第13話 秘密
人間は、生き甲斐があると輝いて見えるという――
「ねぇなんか、朝霧さん凛々しくなったと思わない?」
「そうねぇ、なんか、先週までは死んだ魚のような眼をしてたんだけどねぇ……」
「女でもできたんじゃないの?」
昼休みの食堂では、和彦の噂で持ちきりである。
つい先日まで和彦の事を、『オタク野郎』、『キモメン』『ブサメン』と小馬鹿にしていた会社の頭が悪そうな馬鹿の女性社員のグループが、イケメンへと変わりつつある和彦に掌を返したかのように興味を示している。
何故こう、女ってのは男を顔でしか判断しないのかねぇ、どちらが心が醜いんだかーー貴子はそう思いながら、ソファに座りカフェラテを飲みながらテレビを見ている。
「咲ちゃん」
スヤスヤと安らかな寝息を立てて寝ている……とは程遠く、小さな口をのどちんこが見えんばかりに大きく開けて、首を右に左に回して寝ている咲の耳たぶをつねり、咲は目が覚めた。
「ふぇっ!? は、はい!」
「みっともない寝相だこと。後10分で仕事よ。……てか、ねぇ最近あんた何あったの? 周りの連中が顔が凛々しくなってきてるって噂していたんだけど」
「い、いえ、それは……」
「正直に言いなさいね、隠しても無駄だからね、あんた正直者でしょう? 顔に何かを隠しているって相が出てるわ」
「え……うーん、まぁ、言っちゃっていいかな? でもやっぱり言わない、貴子さんお喋りだから」
「お喋り? 悪いのはこの口ね」
貴子は咲の唇を指でつねりあげる。
「痛ててて!やめてくださいよぉお〜……でも、時期が来たら話しますよ、いまそれどころではないんですよぉ〜落ち着いたら話しますね!」
「おや、パワハラかい?」
貴子の後ろから、不意に美智子の声が聞こえて後ろを振り返ると、姉妹喧嘩を暖かな目で見守る母親の顔をした美智子が微笑みながら立っている。
「あ、いえ……」
「仕事が終われば、やることは個人の自由よ。でもまあ、時期が来たら教えるって言ってるから、それまで待ってるのもいいんじゃないの?」
「うーん、そうですね、そうしましょう」
貴子はさすが先輩の言うことは違うなと思ったのか、咲の口から手を離してやる。
就業10分前のベルが鳴り響く。
「はいはい仕事よ、準備して! 工期に間に合わないんだからね! 今日は残業だからね!」
美智子は手をパンパンと叩き、休憩所で眠りを貪っている作業員を起こす。
その中には、みっともなくヨダレを垂れ流している和彦がいて、目をこすりながら起こす。
「ひえええ! でもまぁ、がっぽり稼げるからいいか! なんでもやりますよ!」
車でも買うのかな、と貴子たちは思いながら、彼等は地獄の作業場へと足を進めて行く。
🎵🎵🎵🎵
仕事が終わった和彦と咲は、一旦家に帰り、目立たないようにサングラスをかけて楽器を持ち家を出る。
そのまま歩いて最寄り駅まで向かい、改札を抜けて、ホームのベンチに腰掛ける。
「はぁ〜あ、貴子さんにバレそうだったぁ〜」
まだ夏の暑さは抜けておらず、咲は着ている古着屋で500円で購入した長袖の赤と黒のチェックシャツの袖をめくり、家から持ってきた炭酸飲料の入ったペットボトルの栓を開けて口に流し込む。
「バレそうだったか、あの人勘が鋭いからなぁ……」
和彦は自分達がやっていることが周りにバレないかどうか不安になっており、顔見知りがいないかどうか軽く周囲を見渡す。
「ここら辺って、光画社の人とか多いですもんね。イコスで美智子さんと会いましたよ」
「あぁ、あの人最近ここら辺うろついてるからなぁ、エンカウントしたくねーよ、オーク並みに気持ち悪いからな……」
「ぶっ……」
和彦の言葉に、咲は軽く吹き出してしまった。
「?」
「エンカウント……まるで、RPG《ロープレ》みたいです」
「咲ちゃんRPG《ロープレ》やるん?」
「ええ、暇潰しにやってますよ、今は練習で忙しいからしてないけれども」
「オンライン?」
「ええ。でも、もうアカウントとか分からないし全然やってないですよ」
「何やってたの?」
「ファイナルクエストファンタジー 《FCF》ですよ。でももう、アカウントとか消しちゃったんですよ、廃人になる一歩手前だったし。それになんか粘着されそうになったから怖くてやめてしまいました……」
「そうか、いや俺それやってるんだよ。でもまぁ、最近殆どやってねーけどな、ゲームよかこっちの方が面白いしな……」
電車がホームに入ってくる音で和彦の言葉はかき消され、満員であり、これは話す暇はないなと和彦は思い、咲とともに電車に乗った。
🎵🎵🎵🎵
20時近くのW駅改札付近には、仕事帰りのサラリーマンや学生が多くおり、家路に着く前の寄り道で、安い居酒屋や飲食店、カラオケやダーツなどの娯楽施設で時間を軽く潰して帰るのが定番。
社会人や学生向けに作られた繁華街に行く駅からの通りには、ストリートミュージシャンが何人かいる。
その日一平と貴子は、仕事帰りにW駅のそばに新しくできた洋食屋にパスタでも食べに行こうとしていた。
「なんだよなー、あのババア。うるせーったらありゃしないんだよ。更年期だべあれは」
「首に出来ないのよねぇ、なんか上の人が首にしたいけどできないって言ってたから、なんか秘密でも握られているのかもねぇ……」
貴子達は、部署のボスとして君臨する美智子の存在に頭を悩ませている。
「ララララ……」
一平達の耳元に、人組の男女の歌声が聞こえてきて、歩みを止める。
「ん? ストリートミュージシャンかよあれは。気楽なもんだなぁ」
「まぁいいんじゃない、彼らには彼らの生き方があるのよ。でも聴いて行ってみない?暇でしょ私達」
「あぁ、そうだな」
一平達はストリートミュージシャン達の方へと足を進める。
彼等を見て、一瞬演奏が軽く止まったかすぐに再開して、歌声が聞こえてくる。
ああ、なんて綺麗な歌声なんだと、一平達は、女性のボーカルの声に聴き入りながらも、どこかで聴いたことのある声だなと、頭の中にある記憶を整理している。
このミュージシャン達はスマホで動画を撮影しているのか、自撮り用の三脚が二台設置して置かれている。
ツイッター、動画をやっているのか、チャンネル名とアカウントが書いてある紙が掲げられている。
彼等の周りには、20人ぐらいの見物客が集まってきている。
演奏が終わり、彼等はパチパチという拍手に包まれる。
「なぁ、あんたら、もしかして、咲ちゃんと和彦か?」
一平は彼等の正体に気がついたのか、そう口を開く。
彼等は観念したかのようにして、サングラスを取ると、バレちまったかと観念した表情を浮かべる和彦と咲がいる。
「バレたか……」
「いや、あんなに上手い歌声はこの街では咲ちゃんぐらいしかいないっしょ。てか、お前ギターこんなうまかったんだな……」
「あぁ、昔バンドやってたんだよ」
「一平さん、貴子さん、この事は会社の人達には内緒にしてもらっていいですか? 秘密にしておきたいんですよ……」
「いいよ。貴子、この話はここだけな」
「ええ、勿論よ。ねぇ、これから私達、イタリアン食べに行くんだけどいかない?」
貴子は優しい顔つきで彼等にそう言う。
「いいですね、ジュースしか飲んでないので腹ペコなんですよ〜」
「俺もチョコバーしか食べてないんだよ」
和彦と咲は荷物をそそくさとまとめながら、彼等の誘いに乗った。
『カァ……』
「ん?」
和彦の背後から鴉の鳴き声が聞こえ。後ろを振り返ると電柱に2羽の鴉が留まっており、ジロリと和彦を見ている。
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