえ迫る時間です。

「はい、ただいま戻りました」

「なにか見付かったようだな」

 おじいさんもフィユさんの表情で気付いたようです。

「ルシャンさん、一つお聞きしたいことがあります」

 フィユさんは真面目な顔で、おじいさんを見ました。

「なにかな?」

「シエルが絵画魔法を使えることをご存じですか?」

 あれ、わたしの話ですか?

「ふむ、どうして気付いたかな?」

 おじいさんはまるで驚く様子もなく、むしろ感心したような感じです。

「絵を見ました。魔力がかかっていることが珍しいと思い、図書館で調べました」

「魔力視ができるとは、少々侮っていたな」

「書籍で読んだ所感では、今回の依頼を達成するのに有用だと感じました」

「ふむ、否定はできんな」

 わたしの話なのに、まるでわたしがわからないと言うのも変な話です。

「シエルに依頼をしてもいいでしょうか?」

「それはワシの決めるところじゃない」

 おじいさんがわたしを見ました。

「何のことかわからんだろうから、かいつまんで説明しよう」

「えっと、お願いします」

「さて、どこからどこまで話すか」

 珍しく、おじいさんは悩むような顔をします。

「えっと、わたしの絵の話ですよね?」

 フィユさんがなぜわたしに手伝って欲しい、と言ったのかはよくわかりませんでしたが、わたしの絵の話であることはなんとなく察せます。

 なんとなく察せますが、なんでわたしの絵の話をわたしが知らないのかはよくわかりませんでした。

「そうだな、絵画魔法の話からするか」

 おじいさんが顎に手を当てます。

「魔法には色々な形態が存在するが、絵画魔法もその一つだ。しかし、現在ではほとんど知る者のいない魔法でもある。理由は大きく二つ。一つはその存在を教える場所がほぼ存在しない事だ。冒険者学校はもちろん、魔法使い学校であっても一般には教えることのない魔法になっている」

 マイナーらしいことはわかりました。

「もう一つは、使える者がほぼ存在しない魔法ということだ。フィユ、君の読んだ本にはなんと書いてあった?」

「記述は少なかったです。絵に魔力の宿る者だけが扱える魔法であること、絵画魔法は特定の魔法を半永久的に使用することができる特殊な魔法であることなどです」

「ふむ、かなり古い文献だろうな。最近のものにはそもそも記述さえされない。そして、最初の項が重要だ。絵に魔力の宿る者、ワシはシエルを除けばこれまで一人しか知らない」

「そんなに希少な資質なんて」

 フィユさんが驚いたような声を出します。

 資質……あまり好きな言葉ではありません。

「歴史的には多いくらいだ。記録に残っているものだと数百年に一人程度の割合でしか確認されていない。もっとも、絵を魔力視することなど稀だろうから、記録に残らない者もいただろう。それでも稀であることには違いないが」

「魔力視?」

 なんか、先ほども言っていたような気がします。

「特殊技能だな、眼で見るのと合わせて、魔力を視るものだが、口で説明するのは少々難しいな。少し待っていろ」

 そう残して、おじいさんは奥に行ってしまいます。

「これをつけてみろ」

 直ぐに戻ってきたおじいさんは、片眼鏡を持っていました。

「えっと、はい」

 右目につけると、なんだかそちら側の視界だけが変にぼやけた感じになります。

「自分の絵を見てみるといい」

 言われた通りにすると、なんだかわたしの絵が変でした。

 いえ、パースが狂ってるとかそういう話ではなく、なんか全体に空色の膜がかかっている感じでした。お店の中を見回すと、色は違えどなんか同じように膜のかかった魔法雑貨がいくつかあります。

「それが魔力視で視ることのできる魔力だ」

 なるほど、魔力なんて言われてもあまりピンと来ませんでしたが、こうして見ることができると確かに魔力がかかっているらしいです。なんとも不思議な感じでした。

「ワシらの世代は、視界を動かすときに一瞬魔力視を発動させるのが癖になっている冒険者が多いが、最近の世代で日常的に使う者は稀だろうな」

「私は眼が少し特殊なので」

 複雑そうな表情でフィユさんが言います。

「君の母親もそうだったからな、遺伝したのだろう」

「父もそう言ってました」

 なにか、おじいさんとフィユさんの会話に変な空気を感じました。

 なにが、なのかはわかりません。

「話が少し逸れたな、つまり、使える者がほとんどいない希少な魔法ということになる。そして、シエルはそれを使うことができると言うわけだ」

 そう言われても、やはりあまり実感は湧きません。魔法というのが非日常過ぎるのです。

 魔法の時点で非日常なのにそれをわたしが使えるなんて最早ファンタジーでした。

 あっ、いえ、ファンタジーには違いないのでしょう。

 ですが、わたしが直面するこの場はどこまでもリアルでした。

「具体的に言うと絵画魔法とは絵に魔法を仕込むものだ。これの特異な点はその魔法がどのような魔法でも構わないこと、そして、絵が損傷するまでほぼ無限に使うことができる点だ」

「どんな魔法でもって、本当なんですか?」

 フィユさんが食いつきます。

 それが彼女にとって重要なことだからでしょう。

「当然、制限はある。描き手の技量如何で仕込める魔法は変わるらしい」

「シエルの絵なら」

「おおよそ、そんな魔法でも可能だろうな」

「極冷魔法も」

「ああ、その程度なら問題ないだろう」

「絵は絵画の形じゃないといけませんか?」

「いや、『絵』であればいい。例えば盾や剣、その他の装備に描かれていても、それが絵画魔法として描かれたのであれば問題ない」

「とても実用的な魔法ですね。なぜ、ここまで知られない魔法になったんですか?」

「一つは、先ほども言った通り使える者がいないからだ。もう一つは……」

 わたしを置いて、おじいさんとフィユさんの話は続いていきます。

 わたしは、と言うと、釈然としないなにかが喉の奥につっかえていました。

 声を出そうとしても上手く出せないようななにかです。

 それがなにか、掴みかねている間にも話は進んでいました。

「シエル、お願いできないかしら?」

 それが、フィユさんを助け、依頼を達成する為の力になるのなら、わたしの答えは決まっているようなものでした。

「えっと、少し、考えさせてください」

 しかし、口から出た言葉はそうではなかったのです。

「そうよね、いきなり言われても困ると思うわ。だけど私にも時間がないの」

 そう言えばそういう話でした。

「明後日また店に来るわ。返事はその時聞かせて」

 なぜ?

 自分でもわからないのです。

 フィユさんを見送って、お店に戻り、そう言えば絵が描きかけだったと後片付けをして……そうしている間にも喉の奥につっかえたなにかは消えませんでした。

「飯を食うか」

「あっ、いえ、お腹減っていないので」

 なにかが窮屈なのは間違いなかったのです。

 

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