第29話 ライブ

 音楽祭はクライマックスを迎え、和彦たちの出番が回ってくる。


 彼らの以前のメンバーは若く、若い勢いに押されており、ステージの隅から演奏を観ている篤は、不安げな様子でいる。


 それもそのはず、彼らは和彦はひょっとこのお面、咲はおかめのお面を被っている。


「いや、俺ら会社員なんで、会社の連中に身バレしたくないんすよね……」


 会社勤めをしているとプロフィール欄に書いてあったが本当のことだったんだなと、篤は少し安堵の表情を浮かべている、それもその筈、大抵音楽活動する人間はフリーター上がりの連中である。


 夢を追い求めると言えば聞こえはいいのだが、何も知らない人間からしてみたら、まともに生きるのが嫌になり、現実の壁から音楽という道楽に逃げているだけだというのが一般的な見解であり、和彦は道楽だけの人生に逃げる度胸は無く、仕方なくサラリーマンの道を選んだ。


「さーて、ラストのバンドは……うーんこりゃあ変わり者の組み合わせだー! ひょっとこにおかめですか……『K&S』の皆さんでーす!」


 茶髪のパーマをかけた、今日日の日雇い派遣の額と変わらない、日給8000円程度の金で雇われのMCは、和彦達の事を皆にそう言うと、和彦は高々と拳を上げる。


(古典的だが、身バレする確率は劇的に少なくなるだろう……! SNSや動画に顔バレしたく無いからな、俺はともかくとして、咲ちゃんの今後の社会人人生がやばくなる……!)


 和彦はカメラで撮影をしている、X市役所の広報部の人間や、興味本位でスマホで撮影している連中達に恐怖を感じながら、ギターを片手に、音響機器の方へと足を進める。


「えーと、このバンドさんは変わってて、自分達が編集したEDMをバックにギターで演奏をして歌うという演奏方法をするそうですが、楽しみですね! では早速歌ってもらいましょう、『レクイエム』!」


 音響機器から、EDMの演奏がかかり、和彦はそれに合わせる形でギターの弦を鳴らす。


「闇の扉を開き、誰もみたことのない世界へ旅立とう。薄暗くて長い階段は怖くはない、生まれ変わるための道すがら。この世に未練がある霊よ、生まれ変わりの道を歩み……」


 咲の澄み渡った歌声と音響と演奏の波上効果から生じるエネルギーある歌に、周囲は聞き入っている。


『ブツン……』


 いきなり演奏が止まり、咲は慌てて声を止めた。


「え!? なにこれ!?」


「だめだ、全然音が出なくなった!」


 今までの音楽人生で最高の歌を故障などのトラブルで止められた咲と和彦はひどく焦燥をし始める。


 係員が、これは何がどうなったんだと裏の方へと行き原因を調査する。


(俺たちの夢が……! これならば、優勝は間違い無いんだがなと思うんだが……! 早く直してくれ!)


 現役の頃とは違った、比べ物にならない曲が弾けないのを和彦達は悔しそうにし、係員の原因調査がまだかまだかと一日千秋の思いで待ちわびている。


「原因がわかったぞ! 誰かが、裏の電源のところに飲み物かなんかをこぼしたんだ! ショートしてて使い物にならないぞ!」


「えーどうしよう……まいったなこりゃあ」


 係員達の狼狽する声を聞き、電源が使えないとなると曲が流れずに、これはもう終わったのではないかなと和彦達は絶望する。


 篤達が集まり、係員や担当の職員と話し合っており、その様子を不安げに和彦達は見つめている。


「早く出せ!」


「聴きたいんだよ!」


 群衆達の声を口々に聞き、自分達の歌声が少し認めてもらえたんだなと、和彦達は思うが、待つこと20分ぐらいして、篤がマイクを持ち、観客達に向かって口を開く。


「えー、主要電源が全て浸水してしまって使い物にならなくなってしまった為、このライブは中止にします。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした……」


「金返せ馬鹿野郎!」


「死ねよクソ野郎!」


 観客席からステージに向かって飛んでくる、飲みかけのペットボトルやビール缶が篤に当たっているのを見て、和彦は痛々しい気持ちに襲われる。


 ……彼等の初めてのライブは、ここで潰えてしまった。


 ♫♫♫♫


 X駅のそばにある、粗悪品で廉価な値段でメニューを出してくれることで有名な、大衆向けの居酒屋に、和彦達はいて、やけ酒を飲んでいる。


「あー畜生、誰なのよ!? 水濡らした馬鹿は!」


 空になった焼酎のグラスは既に5杯目、既に出来上がってしまった咲は不満を垂れている。


 座席が空いてなかったので、カウンターだが、周りの客はそんな咲を見てドン引きしてる様子である。


「飲みすぎだよ咲ちゃん……」


「でもねぇ、私たちあんなに頑張ったんですよ! それが、どこかの馬鹿のせいで台無しに……!」


 咲はいきなり、啜り泣き始め、周囲は気まずい雰囲気となる。


 店の扉が開き、和彦はチラリと見やるが、一平と貴子が客として入ってくるのが見え、彼等に手を振る。


「あれっ? お前らいたんだ」


「あぁ、ライブの帰りなんですよ、なんかちょっとここ狭いな、すいません、座席に変えてもらえませんか?」


 貴子は、茶髪の短髪の大学生らしきバイト店員にそう伝え、席を変えてもらうことにする。


 席を移動しても、咲は相変わらず泣いている。


 事情を知らない一平達は何事かと思い、気まずい顔をしている和彦を見やる。


「なぁ、咲ちゃんなんかあったのか?」


「いやな、ライブやったろ? 機材が壊れちまってな、大会がパーになったんだよ……」


「そうなんだな……」


 貴子は咲の肩を抱きしめる。


「ねぇ咲ちゃん、これでもう終わりってわけじゃないから、元気出して、ねぇ……いつまでもクヨクヨしてたらダメよ」


「うん、だってぇ……私達、深夜の2時まで練習したんですよ、それが、何処の誰かのせいでパーになるだなんて……!」


「でもよ、別に会社は動画とか副業は禁止してねーんだろ? ならよ、お面とか被ってやるのはどうだ? それならばバレないぞ」


 一平の一言に、先程までは悲壮感で満ち溢れていた咲の顔色はみるみるうちに目に生気が宿り変わっていく。


「それですよ、早速やりましょうよ和さん!」


「あ、あぁ……! やろう!」


「よーし早速明日から……うっ……!」


 咲は床に向かって、吐瀉物を吐き散らした。

















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