第28話 再会
黒一色で、天井にぶら下がった裸電球で辛うじて灯りが灯されている部屋の中に、和彦は立っている。
扉はあるのだが、軟禁されていると言っても過言ではない状況であり、和彦は不気味な気持ちに襲われる。
(ここはどこなんだ? まさか夢なのではないのか……?)
夢は誰にでも見ることであり、仮にそれが悪夢だとしても、夢だと思えばすぐに過ぎ去っていくと或る心理学者の書籍にそう書かれており、和彦はこの異質な空間にあること自体が夢なのだと心の中で思い、気持ちを落ち着かせようとタバコに火をつけようとするが、自分が服を着ておらず、裸なんだなと気がついた。
(いや確か俺、パジャマ着たまま寝てたはずだったよなぁ!? 何で裸なんだ!?)
全裸でないと寝れない人間は存在するのだが、和彦にそんな嗜好はなく、キチンと紺と白のストライプ柄のパジャマを着て寝るのだが、今は何故か着ておらず、これはリアルな夢なんだなと感じる。
ギギギ、と扉が微かに開き、外は太陽が照らされているのか、光が入ってくる。
(誰なんだ……?)
得体の知れない生き物か、それとも人間なのか、監禁するということは、ロクでもない連中に変わりがないだろうーー和彦はそう思いながら、体をこわばらせる。
扉が完全に開き、光が入ってきて部屋が照らされると、そこには無数の鴉の死骸で埋め尽くされており、目の前には葬式にでも行くのか、黒装束を着て、黒のヴェールを被っている、和彦の背丈と同じくらいの背丈の女が、和彦の目の前に立っている。
「誰だ!? あんたは!?」
和彦は、当然の事ながらこの不気味な女とは面識は無く、海外のスプラッタホラー映画のような、動物の死骸で埋め尽くされている、得体の知れない部屋で何かをされるのではないかと恐怖に駆られる。
その女は、ヴェールを頭から外す。
「!?」
「和彦さん……会いたかったわ」
和彦の目の前には、琴音が微笑みながら立っている。
♫♫♫♫
「うわぁぁぁぁー!」
「和さん! どうしたんですか!?」
和彦は自分の悲鳴で目が覚め、ガバリと起きて太陽の光で照らされた部屋の中を見やり、鴉の死骸が無く、漫画本とゲーム、DVDとアニメやゲームキャラのフィギュアで埋め尽くされた、いかにもオタクですよという自分の部屋だと分かり、安堵のため息をつく。
「いや、ごめん……なんか。俺昨日ここで寝てたんだな」
「ええ、そうですよ……昨日ね、ライブの練習して、家に着いて寝てたんですよ私達。さっきなんかすごい悲鳴が聞こえたから、部屋に入ってきたんですよ。てか……鍵してないのは如何なものかなと……無用心すぎますよー」
「あぁ、そうだったな……思い出したわ。ライブに行かなきゃな。電車は……」
「まだ2時間半ぐらいありますよ、なんか軽く食べていきましょうよ」
「うん……ちょっと俺顔洗ってくるわ……」
和彦は軽く頭をかいて、ユニットバスになっている洗面所へと足を進める。
洗面所に入り、鏡を見て髭を剃ろうとすると、和彦の後ろには琴音の姿が写っている。
「うわぁっ!?」
慌てて後ろを振り返ると、クリーム色の扉がそこにはあるだけである。
「和さん、どうしたの!?」
扉が開き、慌てた表情を浮かべている咲が部屋の中に入ってくる。
「あ、いや、何でもないんだ、うん……」
「そうですか、ねぇ、最近疲れたまってるんじゃないですか……? これ終わったら温泉にでもいきましょうよ……」
咲は心配そうに和彦にそう言う。
(まさか、琴音が出てきた事とか、悪夢を見た事とか、死んでも言えないぜ……)
和彦は、うんそうだねと軽く頷いて、シェービングジェルを頬に塗った。
♫♫♫♫
音楽祭は、X市では初めてだが、目玉になる可能性を秘めたイベントであり、この町で退屈な日々を過ごす10〜30代の若者にとっては気を紛らわすものだと篤は思いながら、備え付けの喫煙所でタバコをふかし、参加者を見ている。
(俺の勘が正しければ、あいつは多分、今日キャンセルせずに参加するはずだ……)
篤の目には、音楽で世間に認められるのは勿論の事、ここで有名になり動画で紹介され、メジャーデビューの声がかからないだろうかと目論む、純粋に音楽を楽しまない不埒な、淀んだ目をした連中が映り、自分がまだ若い頃は、音楽はもっと純粋なものだったんだけどなぁとため息をつく。
まだ篤が20代で音楽活動に精を入れていた頃、真っ直ぐで這い上がってやろうというギラついた目をした人間は何人か見ていたが、そんな骨のある人間は、やれ就職だとかやれ家庭だとかの保守的な理由で、篤の目の前から消えていった。
記憶に残っている人間で、そいつは社会人をやっている筈なのだが、暇つぶしの道楽か何かで今日この場にいる筈であるなと篤は思いながら、喉の渇きを覚え、いつも飲んでいる微糖の缶コーヒーを飲もうと自販機へと足を進めようとする。
(ん……)
ふと、30代ぐらいの肌艶の、顔はそんなに不細工では無く中の上、上の下といった具合の、どことなく冴えないオタクのオーラがあるサングラスをかけた青年と、20代前半で美人で、男性経験は豊富そうな、これまたサングラスをかけた女性がおり、その、売れない芸能人のような微妙なセレブ感を醸し出す凸凹した組み合わせに篤は違和感を覚える。
彼らはギターとキャリーバッグを持っており、出演者だなと窺い知ることができるが、その男は篤を見て、驚きの表情を上げ、サングラスを外す。
「あのう、淀川さん、っすよね……?」
「……? あ、あぁ、そうですが……なぁ、あんたもしかして、朝霧か?」
篤の脳裏に、20代の頃の思い出が驚くべきスピードで蘇り、その中の記憶にある人間で、和葉が思い出され、その和彦が、思い出よりも少し老けたのだが、篤の前に立っている。
「ご無沙汰しております!」
和彦は微笑み、篤に会釈をする。
♫♫♫♫
篤と和彦は、学生時代に同じバンドに所属していた。
現役で合格した和彦とは違い、篤は高校時代は音楽にかまけて勉学を怠り、二浪して入った為に学年は一緒だったが、年は2歳年上である。
篤は和彦のギターテクニックを畏怖し敬意を払い、自分を認めてれる人が今までいなかった和彦は自然に篤に敬語を使うようになり、琴音と共に同じバンドで活動をしたのだが、篤は家庭の事情で退学をせざるを得なくなり、和彦は琴音と二人で活動せざるをえなくなった。
ステージの端にある待合室で、彼らはいて、昔の話を軽くして盛り上がっている。
「琴音ちゃんが、そんな病気になってたとはな……」
琴音の話を和彦から聞いた篤は、振られて別れた事、癌になってしまった事を知って、和彦に何で声をかけていいのか分からないでいる。
「いえ、これはどちらにせよ、遅かれ早かれ誰にでもがんはなる事です。琴音も俺と別れて医者と結婚できて幸せでしょう、世の中の八割の物は金で買えますから。代わりのメンバーですが、うちの会社の派遣社員で部下にあたるのですが、柊咲です。彼女の歌声は素晴らしいですよ」
咲は照れ臭そうに、篤に会釈笑いをする。
「そっか……お前らの歌声とやらを堪能させてもらうわ」
「所で、CDチューンとかは流して良かったんでしたっけ?」
「あぁ、使っていいが、お前らラップでもやるのか? いや別に止めねーし、禁止事項に入ってないのだが……」
篤は和彦の発言に、確かこいつはラップはやってなかったなと思い出して不思議な表情を浮かべる。
「いえ……それは見てからのお楽しみです」
和彦はニヤリと笑い、次の出番に備えてギターを軽くかき鳴らした?
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