ある夏の君とあの日に
千丈峻士郎
第1話
澄んだ雲が僕のことをバカにしているかのように頭の上を通り過ぎていく。
「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見れば喜劇であると」誰かが言っていたけれど、あの雲から見たら僕は喜劇なのだろうか。僕が地上から雲を見上げても何とも思わないようにあいつらも何も思っていないのだろうか。こんなくだらない事を考えている僕を上から見たら爆笑するほど面白いのだろうか。教えてほしい。
面白いならそれでいいけれど。
海の近くに住んでから3年近くたった。夏は蒸し暑い、冬は雨や風が冷たい。海の近くで良かったと思うことは気軽に砂浜を散歩できることと、嫌なことがあった時に黄昏る場所に困らないこと。
この前見た星は綺麗だった。まるでプラネタリウムみたいだと思った。けれど、そもそもプラネタリウムが星の模倣な訳だから本物の星を見て「まるで〜だ」という比喩表現を使うのは正しいのだろうか。
そんなことを考えている。
引っ越してから友達はできた。過去問をもらえるからと入った委員会で知り合ったやつが目の前のアパートの住人だった。もう1人委員会で友達ができた。牌を持ちすぎて単位を持たないある意味模範的な大学生である。
3人で大学に入る前の話をした。お世辞にもいい大学とは言えない。全員が若干の学歴コンプレックス持ちだ。
進学する前は仮面浪人も辞さないつもりだったが1ヶ月も経つと浪人の「ろ」の字も浮かんでこなくなった。代わりに頭にチラつくのは「退屈」の文字だった。講義を受けてみるも高校の授業とさほど変わらない。勉強は嫌いではないが好きではない。もちろんやる気はない。そのうち機械的に学校へ行くだけになった。学校へ行っても出席を取った後すぐ寝るか、図書館で寝るかである。こんな息子のためにアホみたいな額の授業料を払う親が不憫だと思った。思うだけでやる気は出なかった。それでもいいと思えた。
その気楽さが「若さ」だと気がついたのはだいぶ後になってからだった。
「高校の時に青春してーって友達と笑ってたけどその時が1番青春してたね」と麻雀狂のある意味模範的大学生が笑いながら言った。その時は笑いながら話していたけど、後で思い返して凹んだ。いったい今はなんだろう。確かに高校では何もせずとも楽しかった。思い出もある。甘酸っぱい気持ちもあった。今も別に不満はない。ただ退屈なだけ。たまたま産まれた家が裕福で多少勉強ができてとりあえず大学へ入ったが、これといった人生の目標はない。やりたいこともない。あるのは漠然とした将来への不安と出所のわからないモヤモヤした気持ち。
というか今も遊びまくっているお前が言うな。
死ぬ前に人はいったい何を考えるのだろう。この前祖父が死んだ時に思った。最期は喋れもせず、誰からも看取られることなく息を引き取った。少し前からボケて周りから煙たがれていた。それでも僕の好きなお爺ちゃんだった。坊さんが来て戒名を決める時、父が仕事の電話に出たのは自分の親ながらドン引きした。
可愛がってもらった。いろいろなところへ連れて行ってくれた。アルバムには僕と写った写真がたくさんあった。でも死んで悲しいとは思わなかった。もう病院へ行かなくてもいいと思った 。親族での葬儀は知らない人ばかりだった。病院にお見舞いに来た人は誰もいなかった。
人の人生はこんなものかと思った。
ある夏の君とあの日に 千丈峻士郎 @natusaki
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