Before Overture / The Turning-Point 遠い遠い過去からの呼び声

「いやぁ、ごめんねオーゼさん。僕たちのわがままで君たちを引き止めてしまって」


「あぁ、全くもっていい迷惑だった。二度とその面を見せるな」


「僕とあなたとはまだわからないけど、少なくとも八島からのラブコールがこの島の政府に行ってるはずだよ」


「しかし……本当なのか?」


 眼の前にいる少年――波止間和人がここに来た本当の目的。


「アリアドネ条約――アヴィリア以外の国との条約を、いつかは結ぶことになるだろうとは思っていたのだが、お前たちは本当にあの内容で納得しているのか?」


「一応トップシークレット案件だからあまり話さないでくれるとありがたいんだけどね。――あくまで学術目的。インターネットの初期の初期と同じことをやるだけさ。それ以上も以下もない」


「仮にも八島はヒノマ共和国の自治区なのだろう? 共和国からの打診ならともかく、自治区が国と条約を結ぶなど……それも内容も内容だ――いち自治区がやって良い範疇を超えている」


「今のダジャレ?」


「うるさい殺すぞ」


 まぁ冗談はさておき――と少年は語る。


「さっきも言ったけど、今のヒノマは北方皇国の支配を受けている。戦争に負けたとは言え、受け入れたつもりは毛頭ない。同じ技術流派の門下にあった君になら、わかるはずだ」


 少年は――いや、少年の皮を被った科学の化物は、楽しげに、そして愉しげに告げる。


九大技術流派ナインスターズ九宗家の見解を伝えよう。これは政府に送られたものと静馬家に送られたものと同じものと思ってもらって構わない」


「なんだと!?」


「――我ら九大技術流派ナインスターズは今もなお、ヒノマ皇国が所有する人的戦略資源である。同時に、皇国によってその存在と利益の獲得を認められた存在ある。故に――」


 世界に変わらないものなど何処にもないように、この楽園もまた例外ではなかった。


「――中立的な経済活動は許容すれど、ヒノマ皇国に対する侵略という愚行を、科学の名の下に、世界の神秘と奇蹟と恐怖に挑み続けるものとして、断じてこれを認めない」


 故に、極東から赴いた少年は、新たな戦いの始まりを告げるのだ。


「我々九大技術流派は、ヒノマ皇国の戦略人的資源として、ヒノマにおける北方皇国の存在の一切を許容しない」


 エリュシオン、ヒノマ皇国、北方皇国、技術流派。

 そして、かつてそこにいた者たち。


 かつて、極東のある国にある悪夢が起きた。

 ある事件を機に発生したそれは、多くの犠牲をもたらし、これを戒めとした。

 そして、その悪夢をもたらした一族の名は、悪夢の象徴となった。


 曰く――生きて技術師であり続けたいのなら、静馬家が定めた首輪を以て自ら人で有り続けよ。


「そして――ヒノマに占領という悪夢をもたらした裏切り者には、同じく悪夢と呼び蔑まれ、恐れられた我らが親愛なる同胞たる『静馬』の名を以て、これを禊ぐものとする」


 ある青年と、その父の名を思い浮かばずにはいられない。

 オーゼを、尾瀬有奏だった彼女と自分を死の淵から助けようとした父たちを殺し尽くした者たちの名を。


 そして静馬の名を継いだ少年と少女はそこで聞くだろう。


 遠い遠い、過去からの呼び声を。





















 END:第一部 結晶の巫女と夜明け前の楽園と継ぐ者たち

 

 Next:第二部 継いだ者と九つの学園都市とアリアドネの糸

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