Ex-1 おしえてエト。不可成結晶体のこと

 エトとミィナが再会して数日後。

 ミィナの懇願に負けたエトは不可成結晶体やそれ絡みの物事について教えることにした。

 ミィナと初めて会う前に話したような記憶があるけど多分気のせいだろう。


「まーこちとら一応学生だってのとまだ全貌がわかっていないから、ある程度の齟齬があるだろうけど許してくれ」

「大丈夫。おねがい」


 こちらを真っ直ぐ見据えるミィナに、これは勝てんなとぼんやり思いながらエトは説明を始める――



 ◇ ◇ ◇



 ・不可成結晶体

 Indefinite Crystal。

 分子レベルでの操作が可能となり、錬金術と言われるまでに発展した現代科学を以てしても生成できないためこの名称となった。通称IC、単に結晶体とも。

 環境次第では粒子化し、その場合は粒子化結晶体と呼ばれる。通称ICP(Indefinite-Crystal Particle)。

 大析出を期に発見された大きな可能性を秘めた新物質であると同時に、大析出以降の死因の多くを占める毒物でもある。


 大析出直後は結晶病の原因ということもあり忌避されてきたが、時が経つに連れて様々な分野に利用できることがわかり、今となっては戦略資源の一つになりつつある。

 代表例であると同時に転換点とも言えるものとしては、ICリアクター(ICR)が挙げられる。これは結晶体を触媒とした低エネルギー核反応炉の一種である元素変換炉の触媒にプラチナもしくはパラジウムのようなレアメタルの代わりに不可成結晶体を用いるという単純なものであるが、前者の触媒を用いたものに比べて高い出力を発揮し、不可成結晶体の工業利用が活発になるきっかけとなった。

 比較的小型で高い出力を持つICリアクターは、その特性を生かしてVAFの心臓となった。


 制御の仕方次第では、通常ではありえない現象を起こすことができるとも言われているが、その噂が出る頃には結晶体関連技術は国家の生命線の一つとなり、それに伴って徹底的な秘匿が行われているため真偽の程は不明である。


 このように、多くの可能性を秘めた有用な物質となった結晶体ではあるが、大析出の際、結晶病など多くの犠牲を出した原因物質である事実は変わらず、現代に至っても危険物として扱われる。

 不可成結晶体が多く存在する結晶地帯や粒子化結晶体が存在する場所への立ち入り、結晶体を取り扱う際は防護服の着用が前提で、結晶体を多く利用した施設や製品は完全密封、もしくは厳重な隔離体制に基づいた運用を求められる。



 ・結晶病

 不可成結晶体によって発症する病であり、今の世界の死因の多くを占める病魔である。

 症状としては結晶体が付着した部位の結晶体化と自我の希薄化。

 粒子化結晶体が原因になったものの場合、呼吸器を中心に症状が進行する。

 治療はかなり困難であり、対症療法としては発症部位の切除が主となるが、がん細胞よろしく血流に乗って別の部位に転移するケースがあるという。呼吸器で発症した場合の対処法は無い。


 周囲の結晶体(粒子化していないものも含む)に呼応して症状が加速するという報告があり、高濃度の粒子化結晶体が存在する結晶地帯で発症すれば最後、驚異的な速度で症状が進行して全身が結晶体化する。

 結晶地帯で多く見られる人型の結晶体は結晶病が急速に進んだ結果であるとされる。


 特性としてはがん細胞に近いとされているが、細胞でないが故に薬剤を用いた治療は効果がなく、切除しても転移している可能性があったりと癌以上に厄介な病気であるとされる。


 結果として、現時点における結晶病の確実な治療法は存在しない。


 耐性を持つ人間の場合、進行が遅れるか良くて無症状とされるが、その分苦痛が続くともいう。




 ・大析出

 今から三十年ほど前に世界規模で発生した大災害。

 地下深くに鉱脈として存在していた不可成結晶体が突如として活性化。地表の多くを覆い尽くしてインフラに大打撃を与えるだけに留まらず、一部粒子化した結晶体によって人体を侵食される結晶病を誘発させ多くの死者と深刻な社会不安をもたらした。


 大析出の発生原因には多くの説が挙げられているが、アヴィリア・アコードと北方皇国の冷戦などといった情勢が原因でその全貌は未だ明らかになっておらず、解明するどころかプロパガンダに利用する勢力が存在する始末である。


 エドルア島が爆心地となって発生したという説は、エリュシオンの学会において最も有力なものであり、グエン・マッカード教授とアルマ=レイノフ=サッチとその友人である静馬エトらが行ったエドルア島の調査もその一環であった。しかし、北方皇国の強襲から端を発するエドルア島事変が発生したため、それ以降の調査は行われていない。

 エドルア島事変の際、救助された一人の少女と、研究施設に残されていた一機のVAFの存在はその後物議を醸すことになるのだが、別の話である。


 大析出以前の世界は実質的な世界政府が存在していたとされているが、その実態はかなり不安定なものだったらしく、結果的に大析出がとどめとなって崩壊し、後の世界群発戦争とエリュシオンと軌道エレベータを巡る第一次楽園戦争につながったのだという。


 大析出によって結晶体に覆われた場所は『結晶地帯』と呼ばれ、被害の拡大を避けるために可能な場合、エドルア島のように隔壁を建造する事が多い。

 不可成結晶体の毒性の観点から、原則として一般人の立ち入りは認められていないが、資源として見出した多くの企業が政府などの許可を得た上で進出している場合があり、その支配領域を巡って武力も含めた紛争が起きる場合がある。

 結晶地帯を持つ国とは、それ即ち大析出の被害をダイレクト受けた国であり、治安維持や復興に力を割かれている現状、結晶地帯の管理に手が回らない例が多いため、結晶地帯の企業私有地化をむしろ歓迎する風潮がある。


 大析出から三十経った今もその影響は未だ残っており、今も広がり続ける結晶地帯と、軍民間での高い可能性を見出された不可成結晶体を巡る紛争。そして拡大政策を採る北方皇国が迂闊に侵攻を行えない最大の理由でもある。



 ◇ ◇ ◇



「――と、こんな具合かな」


 現在はっきりしていることをミィナに説明したエトは、コーヒーを一口飲んで一息ついた。

 ミィナしばし考え込んで――


「つまり、今の世界は危険極まりない物質に覆われているハードモード、典型的なポストアポカリプス的状態にあると」


「言い方にちょっと引っかかるけど、実際そうだな」


「そして結晶地帯に防護服なしで立ち入ったら死ぬ」


「あの時俺が慌てふためいてた理由がようやく理解してくれたようでうれしいよ」


「私の裸の刺激が強すぎたんじゃなかったんだ……」


「そこらへんはノーコメントだ」


「エト顔まっか」


「西日が反射してるんだろ」


 ――とりあえず、だ。と一言置いて、エトは続ける。


「耐性持ちだからといって結晶に食われないとも限らないし、むしろ症状が長引いて余計ひどいって話も聞くからな。結晶地帯や粒子化結晶体が舞ってる場所に立ち入るときは防護服の着用は絶対だ」


 そう念押しするエトであったが、大析出の被害をまぬがれたエリュシオンで防護服を着込む機会など、結晶体関連技術を扱う企業でもない限り、あるとはとても思えなかった。


「うん、わかった」


 ともかく、エドルア島のときのように裸で結晶地帯をうろつかれることは無いだろう。


「それで、エト」


「今度は何だ?」


「あの時あの場所にあったのと、エトがよく乗ってるロボット(?)、あれはなんなの?」


「あれ――あぁ、VAFのことか。アレについては……そうだな、俺より詳しいやつに聞くのが一番だ。頼んどくよ」


「ありがとう、エト」

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