アルド・ノヴァ
@shibachu
邂逅
On a dark desert highway
前編
夜の砂漠を縦断するハイウェイを、巨大なトレーラートラックが走っている。その運転席には誰もいない。AIが管理する自動操縦モードにより、ドライバーが眠っている間も安全に効率よく運行できる仕組みなのだ。運転席の後部には生活に必要なものが揃っているキャビンが備えられ、極端な話、ドライバーは寝ているだけで目的地に辿り着くことができる。
キャビンのベッドでは、ひと組の男女が絡み合っている最中だった。互いに気分が盛り上がってきたところで、けたたましい警告音が鳴り響き、情事に耽っていた男女の行為を遮った。
「なんだよ、いいところだってのに」
ジョナサン・ワイルドガルは忌々しげに呟くとベッドから起き上がり、ガウンを纏ってキャビンから運転席へと移動した。鳴り続ける警告音に苛立ちながら無人の運転席に座り、計器を確認する。ビイビイと喧しい警告音のボリュームを下げると多少は苛立ちが治まった。
「セラ、どうした?」
「十時の方向より接近する反応があります。警戒レベルの引き上げを推奨します」
ジョナサンの問いに応えた機械音声は、セラと名付けられた疑似人格が発したものだ。
「何があったの?」
ジョナサンの頭の上で声がした。声の主は運転席のヘッドレストにもたれかかり、計器類を覗き込んでいる。ケッチーナ・ゼニスキーは全裸のままだった。赤い髪が印象的な美人で、ネコ科の動物を彷彿とさせる引き締まった肢体の持ち主だ。
「西の方から何かが近づいてきてるらしい」
ジョナサンは顔のすぐ横に突き出された張りのある乳房に向けて答えた。ケッチーナは片手で彼の頭を鷲掴み、強引に捻って前を向かせる。
「痛い痛い! 今、筋が違えたぞ。こう、ピキッて」
「じろじろ見るからでしょ。デリカシーがないんだから」
「理不尽だ!」
男の抗議を、女は平然と受け流す。
「それより、何が来るの?」
「この反応だと、ホバートラックかな」
計器と睨めっこをしたままジョナサンは答えた。
「この近辺、集落とかあったかしら?」
「いや、ないはずだ。噂の山賊かもしれない」
ケッチーナは眉をひそめ、窓越しに西の方角を見た。星空に浮かぶ惑星サンティエの青白い光に照らされて、砂丘が影絵のように並んでいるだけだった。
「コンテナの方で待機しておくわ。緊急時にはアレを使うから」
ケッチーナはそう言い残すと、キャビンの方へ移動して服を着始めた。ショーツを履いたところで、ブラジャーが見当たらないことに気づく。
「ねえ。あたしのブラ、どこにあるか知らない?」
「ベッドの周りに落ちてないか?」
ジョナサンはミラー越しにキャビンの様子を窺いながら返事をする。照明が彼女の赤毛を燃えるように輝かせていた。
「見当たらないわね。まあ、今はいいか」
ケッチーナはあまり気にした様子もなく、素肌の上から黒いタンクトップを着て、迷彩模様のカーゴパンツ、革のブーツを履いた。最後にホルスターを太腿に装着し、弾帯を腰に巻く。
ミラーに映る女の姿をチラチラと覗き見ていたジョナサンだが、ふと視界の端に何かを捉えた気がして目をやると、砂丘の稜線に近い星たちがやけに燻んでいる。目を凝らせば、不自然な砂煙が巻き起こっており、そのなかに動く影があるのが見えた。影は徐々にトレーラーに近づいてくる。
「おいでなすったぞ」
ジョナサンは双眼鏡を取り出し、影の正体を探った。砂埃を撒き散らしながら迫り来るのは、彼が予想した通り一台のホバートラックだった。荷台には三つの人影がある。トラックとの対比から考えると、人間の約三倍のスケールだ。ディテールも些かずんぐりしており、角張った姿をしている。
「マジかよ」
「どうしたの?」
無線越しにケッチーナの声がした。
「機動歩兵だ。ホバートラックに機動歩兵が三機」
「ああ、ちょっと聴き取りづらいわ。そっちも無線使ってくれる?」
「機動歩兵を三機搭載、ホバートラック一台、十時の方角より接近中!」
機動歩兵とは全長四メートルほどの人型をした兵器、早い話が人型戦車である。人間の三倍サイズの火器類で武装し、戦車に次ぐ火力と機動力、歩兵の柔軟性を備えた戦場の花形だ。
「山賊連中にしてはいい装備ね」
「治安警察が取り締まれないわけだ」
二人の声に焦りはない。雨が降ってきたから洗濯物を取り込みましょう、とでも言わんばかりの気負いのなさだ。
「こっちは準備できてるわよ。外の様子は?」
「荷台から降りてこっちに向かってきてる。ウルフ系が二機と……残る一機はデカいな。ホッグか?」
ジョナサンの説明が終わらぬうちに、機動歩兵の一機が手にした火器を発砲した。火花がトレーラーの上をかすめて飛ぶ。
「予告なしで撃ってきやがったぞ、あいつら。普通は降伏勧告とかあるだろ?」
「威嚇射撃じゃないの? それとも、開戦の合図のつもりとか。とりあえずゲートを開いてくれる?」
「後部ゲートでいいか?」
「オッケー。ていうか、サイドゲートだと他の荷物が落ちちゃうわ」
「だよな。じゃ開くぞ」
連結しているコンテナの後部ゲートが開き、窮屈そうに身体を折り畳んだ一機の機動歩兵が滑り降りた。空中で伸びをするかのように手足を開き、ハイウェイの路面に着地する際には膝を曲げて衝撃を殺すその動きは、まるで一流のアスリートのように滑らかだ。路面に接地すると同時に脚部のホイールが稼働し、甲高い摩擦音と共に疾走を始める。
惑星サンティエの燦然たる光に照らし出されたその機体は黄金色に輝き、両肩は赤く塗装されていた。左腕にガトリング砲と黒い大型の盾が備え付けられ、右手は巨大な鉤爪になっている。軍隊の制式機では考えられない改造だ。
「さてと、久しぶりに暴れさせてもらうわよ」
黄金色の機動歩兵のコクピットで呟いたケッチーナは、自分が浮かれていると自覚した。セックスの邪魔をされたのは癪に触ったが、それ以上に胸が躍っているのだ。
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