第二章-29 Star Divine→Fall→???
勝って兜の緒を締めよということわざがある。
勝ったその瞬間が一番油断しやすい瞬間であり、同時に破綻のきっかけになりうる瞬間であるため、決して油断してはいけないというものだ。
実際のところ――静馬エトは、長時間の思考加速と高G機動の連続で疲弊していて、同時に重症も負っていた。
機体も、Iシステムである程度修復ができるとはいえ、内部の精密機構までには手が回るわけではなく、その性能は出撃したときの半分以下にまで落ちている。これ以上の戦闘は、困難とも言えるだろう。
そして、この場所にいる人間は数えるほどしかいない。
だから――
「……へぇ。存外、そんなものなのね。それとも……」
「――!?」
ここに、自分たちとは別のもう一人の少女がいるという事実に戸惑いを覚えてしまった。
目の前には、ここの惨状にはとても似つかわしくない、ゴシックロリータの服装で固めた一人の少女が立っていた。屋内と言うのに、黒い日傘を差しながらそこにいた。
顔こそ全部は見えなかったが、どこかミィナと似た形をしている様に見える。
「なんだ、お前は」
民間人? 有り得ない。今のエリュシオンは戦場だ。民間人という民間人は皆シェルターに避難しているはずだ。第一、仮にそうだとして自分に話しかける理由が何処にある?
セーフガード? もっとありえない。
場違いにも程がある。
故に、わからない。
唯一はっきりしていることがあるとするならば――
回収中とは言え、粒子化結晶体が高濃度の状態にあるにも関わらず、平然としていると言うこと。
嫌な予感がエトの身体を覆うと同時に――
少女の姿がかき消え――
――何かに蹴られた〈導星〉は壁に衝突した。
◇ ◇ ◇
(――一体、何が……どうなって――!)
衝撃で揺らぐ視界を、上げた先には、少女はいなかった。
正確に言うなら、少女がいた場所に、何かが立っていて、それは何かを蹴り飛ばした体勢にあった。
当然、蹴り飛ばしたのは、〈導星〉。
それは、少女ではなかった。そして、VAFでもなかった。
少女の面影など何処にもない、〈導星〉とほぼ同じ背丈の黒い装甲に身を包む細身で人型の機械が、そこに立っていた。
「…………なんなんだよ、お前……ッ!」
「ちょっと特殊で上等なサイボーグ♡」
少女だったそれは、嘲笑う。
「あのおじさまに一泡吹かせられたとは言え、こうやって《神託者》へのアクセスを確保してくれたのには感謝しなきゃ。しかも、お父様と友人様たちが欲しがってるVAFもちょうど目の前に……」
少女だった機械は恍惚に浸りながら我が身の幸運を謳う。
背後を見れば、彼女の部下と思わしき二機のVAFが侍っているのが見えた。
「きっとお喜びになるわね。妹が一人どこかに消えてしまったとは言え、そんなのがどうでも良くなるぐらいな成果が同時に二つ……なんて良い日なのでしょう!」
さっきの衝撃でトドメになったのか、エトの意識が遠のいていく。
(……だめだ、ここで気を失ったら――)
「――だから、死んで頂戴。〈導星〉のパイロットさん。痛くしないから」
再び、機械の姿がかき消え――
(ごめん、ミィナ)
そして――
◇ ◇ ◇
「呆気なかったわね。やっぱり大げさなのよ皆」
コックピットに穴が空いて倒れ伏した〈導星〉を背後に少女が嗤う。
「さっきまでやり合ってボロボロも良いところの旧式のVAFよ? 恐れる要素なんて何処にもないわ」
彼女は笑う。確実な成果を前にして。
「神託者にアクセスして、権限を掌握すれば、エリュシオンはお父様が支配したのも同然。ついでにオペレーター37を処分すれば私の有用性はより高まるわ。素晴らしい……素晴らしいわ……」
〈……あの機体はどうしますか、お嬢〉
〈お嬢〉
「四肢とコックピットを切り落せば持ち帰りやすくなるわね。ちょっと待ってて――」
言葉を止めたのは、ありえないはずのことが眼の前で起きつつあるからであった。
VAFはサイボーグとは逆の発想で作られた、ある意味サイボーグの親戚とも言える機械だ。
車や航空機と同じように、操縦者が死ねば動かない。
だが――
ならばなぜ、パイロットが死亡して動くはずのないVAFが――
なぜ、動くはずがない〈導星〉が立ち上がっているのだ?
ありえないことが起きている。
〈――お嬢!〉
〈トドメを刺したのではなかったのですか!?〉
「刺したわよ! もういい、よこしなさい!」
〈お待ち下さい、お嬢!?〉
配下のVAFが持っていたアサルトライフルを強引に奪い取って、弾倉全ての弾丸を、〈導星〉に叩き込む。
装甲が砕け、そして内部機構も砕け散る。
弾が切れれば、替えの弾倉を奪い取ってもう一度叩き込む。
配下が止めるよう言ってきたが、それどころではなかった。
明確な『嫌な予感』が、恐怖とともに少女の心を染めていく。
完膚無きにまで砕けただろうと、安堵したその直後、
弾丸に砕かれた装甲の内から、何かが顕れる。
「なによ……これ……」
〈お嬢!? これは……一体――〉
恐怖は、未知と共に顕れる。
それは、エドルア島のときとは違って、よりはっきりと、より明確に、立ち上がる。
そして――
「いや……」
――より進化して、自らを害する外敵を喰らう。
「……いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!?」
未知と恐怖に対峙した時、人が生き残るために選べる行動は二つである。
戦うか、逃げるか。
尤も、これは選択できるだけの理性が残っている状態での話であり、今の少女のように恐怖に呑まれた者が行き着く先は一つしか無かった。
◇ ◇ ◇
第三次楽園戦争が終結したあと、セーフガードは封印地下施設へと突入し、中にいた静馬聡明ら三名の民間人と一人の首謀者であるクロムウェル・ザイツェフの拘束が行われた。
民間人の確保に当たり、全格納庫の捜索が行われたのだが、ただ一つ「結晶体濃度が異常に高い」という理由で後回しにされた格納庫があった。
数週間を過ぎたあと、どういう訳かそこの結晶体濃度が急速に減少し、程なくして安全域に落ち着いたため、ようやく捜索に踏み切れたという。
そして、その格納庫には四つのモノがあったという。
一つは、気を失った静馬エトが乗っているとされる無傷のVAF。
残りは、少女とVAFの形をした不可成結晶体の塊であった。
捜索を担当した者の話によれば、少女の形をしたそれの表情は壮絶なものだったのだそうだ。
まるで、何かを察してしまうほどのどうしようもない恐怖と絶望を前にしてしまったかのような――そんな表情を。
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