第21話 壁

 どんな人間でも一度は夢見る職業――ミュージシャンに和彦はなりたいと渇望した時期はあったのだが、残念な事に和彦に曲作りの才能は無く、当時ライブで流していた曲は流行歌や琴音が作っていた曲であった。


 咲もまた、音楽活動をしている時にオリジナルの曲は作ったものの、オーディションに出て演奏してもスカウトマンに見向きもされずに、和彦と同じく音楽家の才能はお世辞にも無かったのである。


 和彦の作った曲を聴き終えて、彼等は溜息をついた。


「いや何? 溜息って……」


 和彦はかつて自分が青春の全てを捧げて作った自信の曲を聴いて、呆れた表情を浮かべて肩を落とす咲を見て、軽く苛立ちながらそう言う。


「いやごめんなさいね……どうしましょうか? 曲は……」


 咲は自分が和彦の曲に才能がないと言いたげな態度を取ってしまったことを慌てて否定して、話をずらす。


「うーん、どうすっかなあ、これは……」


「うーん、てかね、ここで悩んでもあれだしね、気晴らしになんか動画でも見てリフレッシュしましょうよ……」


「リフレッシュかぁ、そうだよなぁ、よく考えたら俺たち全然、仕事と曲作りばっかで自分の楽しみを満喫してなかったものな……オススメの動画はあるのか?」


 和彦はパソコンを立ち上げて、YouTubeを開く。


 そこには、和彦がつい最近までハマっていたボカロの他に、一昔前に流行ったメロコアやメタル、ヒップホップなどの洋楽の動画をリミックスしたものがある。


「何かしらこれ?」


 咲は顔にクエスチョンマークを浮かびながら、リミックスした動画を指差す。


「あぁ、これはな、昔の曲をパソコンか何かでリミックスしているものなんだよ……ん? 待てよ、これは……?」


 和彦は何かを閃いたかのような顔を浮かべており、それを見た咲は、何かしめたような顔をした。


「……なぁ、今まで俺たちが作った曲をパソコンに取り込んで、リミックスすれば……」


「良いですね、これは……」


 咲はニヤリと笑い和彦を見つめる。


 ♫♫♫♫


 流行の曲の音源に手を加えて、再度また出し直す手法は、10年以上前からあったのだが、YouTubeの台頭から再び注目を集めている。


 彼等がまず行ったことは、自分たちの曲を再びパソコンに取り込むこと。


 その中で、自分たちの中で一番良いと思うフレーズを合成するのだが、ここで一つの壁が立ち塞がった。


「ねぇ、これって……専用の機器がないと無理なんじゃない?」


 咲は一足早く壁に気がつく。


「うん、そうだよなぁ……」


 和彦もまた、壁に気がついていた。


 専用の音響機器を揃えるには、数十万円程度かかる。


 仮にそれを揃えたとしても、周囲への迷惑を考えなければならないし、防音設備が整っている部屋を探さなければならない。


 給料20万円にも満たない彼等にとって、それは大きな障壁である。


 パソコンで曲を取り込んだのはいいのだが、彼等にはそれに手を加えるための機器は持ち合わせてはおらず、振り出しから戻る状態に陥ってしまった。


「うーん、どうしたら良いんだろう……?」


 和彦は偏差値45程度の脳みそで考えているのだが、何かいい打開策は浮かんでこないでいる。


「ねぇ、和彦さん……まぁそりゃ、パソコンで作るのはいいけれども、やはり私達、ギター一本で勝負してみましょうよ。ダメ元だけれども。パソコンでやるのは莫大な金がかかってしまうのよ……」


「うーん、いやだが、なんかな……とりあえずはこの事は置いておいて、練習しようか」


「そうね、私の歌声と、和彦さんの作ったメロディを合わせてなんとかやっていきましょう。何もしないよりかは遥かにマシだわ……!」


「あ、ああ、そうだな……」


 咲は和彦にそう言い、ギターを手に取る。


 自分と5歳ほどしか年齢が変わらず、勢いがある咲の熱意にやられたのか、和彦は一呼吸を置いて、かつて昔に書いた楽譜のページをめくる。










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