中編

「今回の獲物はゴモリーの街に向かう民間のトラックだ。お宝の中身は燃料や武器弾薬がわんさかってえ話だぜ」

 オールドウルフと呼称される機動歩兵の操縦席に座る小隊長セルジュは、無線で部下にそう呼びかけると胸ポケットからスキットルを取り出し、中身のウイスキーを呷った。

「段取りを確認するぞ。一キロ半まで近づいたら各機荷台を降りて標的に接近。威嚇射撃で止まれば良し、止まる気がねえならタイヤぶち抜いてやれ! 俺は進路を塞ぎにかかる。ニームは背後に回れ。アーク、てめえの骨董品は脚が遅え。だからって遅れるんじゃねえぞ!」

「お言葉ですがセルジュ隊長、ホッグは小回りこそ利きませんが、直進の速度ならウルフに引けを取りません」

 愛機を馬鹿にされた少年兵、アーク・ジー・コリタスはむっとした様子で上官に口答えをした。

「はん、そりゃあ結構なこった。まあ、よろしく頼むぜ、英雄の息子。てめえにゃ期待してんだからよ」

 その言葉はアークの心をさらに逆撫で、沈黙させた。いけ好かない上官を無視することに決めたアークはレーダーを確認し、標的との距離が早く詰まることを願った。

「それにしても砂漠の夜は冷えるぜ。これっぽっちの酒じゃ暖まりゃしねえ。早く終わらせて帰りてえもんだ」

「隊長、自分だけ呑むのはずるいですぜ」

 セルジュのぼやきに、もう一人の部下ニームが軽口を返した。

「馬鹿野郎。てめえの酒はてめえで用意しとけ。……ん、そろそろだな。各機、出撃準備! 俺に続けえ!」

 号令と共にセルジュが機体を発進させ、二人の部下もそれに続いた。ニームの乘機はセルジュと同じオールドウルフ、アークのホッグは一回り大型の機体となる。

 オールドウルフはひと昔前の戦場の主力となった機体で、故障に強く操作性に優れている。正式名称はウルフだが、後継モデルのグレイウルフに戦場での地位を取って代わられるとそう呼ばれるようになった。二機のオールドウルフはいずれも携行用オートキャノンを手にしている。

 ホッグは重装甲で知られた大型の火力支援機だ。両肩にロケットパックを備え、バズーカランチャーを所持している。

「おらあ! 止まりやがれ! 止まらんと撃つぞ!」

 喚くや否や、セルジュのオールドウルフがオートキャノンをぶっ放す。

(もう撃ってるじゃねえか)

 アークは舌打ちしつつホッグを加速させた。


「なんだ、あのド派手な金ぴかは?」

 威嚇射撃の直後、標的の荷台から機動歩兵が一機、滑るように降りてきた。全身が黄金色に輝き、両肩は深紅に塗られている。右手は巨大な鉤爪だ。異様なその姿を見たセルジュたちは色めき立った。ニームが叫ぶ。

「隊長、ありゃキャスパリーグですぜ!」

「なんだ、そりゃ?」

「去年、アリーナでえらく活躍してた機体でさぁ。目立ってたんで覚えてやす」

 なるほど、アリーナの賭け試合に出る手合いなら、ああいう魔改造も珍しくないのかもしれない。

「まあ、なんでもいい。先に金ぴかを排除する。こっちは三機だ、囲んじまえ! 俺は左、ニームは右に回り込め! アークは正面から火力で制圧だ!」

「了解」

 ホッグを中心にオールドウルフが左右に展開し、距離を詰めていく。ホッグの両肩が火を噴き、十数本の小型ロケット弾が敵機に猛然と迫ったが、獲物の左腕に添え付けられているガトリング砲による弾幕が、それらをすべて叩き落とした。標的に届く前に爆散したロケット弾が煙幕となってお互いの姿を覆い隠す。

「嘘だろ!?」

 アークが驚愕の声を上げた時にはすでに、ニームの機体にキャスパリーグが肉迫していた。右腕のパワークローを振るってニーム機の右腕をへし折り、胴体を掴んで持ち上げる。鉤爪は装甲を易々と喰い破り、胴体からバチバチと火花を散らせた。

「ぐわあああぁぁぁぁ!」

 ひしゃげたコクピット内部でもあちこち火花が巻き起こり、パイロットの身体に強力な電流が流し込まれる。動かなくなった機体とは裏腹に、痙攣を引き起こしたニームは狭いコクピットでのたうち回っていた。

 キャスパリーグは動きを止めた獲物を持ち上げたままアークのホッグに迫る。

「寄るんじゃねえよ!」

 アークはバズーカで迎撃したが、敵は担ぎ上げていた荷物を射線上に放り投げた。バズーカの直撃を受けたオールドウルフは木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 黒煙で視界が煙り、ホッグを見失ったケッチーナは踵を返してもう一機の、自分を側面から狙い撃とうとしていたセルジュのオールドウルフへと向かった。

「よくもニームを!」

 怒声と共に吐き出されたオートキャノンのバースト射撃を、ケッチーナは機体をくるりと回転させて躱してみせた。のみならず、回避と同時にガトリング砲を短く放つ。弾丸はオールドウルフの両脚を捉えて破壊した。さらにうつ伏せに倒れた敵機に接近し、脆い背面部に近距離から銃撃を浴びせる。セルジュと愛機は穴だらけになり沈黙した。

「そんな馬鹿な」

 残ったホッグのコクピットでアークは恐怖に震えた。戦闘開始からわずか二十秒ほどの出来事である。これほどの腕前を持つパイロットに相対するのは初めてのことだった。

 愕然としつつも、アークはこの戦いに勝機を見出だしていた。


 ホッグという機体が開発される以前、機動歩兵といえばどれも脆弱な装甲ばかりだった。当時はまだウルフと呼ばれていたオールドウルフも然り。機動歩兵の主力武装はオートキャノンが主流だが、この武器は他の陸上兵器である戦車の装甲を撃ち抜くには威力不足だった。にもかかわらずオートキャノンがメインウェポン足り得たのは、圧倒的な生産性の高さと、それでも機動歩兵が相手なら十分な威力を持っていたからだ。逆に言えば、戦車に比べて機動歩兵はそれほど装甲が弱かったのである。そんな時代に、ホッグは『戦車並みの装甲を持った機動歩兵』として開発された機体なのだ。

 結果として、サイズの関係で実質的な耐久力は戦車に及ばぬものの、ホッグは戦車と同等程度の装甲を持つ。だが、その鈍重さは機動歩兵としては致命的で、前線を支えるには役者不足だった。後方に回されたホッグは火力支援機としての地位を確立するが、パイロットの生存率の高さが注目されるようになると、指揮官機としても重用されるようになった。そして今日においてさえ、ホッグを上回る装甲の機動歩兵は存在しない。防御力だけで言えば、ホッグは史上最高の機動歩兵と言える。

 面の制圧に長けたガトリング砲は破壊力、殲滅力の高い武器ではあるが、貫通力はそれほどでもない。ホッグの装甲であれば零距離での至近弾でも喰らわない限りは耐えられるはずだ。相手の装備はシンプルで、ガトリング砲以外の武器は右腕の鉤爪だけだ。威力は未知数だが、機体のサイズ差を見ればホッグのパワーを上回るとは思えない。

(つまり、あいつにはこちらを破壊する手だてがないということ)

「落ち着け、普通にやれば勝てる」

 震えが止まらない己自身に、アークは呪文を唱えるようにして言い聞かせた。


(これで一対一ね。どう料理しようかしら)

 オールドウルフ二機を破壊したケッチーナは、残ったホッグの様子を観察した。相手はこちらに照準を合わせてはいるが、無闇に撃ってくるつもりはないようだ。左右に動いて揺さぶりをかけているキャスパリーグに対し、その場で動かず待ちの姿勢を崩さない。頭部のセンサーカメラだけがこちらの動きに反応している。

(まあ、ホッグ乗りの基本よね。素人ではなさそうだけど、凄みはないわ)

 ケッチーナは、機動歩兵同士が競い合う見せ物を生業とする闘技者だ。ホッグを相手にした戦闘も何度か経験している。機体の特性は承知していた。相手は堅牢な装甲を頼みに攻撃に耐え、こちらの隙を突く作戦なのだろう。ジョナサンが乗っているトレーラーが離脱する時間を稼げるのはいいが、別働隊がいる可能性を考えれば離れ過ぎるのも危険である。

(燃料ももったいないしね。それに、いくら装甲が硬くても撃たれちゃまずい箇所があるんじゃないかしら?)

 ケッチーナは狙いをある一点に定め、短期決戦に出ることにした。しかし、次にアークの取った行動はケッチーナの作戦を覆すものだった。

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