第4章:音楽祭

第20話 始動

 X市は規模はそれなりに大きいものの、パッとするイベントがなく、経済も停滞気味で、いまいち町の盛り上がりに欠けていた。


 だがそんなある日、議員の誰かが、公園でのストリートミュージシャンを見て、若者が飛びつくだろうという目論見で、音楽祭をやろうと声を上げる。


 他に特に意見は無く、異を唱えるものはいなかった為、無事に可決となり、かくして第一回の音楽祭を開催する事となった。


 市役所の会議室、三年前に市議会議員になったばかりの淀川篤(ヨドカワ アツシ)を始めとする音楽祭の担当の人間達が、参加するバンド達のプロフィールを見ている。


(こいつら、普通に働いていないんだろうな……)


 篤は、かつて自分がそうだった時のように、目の前の書類に書いてあるバンド達の大半が無職なんだろうなと思い、溜息をつく。


 まだ篤が市議会議員になる数年前、当時23歳だった篤はバンドをしていてメジャーデビューを目論んでいたが、反対していた父親が脳卒中で倒れ、仕方なくバンドを諦めて中小規模の建築会社に入社した。


「音楽で天下取れなかったから、代わりに社会で天下取ってやるか」――


 今から3年前、篤が28歳の時に、周りの勧めもあり、今まで貯めたお金を使い市議会議員に立候補して見事に当選を果たした。


 その日から市長の荻野裕也(ハギノ ユウヤ)の下で馬車馬のように働く事となる。


 半年前、町おこしのイベントを考える事となり、ふと篤の胸に昔の音楽の情熱が去来し、駄目元で提案したら誰も反対する者がおらず、満場一致で可決となったのである。


(ん?)


 篤はふと、手にした書類を二度見した。


 その書類は、和彦と咲の顔写真が貼られた応募書類であり、篤の脳裏に和彦の事がよぎる。


「どうなさいましたか?」


 自分よりも一回り歳上の、頭が禿げ上がり分厚い黒縁メガネをかけた加齢臭が漂う男性の市役所職員は、何かあったのかと篤を心配そうな顔つきで見やる。


「あ、いや……この、彼等は?」


「あぁ、これを見ると、同じ会社に勤めてるようですね。光画社さんか。この男の人、もう30になるのによくやってますね……」


 音楽は金持ちの道楽、馬鹿の暇潰しだと言いたげなその男は再び書類に目をやる。


(……あいつ、まだ音楽をやっていたんだなぁ)


 篤は和彦の顔写真を懐かしい顔つきで見つめ、すぐに別の応募者の書類を見やる。


 ♬♬♬♬


「あーダメだこんなんじゃあ!」


 和彦は発狂せんばかりに頭を掻き毟り、目の前に置かれている、文字の書かれたルーズリーフをグシャグシャにしてゴミ箱に投げ捨てる。


『参加者の曲は完全なオリジナルに限る』ーー


 音楽祭の参加条件として、完全なるオリジナルの曲となっている。


 時間は3週間程しかなく、切羽詰まっているのか、普段一箱いかないタバコが、ここ二日間で1日に二箱吸うようになってしまっていた。


 ドアがノックされて、和彦は立ち上がり、ドアを開けると、楽譜を持った咲が、和彦同様に焦燥しきった顔つきで和彦の前に立っている。


「和さん、楽譜作ってきたわ。後は歌詞だけよ」


「分かった、早速試してみよう。てか早くね?」


「実はこれは、高校の時に書き溜めていた曲なのよ」


咲はまるで、昔の黒歴史を掘り起こされたかのように照れくさい顔をして和彦にそう言う。


「そうか……あっ、実は俺も、大学時代に書いていた曲があったな、結局ボツになったが」


和彦もまた、かつては夢を追い求めた時に書き溜めた曲があった事が手元にあるのだが、それは恥ずかしい内容であり、今まで誰にも話してはいなかったのである。


「それも使ってみましょう! 何にせよ、時間がないわ!」


「あぁ、ちょっと待ってろ!」


 和彦は自分の部屋へと戻り、本棚を探し始める。


 山積みになった漫画本やゲーム関連の雑誌の奥に、一冊の古ぼけたノートが置かれており、和彦はそれを見やると、楽譜が書いてある。


「あった、『レクイエム』。これだ……!」


 それは、和彦が生まれて初めて作った曲であった。


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