第23話 誤解
仕事が終わった後、和彦と咲は喫茶店で合流する。
勿論、社内で変な噂を流されたくはないので、辺りを挙動不審者の如くキョロキョロと見回して社員の誰かがいないか調べてから、この店に入ることになった。
「はぁーあ、この店は光画社さんの社員やら派遣さんがよく来るからなあー、変な噂を流されたくはねーな」
和彦は、自分が正社員で咲が派遣社員であり、身分差のある恋愛はタブー扱いとなっているから、付き合いたいと思ってもできないんだよなと軽くため息をつく。
「あー、溜息ついた! 幸せが消えていってしまいますよー!」
「あ、ああ……」
(この子に、俺が惚れていることは黙っておこう、俺のような奴とは付き合わない方が幸せなんだ……!)
「はぁーあ」
「あーまただー! ねぇ、音楽の事は、機械に頼らなくても良いじゃないですかー! ギターでやりましょうよ!」
咲は和彦が自分の事に惚れているのを気が付かずに、音楽祭のことで頭がいっぱいである。
咲の一言に、自分達の目の前にある大きな壁をどうやって乗り越えれば良いのだろうかという現実が和彦に襲いかかってくる。
「そうなんだよな、ギター一本槍かぁ……でもなぁ、メジャーを目指してるやつって大半が専門の音響機械を持っていて、そこで音楽を作ってるんだよ……今はEDMをミックスしたのが主流なんだよなぁ……」
和彦がいつも見ている、再生件数一億超えのさる有名な海外のバンドは、EDMやラップをミックスしたオルタナティブなものであり、そこまでやらないと日本では咲ぐらいの若い連中が飛びつかないだろうなと思い、タバコに火をつける。
「んな、要は心ですよ!」
「いやそうなんだが……いや、気合いなどの感情論で勝てるほどは甘くはないが……ん?」
和彦は、咲の持っている鞄に、新聞紙の切れ端が付いているのに気がつく。
「咲ちゃん。新聞でも買ったのか?」
「あぁ、これですね。実は競馬新聞なんですよ」
和彦は、口にしているコーヒーをぶっ、と吐き出す。
「んな、若いのに競馬だと!? ギャンブルだけは手を出してはいけない物だ! てかなんだってそんなものに手を出すんだ!」
「いやね、万馬券当たれば、機材を買う金が手に入るかなって思って……」
咲は、罰が悪そうな顔をして、俯いてそう口を開く。
「馬鹿、そんなものやっても外れるだけだよ、なんだよ、ギター一本だって言ってたんじゃないか……兎も角、もうやってはならないよ」
「んな、和彦さんだって、バイナリーやってるんじゃないですか? 一平さんから聞きましたよ」
「あの馬鹿、余計な事を……うん、そうだよ、やってるよ。実は2万ぐらい儲けたんだが、それでも焼け石に水なんだよなぁ……」
「ねぇ、その買ったお金全て万馬券に費やしてみませんか!?」
「んな、ったって、外れるかもしれないじゃないか……」
「やってみないとわからないですよ、やってみましょうよ」
「う、うん……」
和彦は、多分外れるんだよな、飲み代に使おうと思ってたのになあと思いながらタバコに火を付ける。
咲は競馬新聞を和彦の前に広げて、この万馬券にしよう、馬はこれとこれだけどと言っているのだが、ギャンブルは全くの経験がない和彦は咲が言っている事が異世界の住民の話している言葉にしか聞こえない。
だが、咲もまた、競馬の世界は美智子に一度教わったきりで何も知らないのである。
「あらっ? 二人して競馬やるの?」
後ろから声が聞こえて、彼らは慌てて振り返ると、そこには美智子がニヤニヤと笑いながら立っている。
「え、ええ……」
「頑張ってねお二人さん」
美智子はふふふと笑って立ち去って行く。
(やっべぇ、次の日なんか変な噂になってなければいいんだがなあ……)
和彦は、美智子が野次馬根性丸出しでろくな事をしないんではないかと不安になりながら、タバコを灰皿にもみ消した。
♫♫♫♫
次の日の休憩中、食堂で和彦と咲、一平が消費税増税の影響で一杯90円に値上がりしたコーヒーを飲んでいると、貴子がニヤニヤと笑いながら近寄ってくる。
(なんでニヤついてるんだ? なんか、嫌な予感がする……)
「ねぇ、咲ちゃんさ……」
貴子は咲に耳打ちをする。
「え!? 嫌だなぁ、そんな事ないですよ!」
咲は顔を真っ赤にして、貴子の発言を否定する。
「でもあのおばさん、噂にしてたわよ」
「違いますってば〜」
「?」
貴子はニヤつきながら、和彦に小声で口を開く。
「ねぇ、あんたたち付き合ってるって噂が流れてるのよ、知ってた?」
「え!?」
和彦は飲んでいたコーヒーを吐き出す。
「汚えな!」
一平は服についたコーヒーを備え付けの手拭き紙で拭き取る。
「いや俺たちそんな事ないっすよ!」
「ふーん、でもさ、なんか二人で競馬を予想してたって、あのおばさん言ってたわよ」
「いやあれは……その……」
咲はなんで答えたら良いのか、まさか自分達が音楽祭に向けての機材集めをするための費用を集めているとは言えないなと思い、適当な理由を考えている。
貴子は、二人がなんとなく何をやろうか知っている様子で、ニヤリと笑って口を開く。
「まぁ、音楽は程々にね……」
「え? お前らまだやってたの?」
一平は驚いた顔つきで、和彦たちを見やる。
「あ、あぁ。実は音楽祭が月末にあるんだよ、それで、その……機材集めるために金を工面しようかなと……」
「ふーん、まぁ競馬はあまり当たらないからあてにはしないほうがいいかもな。まぁ、ほどほどに頑張るんだな。煙草吸いに行こうぜ」
一平はコーヒーを飲み干して、椅子から立ち上がり、和彦もまた立ち上がった。
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