後編

 脚部のホイールを用いて蛇行運転スラロームを続けるキャスパリーグに対し、ホッグは両肩からロケット弾を発射した。軽くあしらうようにそれを躱すが、第二、第三波と火箭が続けざまに飛来する。

 ケッチーナはジョナサンが乗るトレーラーとの相対距離を直感的に探り、流れ弾が届かないことを確認するとキャスパリーグを加速させた。黄金色の機動歩兵はホッグを中心に円を描いて疾走し、それを追う百発近い炎の雨が地面に無数のクレーターを作り続ける。

 やがて弾を撃ち尽くすと、アークは空になったロケットパックを切り離した。それはホッグの足元にずしりとめり込む。ケッチーナは舌を巻くほかなかった。

「やってくれるじゃない」

 ガトリング砲で装甲が撃ち抜けなくても、あのロケットパックを破壊することはできた。ロケット弾内部の炸薬に引火すれば、ホッグとて無事では済まない規模の爆発を誘発したはずだ。作戦の変更を余儀なくされたケッチーナは機体を切り返して敵との距離を詰めていく。

「クレーターデスマッチってところかしら」

 ロケット弾はホッグを中心に円を描いて大地を抉っている。それはあたかも即席の円形闘技場リングを作り出したかのようだった。

 キャスパリーグはすり鉢状のクレーターのひとつに近づくと、斜面をスケーターよろしく滑降した。一気に加速した機体は勢いを殺さず反対側の斜面を駆け上り、そのまま空中に躍り出ると上空から敵機にガトリング砲を浴びせる。ホッグは手にしたバズーカを庇うように半身で受け、相手の着地に合わせて狙い撃った。

「もらったあ!」

 アークは必中必勝を予感したが、着地したキャスパリーグはその場で右脚を軸に一回転して必殺の砲撃をやり過ごした。

「これも躱すのかよ!」

 フィギュアスケートの演技にも似た、アリーナでは『女王の回転盤クイーンズルーレット』の名が付けられたケッチーナの得意技は、高速移動中キャスパリーグの足に備えられたパイルを地面に打ち込み、生じた慣性の力を旋回エネルギーに転換することによって一瞬にして制動を完成させる。砂漠の脆い地盤ゆえに本来のキレからはほど遠かったが、ケッチーナは巧みに躱してみせた。先ほどセルジュ機を破壊したように、通常であれば反撃を同時に行うが、相手の装甲が厚く効果がないので撃たないでおく。

「泥仕合になってきたわね」

 嘆息が漏れた。埒が明かない。が、それは相手も同じ思いだろう。

 ケッチーナはキャスパリーグの左腕に備え付けられた装備一式、ガトリング砲と盾を切り離した。


「このホッグに白兵戦を挑むつもりか?」

 唯一の火器であるガトリング砲を地面に捨てたキャスパリーグを見て、アークは一瞬目を疑ったが、よくよく考えてみれば当然に思えた。こちらにはあの豆鉄砲は通用しないのだ。格闘に賭けてみたくなる気持ちも分かる。

「けど、それは墓穴を掘ったっていうやつだぜ」

 その超重量の機体を動かすため、大出力のメインエンジンに加え、両腕と両脚にそれぞれパワーアシストモーターを搭載したホッグは、並の機動歩兵の三倍以上のパワーを持つ。火力支援機として戦場では後方に配置されるホッグだが、アリーナの猛者に好まれるほど格闘戦で大きな強みを持つ機体なのだ。

「望み通り、素手喧嘩ステゴロでやってやろうじゃねえか」

 アークもまたバズーカランチャーを投げ捨てた。リングの上で相対する非武装の機動歩兵。アリーナでは時折見られる光景ではあるが、実戦の場でお目にかかるのは珍しい。

 キャスパリーグはボクサーがフットワークを刻むように機体を左右に振りつつ距離を詰めていく。対して、ホッグはストロングスタイルのプロレスラーのように両手を大きく広げてじりじりと前に出た。

 突然キャスパリーグが足を止め、腰を落として右手を前に掲げた。プロレスラーが手四つを挑むポーズである。ケッチーナは口の端を吊り上げた。

「いいわよ。プロレスで勝負しましょうか」

「なにを企んでるんだ?」

 相手の挑発にアークは戸惑う。力比べならばこちらが圧倒的に有利なはずだ。

 敵の意図を計りかねたまま、ホッグは差し出された両手を掴んだ。相手の右手は鉤爪になっているが、装甲が破られるほどではない。

 勝機と見たアークはアクセルを一気に踏み込んだ。キャスパリーグのフルスロットルをものともせず、ブレーキに悲鳴を上げさせながら電車道で一気に押し込む。

「おらあ! 落ちやがれ!」

 終点にはクレーターが待ち受けている。寸前まで追い込まれたキャスパリーグは、両足のパイルを打ち込み制動をかけた。膝を曲げてブリッジ体勢を取りながら、腕で相手の上体を引き込む。ホッグが前のめりに倒れ掛かってきたところで突き押し、右脚で蹴り上げた。慣性モーメントに上方向のベクトルが加わり、鋼鉄の巨体が宙に浮く。弧を描きながらクレーターの底まで落下した超重量機体は、轟音と共に真っ赤な砂塵を舞い上げた。

 どれほど機体が頑丈でも、乗っているのは生身の人間である。高所からの落下の衝撃にパイロットの身体が保たない。赤土の大地にめり込んだまま、ホッグは動かなくなった。


「ハイ、生きてる?」

(誰だ、この女?)

 アークは霞む目で目の前の女を見上げた。紅玉色に輝く髪、真珠色の肌、星空を映す瞳。惑星サンティエの光に照らされた女は、どこか浮世離れして見える。

「どうやら生きてるみたいね。どこが痛むの? ちゃんと喋れる?」

 ここは愛機のコクピットの中らしい。あの金ぴかの機動歩兵に投げ飛ばされて、クレーターに落ちたところまでは覚えている。どうやら意識を失っていたようだ。開いたハッチから砂まじりの冷えた夜風が吹き込んでいる。

(寒くないのかな? ああ、夢か)

 うなじや肩、鎖骨が覗く白い肌が、より一層女を幻想に見せた。夜の砂漠の気温はすでに氷点下近くまで下がっているはずだが、女が寒がる様子は全くない。

「驚いた、まだ子供じゃない。生きてて良かったわ」

 女は身を屈め、狭いコクピットに上体を潜り込ませてシートベルトを外した。

 女の右手には拳銃が握られていたが、それよりも近くに感じる異性の体温にアークの心臓は高鳴った。まどろみから瞬く間に現実に引き戻される。

「どうやら外傷は無いみたいだけど、医者に診せた方がいいわね。君、一緒にゴモリーまで来てもらうわ。明日の昼くらいまで我慢できる?」

(俺は、負けたのか。あの金ぴかに)

 ぼんやりした頭で女の言葉を聞くともなく聞いていたアークに、徐々に敗北感がのしかかってきた。奥歯を噛むと、ザリッという音と共にざらついた鉄の味がする。吐いた唾は血と砂とが混ざり、泡立った赤い泥のようだった。

 アークは瞼を閉じた。どこか彼方からトラックの野太いエンジン音が近づいてくる。

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