第27話 祭りその2

 言霊神社はそこまで大きくはない、中規模の神社だが歴史は古く、紀元800年程前にできたと文献には記されている。


 年に何度か、定例祭が開かれており、屋台は隣の公園でも出てくる時がある。


 この神社の神様は少し変わっており、音楽の神様として祀られており、音楽を志す者は勿論のこと、音楽業界者ならば一度は参拝に訪れる神社である事が知られている。


 和彦はこの神社の存在は、咲には知らないと言っていたが、実は知っており、オーディション前に琴音と共に何度か参拝に出かけていたが全く目が出ずに、深夜ここでヤケ酒を飲んで酔っ払って琴音と境内で青姦をした後、腹いせに鳥居に小便をかけ、飲み過ぎてリバースして吐瀉物をかけて以来参拝には全く出かけていない。


 今よく考えれば、自分がこんな、疲弊して擦り切れた、世紀末的な世界で燻った日々を送るのはバチが当たったのかも知れないと、あの時のお詫びにコンビニで日本酒を御供物に買い、咲と共に参拝客に混じり、神社の賽銭箱の前にいる。


「和さん、お賽銭は50円玉がいいらしいんすよ、知ってましたぁ?」


「いや知らなんだな。やけにスピリチュアルな事知ってるな……小銭がないからな、えーい、贅沢に1000円でいいか。あの時のお詫びだし……」


「あの時のお詫び?」


「あ、いや、何でもないんだよ、こっちの話なんだ……」


(まさか、8年前に酔っ払って鳥居のところで琴音と青姦やって、小便かけて、リバースした事なんて死んでも言えないぜ……!)


まだ和彦が大学生の時、琴音と酔っぱらった勢いでこの神社で粗相をしたのである。


「ふぅーんそうですか。これねぇ、やり方があるんですよ」


「やり方? んな、金入れてお願い事するだけなんじゃなかったのか?」


「うーんとねぇ、お金入れた後に自分の住所氏名と年齢を言って、願い事をいって、祓いたまえ、清めたまえと言うんですよ。そうしないと神様は願い事叶えてくれないんですよ」


「ふぅーんそうか。なんか面倒臭いがやるか」


「そうね」


 彼等は賽銭をそれぞれ賽銭箱に投げ入れて、合掌してお願い事をする。


「……咲ちゃんとメジャーデビューして、ビッグになれますように……祓いたまえ、清めたまえ……」


 和彦は、文系だったが受験の時に数学2を選択しておりやや理系寄りの文系であり、科学を専攻している大学時代の友人からいろいろな話を聞いており、神様は存在が確認されないのだが、人の心の拠り所の偶像的な存在だなと認識している。


(どうせこんなの気休めなしからならねーんだよなぁ……)


「……メジャーデビューを……和彦さんと……清めたまえ……」


「ん?」


 周囲の祭りを楽しむ声で咲のお願い事があまりよく聞こえなかった和彦は、いったいどんなお願い事をしているのか気になっているのだが、人の願いを聞くのは野暮だなと、咲が願い事をおわったのを見計らって、何かを食べようかと言って屋台の方へと足を進める。


「あーお腹すいたー、何を食べようかしら」


「俺たん塩ステーキとお好み焼きだなぁ」


「あっ、それいいっすよね! 赤ワインなんて最高ですから!」


 咲は目の前にある、飲食の屋台を見て舌をじゅるりと鳴らしている。


 他の屋台は、某世界的なアニメーションのバルーンだとか金魚すくいだとかスーパーボールすくいに射的、焼きそばとじゃがバター、焼きリンゴなどがでており、その中の一つに和彦は目を奪われる。


「どれを食べに行きますか?」


「咲ちゃん、これ見てみろ」


 和彦が指差す先には、お面屋さんがあり、そこには某国民的アニメや世界的に有名なアニメのお面や、定番の天狗やおかめ、ひょっとこのお面がある。


「これ、使えないか?」


「うん!? これ……いい! これ使いましょう! おっちゃん、このね、お面二つください!」


 咲は天狗とおかめのお面を指差す。


(俺はひょっとこのお面の方が好きなんだが……まぁいいか。さてと、おごってやるか)


 和彦はここでお金を出して奢れば、自分のポイントは高いだろうなと思い、レザー製の財布を取り出して中身を見やる。


「……!?」


「どうしたんですか、和さん」


「俺間違えて一万円を出しちまったみたいだ……1000円しかねぇ、ごめん、お面は割り勘でいいかなぁ?」


「フフフ……! マヌケだなぁ、いいですよ。なんなら、屋台のお金も出しますよ、いつもご飯代を余分にお金出してくれるお礼ですよ」


「ありがとうな、おばちゃん、これくれよ」


 和彦は天狗とおかめのお面を、パンチパーマの中年の女性店員に手渡して会計をする。


「あらなんか、子供へのプレゼントかい?」


「いえ……私たちは……その……恋び……」


「いえ、単なる友人で親戚の子供に買ってあげるのです」


 和彦は、咲が自分たちのことをつい、恋人と口走りそうになったのを嬉しそうに思いながら、会計を済ませた。


 屋台の方へと足を進めると、後ろから自分たちを呼ぶ声が聞こえて後ろを振り返ると、一平と貴子がいる。


「あれっ? お前らデート?」


 一平が冷やかしで声をかけるのだが、貴子は一平の頭をすかさず叩く。


「馬鹿! あんたねぇ、失礼でしょ! でもなんで二人でここにいるの?」


「あ、いや、それは……たまたま、通りがかったんですよ」


「ふぅーん、もしかして、音楽祭のライブがストリートミュージシャン?」


 貴子の核心を突く質問に、彼等は思わず本当のことを言いたくなるのだが、口をつぐんでしまい、何かを察した貴子達はふふ、と微笑みながら和彦の肩を叩く。


「まぁ、せいぜい頑張れや、止めやしねぇから。ただバレないようにやれよ。副業をやるのは止められてはないが、好ましくはないからな……」


「ねぇ私たちこれからね、飲みに行くんだけど飲みに行かない? この馬鹿、やらないって言っていたバイナリーで3万円儲けたからね、泡銭で飲みに行きましょう……やらないって言ったのはこの口?」


 貴子は一平の口を思い切りつねる。


「痛てて……! 分かったよ、奢るからさ……もう2度とやらないから許してちょ……」


「結婚してまたやったら、調停で慰謝料を貰うからねぇ……」


「ひええ! もうやらないよ!」


 喧嘩するほど仲が良いとは言うが、それにしても、一平のクズっぷりは一生治らないだろうなと、貴子と一平を見ながら、自分ももし誰かと付き合ったらこんな関係になりたいなと思い、和彦は咲をチラリと見やり、思わず目線が合い、お互い顔を赤らめて背ける。


 そんな、自分の思いをなかなか伝えられない高校生のような様子を見て、貴子は純ねぇ、と思い、飲みに行こうと彼等を連れて、駅前の居酒屋に向かって歩き始めた。

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